4-3 最弱勇者はようやく告白できたようです

「ん……まぶしいな……」



あのセプティナとの決戦の後、俺は砂漠の街にあるベッドで目を覚ました。

カレンダーを見ると、決戦から3日が経過している。

……俺はどうやら一命をとりとめたようだ。



「……っつ……」


全身がボロボロにされたせいで、体中がきしむ。

だが、頭は今までよりも何故か、すうっと冴えているような気がした。



(トーニャ……)


俺は最初にトーニャの顔を思い出した。

目が覚ましたら最初に会いたいと思うのは、トーニャしかいないためだ。

そして周囲を見回すと、俺のベッドにもたれて、寝息を立てていた。



……ひょっとして、俺の看病をしてくれていたのか……

やばい、嬉しくて泣きそうになる。


というよりトーニャがここに居て、息をしてくれているだけで嬉しくてたまらない。

しかも、形だけとは言え恋人と言う立場で。



……俺は、このまま時が止まってほしいと思いながら、その寝ている姿を見つめていた。



「ん……?」


俺の姿を見るなり、トーニャはビクリ、と体を起こした。


「ワンド!? 起きたの?」

「ああ、トーニャ、ごめん、迷惑かけ……」


俺が話しかけようとした瞬間、トーニャは俺のことを思いっきり抱きしめてくれた。



「よかった、ワンド……目が覚めて……」

「え? ……あ、ああ……」



……そうか、分かった。

俺はやはり、治療が間に合わず死んでしまったのだ。


トーニャがこんな風に俺に抱き着いてくれるなんて、あり得ない。

これは俺にとっての都合の良い妄想だ。……だが、こんな妄想の中で死んで行けるなら悪くはない。



「……ワンド、お腹空いたでしょ?」

「え? ああ……」

「ちょっと待っててね」



そう言うと、トーニャは扉を開けた。

……俺の精神よ、もう少しだけ消滅しないでくれ。

せめて、最期の食事を楽しみたい。




扉の奥からは「せめて5分!」「ちょっと待って!」と何やら大きな声が聞こえてきた。

だが、があああん! と大きな物音がしたかと思うと、急に静かになった。



「ごめんね、ワンド。ちょっと手間取ってさ」

「あ、ああ……」

「リズリーが作ってくれたスープ。食べられる?」

「ありがとう、トーニャ」


そう言うと、俺はスープを手に取り、一口すすった。

ここ数日なにも口にしていなかった。そのこともあるのだろう、全身に温かい感覚がじんわりと広がるような気持ちになった。



「美味しいな……」

「……だよね、私じゃなくて、リズリーが作ったんだもん……」

「う……」

「それだけじゃない。キミの服を洗っていたのも……この部屋を掃除していたのも、全部リズリー。私はキミの傍にいただけ……なんだよね……」



トーニャは家事全般が壊滅的に下手なことを気にしている。

その為少し落ち込んだ口調になりながら俺の方を向く。



「やっぱりさ。キミはリズリーのこと、好きなんでしょ?」

「俺が?」

「うん……」



確かにリズリーは大切な仲間だと思っている。

……もっとも向こうは俺のことを嫌っているのは分かっている。だからこそ、トーニャが今ここで俺の傍にいたのだろうということも。


俺は「リズリーは仲間だけど、そういう好きじゃない」と、否定しようとした。



……だが。

その瞬間俺はこう思った。


どうせ、これは死にゆく俺の妄想なんだ。

……その証拠に、トーニャに『愛されたい』『愛したい』という気持ちが、※タガを外れたようにあふれ出てくる。


(※ワンドは気づいていませんが、セプティナを倒したことにより、懺悔室でかけられた『ワンドはトーニャを愛する資格がない』という呪いが解除されています。ワンドが妄想と現実の区別がついていないのは、呪いの解除による精神状態の変化も原因です)



だったら、言ってしまおう。

これが現実だったら、トーニャは怒るだろうけど。





「あのさ、トーニャ……。俺が好きなのはトーニャだけだよ。……ずっと前から俺は、トーニャを異性として愛していた」




「え……」


トーニャは俺の発言を聞いて、この世の終わりのような表情を見せた。

……あれ?


この世界が俺の妄想なら、トーニャはきっと「ちょっと甘い顔したら調子に乗って。やっぱりキミはこのまま死になよ」とでも言っていたはずだ。



ってことは……もしかして、この世界ってひょっとして、現実?



