ゼログ編2 転移者の出身が「現代日本」とは限らない

「もう一度、ワンドたちの悪口を言ってみろ……次は許さない……」


そのあまりの眼光の鋭さに、サキュバス達はいつもの媚びるような口調を辞め、びくりと体を震わせた。


「え、その……」

「ワンドは……あいつはな、すごい奴なんだ!」


ゼログは普段の冷静な口調からは想像もつかない声で、そう叫んだ。


「私がこの世界に転移したとき……。『話す』ことが苦手な私は一人、町はずれで凍えてた……。そんな時に、事情を何も聞かないでパーティに入れてくれたのが、ワンドだったんだ……」

「え、そ、そうだったの……」


その剣幕にたじろぎながらも、村長は威厳を保とうとゼログを見つめ返した。


「元の世界で『孤独な一人旅』をしていた私にとって、ワンドとの旅は素晴らしいものだった……毎日が楽しく、波乱に満ちて、この世界が好きになるほどにな……!」

「けど、あなたのこと、追放したじゃない? あなた一人に助けてもらってばかりだったのに、薄情じゃない?」

「それは、私の力が及ばなかったからだ! 悪いのはワンドじゃない、力のない私だ……グ!」


まだ傷口が治りきってないのだろう、ゼログはふらつくような表情を見せた。

それを見た村娘が思わず駆け寄る。


「だ、大丈夫?」

「あ、ああ、心配ない。……はあ!」


だが、ゼログは一瞬気合を入れると、手から淡い光を放ち傷口に当てる。


「……手当してもらったことは感謝するが、この程度の傷は魔力さえ戻れば自力で治療できる」


そしてゼログがその手を離すと、その傷跡はきれいに直っていた。

それを見た村娘たちは驚愕の表情を浮かべた。


「う、うそ……あんな高位の回復魔法、見たことない……」

「しかも詠唱をしないなんて……『沈黙状態』とか関係なく、魔法が使えるの、ゼログ様は……」


周りがぼそぼそと声を上げるのを見ながらも、ゼログは冷静さを取り戻したのか、村長に向き直る。


「……その、すまない。……取り乱してしまって……だが、もうワンドの悪口は言わないでくれ」


その発言に、反省したように頭を下げる村長。


「……ええ、分かったわ。あなたにとっては大切な仲間だったのね。私の方こそ謝りますわ」

「では、この話は終わりにしよう。……それと、報酬の方だが、私は受け取るわけにはいかないな」

「あら、今のことだったら私たち、別に気にしてませんわ? ねえ、皆さん?」


村長の発言に、村娘たちも「うん」「私たちも悪かったし、ね?」「だから夫になって?」と、落ち着きを取り戻したようにゼログに媚びた笑みを見せてくる。


「いや、そうじゃない。……今のあなたの発言を聞いて、やることができたんだ」

「やること?」

「ああ」


そして少し呼吸を置いた後、答える。



「今まで世話になった恩返しに……ワンドを本当の『伝説の勇者』にしてやりたくなったんだ」



「どういうこと?」

「あいつは、素晴らしい奴だったからな。……確かに力は弱いかもしれないが……あいつはいつも人のことを思いやって、背負い込んで、戦って……伝説の名を背負うにふさわしい男だと私は思っている」


その発言に、少しうらやむような表情で村長は笑みを浮かべる。


「あらあら。相当惚れこんでますのね、あなたはワンドに」

「ああ。……だから私が『勇者ワンド』として各地を冒険し、その富と名声を差し出そうと思うんだ」


そう言うと、ゼログは近くに置いてあった荷物を手に取り、剣を背負った。

そして部屋を出ようとするゼログを後ろから抱き締め、村長はゼログに語り掛ける。


「そんなこと、やめましょうよ、ゼログ様? あなたは、私たちと暮らしましょ? ほら、私の目を見て?」

「目を?」


その瞬間、村長の目にぼんやりとした光が灯る。

そして、呪文を詠唱した。


「かの者の運命、我がもとに。心の高鳴りに身をゆだねよ!」

「む……!」


光る村長の目を真正面から見据えたゼログは、少しまぶしそうな表情をした。

だが数秒後、


「あなたは目が光るのか。この世界に住む『サキュバス』とは、面白い種族なんだな。……だが、すまない。私は行かせてもらうよ」


そう言い残すと、ゼログは家を後にした。




「あ~! ゼログ様行っちゃった~!」

「残念~! あたし達の家にも来て欲しかったのに~!」

「なんで~村長、『魅了』のスキル、使わなかったの~?」


そう口々に言う村娘たちに、村長は信じられないと言った表情で答える。




「も、もちろん使いましたわ。……こう見えても私はサキュバスの最上位種。多くの国をこの魅了魔法で傾けてきた魔性の種族ですわ。『魅了』スキルも全力で放ちましたもの。ゾンビでも魅了できるくらいですわ」




「うそでしょ~? 村長の魅了が効かないなんて、嘘でしょ?」

「それに、ゼログ様が飲んでいたスープにも惚れ薬、入れてたんでしょ?」

「ええ……落とせなかった男は、今まで一人もいませんでしたから」


ゼログが去ったこと以上に、自身の技が完全に効かなかったことの方が驚きだったのだろう、村長はがっくりと肩を落としながら答えた。


「ひょっとして、転移者には効かないんじゃないの?」

「そんなことありませんわ。『二ホン』とかいう国から来た男に使ったことはあったけど、てきめんでしたもの」


そもそも『田舎で美少女のサキュバス達に囲まれながら、男性が自分しかいない中で、一夫多妻の生活をしながら、養ってもらう』という条件自体大変都合がいいものである。


それに加えて『魅了』の魔法を使えば落とせない男はいない。そう踏んでいた村長は困惑しながらも、訝し気な表情を見せた。


「それにしても……。卓越した剣技を持ちながら、最高位の魔法が使える。しかも、その魔法は『沈黙状態』だろうがお構いなしに発動できる。加えて、特別な装備もなしに『魅了状態』にならないなんて……」


そして最後に一言つぶやく。


「あの男、いったいどこの世界から『転移』してきたのかしらね……」

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