俺はそう思い始めていた。


「……っく……」


そうこう考えていると、トーニャは突然泣き出してしまった。

俺は自分の顔をグーで殴りつけた。



……痛い。これで分かった。この世界は現実だ。

ということは……まずい、とんでもないことをしてしまった。

俺なんかがトーニャに告白したらこんな結果になるのは分かり切っていただろうに。



「あ、ごめん、トーニャ、その……」

「ううん……ありがとう……。私も……もうさ、辞めるね?」


ああ、やっぱりそうなるよな。

俺と付き合うのを……いや、一緒に旅をするのを辞めるということか。



……そう思っていたら、トーニャは俺の首に再度手を回し、ギュッと抱き締めた。



「正直に言うよ。……私はさ。キミのことが好き。本当に好きすぎて、どうにかなりそうだった」

「え?」



俺が驚いたのは、彼女のその、あまりに俺に都合の良い言葉に対してじゃない。

そう語り掛けるトーニャの言葉が、なにかに怯えているような、強い不安を感じさせるものだったからだ。



「けどさ。私はキミに酷いことをしていたから……私『なんか』がキミに愛される資格はないんだよ」


なにを言っているんだ?

そう思ったが、今ここで「そんなことない!」と否定するのは何かが違う気がした。

……だが、ここから先の言葉をトーニャにしゃべらせるのは、もっと違う気がした。



「あのさ、私さ。実は……」



涙を流しながら何かを告白しようとするトーニャを見て、俺はその口にそっと指をあてた。



「トーニャ。……もうやめよう?」

「え?」

「トーニャが俺に何をしていたかは知らない。けど、聞きたいとは思わない。そんなに言いたくないことを無理に言おうとする顔を見るくらいなら、一生言わないでいい」

「けど、私は……」

「話して楽になるならいいけど、そんな顔して話すトーニャを見るのは俺も辛いんだ。……だからさ……」



……今から俺がしようとすることは、許されることか?

いや、許されるかどうかじゃないな。




「俺と一緒にまた、旅を続けてほしい。……償いのためだけじゃなくて、今度は本当の恋人同士として」




そう言って、俺はトーニャをギュッと抱き寄せた。




「いいの? きっとキミ、私のことを知ったら……」

「じゃあ、一生知らなくていい。そうすれば一緒に居られるんだろ? トーニャとさ」



そういうと、ようやくトーニャは笑顔を少し見せてくれた。

うん、やっぱりトーニャは笑顔を見せてくれる方が良い。



「うん。ありがとう、ワンド。……じゃあ私も辞めるよ。……キミに辛く当たるのをね」

「辛く当たる?」


そんなことされたか?

確かに厳しいことを言われた気もするけど、あれは全部正当な主張だ。


俺は最弱勇者だ。トーニャに助けてもらってばかりで、トーニャに借りばかり作っていた。

だが、それを持ってつらく当たられたとは思っていない。



「やっぱさ。リズリーって可愛いでしょ? それに優しくて強いし、料理も家事もなんでもできるし……。だから、今までのキミへの接し方だと、いつか取られちゃうと思っていたんだ」

「取られる?」


そもそもリズリーは俺を嫌っているのだから、それは無いだろうが……。



「だからこれからはさ。キミの罪悪感を煽るやり方じゃない、キミに好きになってくれるための努力をする。キミは私なしじゃ生きられないようにね」



キミは私なしじゃ生きられない。

これはトーニャの口癖だが、その口調は今までのものと違う、優しく包み込むようなものであった。


「……ハハハ。……そうだな……」

「というわけでさ。……ワンド。数日前言ったでしょ? 私がキミを抱いてあげるって……」

「え? そんなこと言ったか?」


俺はとぼけてみると、トーニャは少し呆れた表情を見せた。



「いいよ、演技は。……まあ、病み上がりじゃ流石に無理だろうから……代わりに目を閉じて、ワンド?」



この言葉の意味は分かる。


(……俺、死ぬなら今日がいいな……)


そう思いながら俺は目を閉じた。



……だが。

どがああん……と音がして、ドアがバタン! とあいた。



「やっとどけられた……。トーニャ! 戸棚をドアの前に置くなんてひどいですよ!」

「あ、ワンド様! よかった~! 目が覚めたんだね~?」



リズリーとフォーチュラが入ってきた。

憤怒の表情でリズリーはトーニャをぐい、と押しのけた。

フォーチュラはぴょーん、と獣人特有の身軽さで俺にとびかかる。


「ワンド様! 起きてくれて嬉しいです!」

「よかったよ~ワンド様~! セプティナと相打ちなんてなったらどうしようって思ってたから~!」



そう言って、二人は俺に抱き着いてくれた。



「……ちぇ……」


トーニャは、そう彼女らしくもない少年のような口調で舌打ちをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る