ゼログ編1 最強勇者がハーレム生活を持ち掛けられています

なぜ、勇者ワンドは英雄のように扱われるようになったのか。

その原因は数か月前にさかのぼる。




「追放……だってさ」

そこはサキュバス達が中心になって作り上げられた小さな街。

そのベッドの上で、全身を包帯で巻かれた男『ゼログ』は、村娘からその一言を聞かされた。


「そう、か……」


まだ傷が痛むのだろう、ゼログは苦悶の表情を浮かべつつ上体を起こした。

その表情には悲しみの色が浮かんでいる。


「私のような役立たずは……用済みということなんだな……」

「う、うん……。あの程度の敵に大けがをするようなお前はいらない、クビだ! って……」


村娘はどこかバツが悪そうにしながらも、目をそらして答える。


「せめて別れの挨拶をしたいのだが……。ワンドたちはどこにいるんだ?」

「『お前なんかにかかわってる時間はない』って言って、もう街を出ていったよ……」

「そうか……私は、最後まで一行の足を引っ張ってしまったんだな……」


そう自戒するようにつぶやくゼログ。

その肩をそっと抱こうと伸ばした手を引っ込め、村娘は笑顔を作ってみせた。


「そ、それよりお腹すいたでしょ? ちょっと待っててね。みんなにも声をかけてくるから」


そう言うと村娘はパタパタと足音を立てながら部屋を後にした。




それから5分ほど経ったのち。

「ゼログ様、起きたんですって?」

「やったあ! ゼログ様と話したかったんだ!」

「ゼログ様、今日はあたしの家に来てもらお!」

「あ、抜け駆けはダメだよ! 今夜はあたしがゼログ様と過ごすの!」

「はい、みんなどきなさい! まずは私がゼログ様の相手をしますので……」


そんな声が聞こえてくるのが聞こえてくるのを感じ、ゼログは少し驚くような表情を見せた。


「む? ずいぶん人が来ているんだな」


そしてドアがバタン、と開かれた。


「おはようございます、ゼログ様。先日はご依頼を聞いていただき、ありがとうございました」


そこには、妙齢の美しい女性が、露出の高い服を着て立っていた。

手に持っているのは卵入りのスープだった。


「……おはよう、村長殿」


彼女は村の村長である。

先日、ゼログ達がこの街を訪れた時に『強力な魔物が町の近くに住み着くようになったため、退治してほしい』と依頼をされた際に会った時をゼログは思い出した。


村長の美貌の前に顔を赤らめるワンドを見て、トーニャが明らかに不機嫌そうにしていた時を思い、ゼログは心の中で苦笑した。


「もうお怪我は大丈夫ですか?」

「あ、ああ。すまない、皆さんには心配をおかけしたようだ」


ゼログはそう恐縮しながらもスプーンを取り、彼女の渡してくれたスープを一口飲んだ。

暖かい湯気が顔を包み込み、のどの奥に暖かいコンソメの風味が流れてくる。


「お口に合うかしら?」

「ああ、うまい……。こんなうまい食事は、人生で2回目だな……」

「ウフフフ……飲んでしまいましたね……」


ゆっくりとスープを口に運ぶゼログ。

彼を見る村長の目に妖しい光が灯っていたが、ゼログはそれに気づかなかった。


スープを飲んでいるゼログに、甘く囁くように村長は尋ねる。


「それにしても、伝説の妖魔『ウィンドクロウ・グリフォン』を倒していただけるなんて、本当にお強いのですね」

「そんなことはない。……私は……こんなに深手を負ってしまったのだからな」


討伐の対象である『ウィンドクロウ・グリフォン』はその翼で暴風を起こし、鋭い爪で獲物の急所を突く魔物である。


その説明だけでは大したことないように感じるかもしれないが、実際にはその翼には魔力が込められており、風そのものに強力な『質量』を込めてくるのが特徴だ。


例えるなら見えない鉄粉を暴風と共に四方八方にまき散らすようなものである。

その破壊力は重装騎兵の鎧をも貫通し、時には一国の騎士団をたやすく壊滅させることすらあるとされている。


「けど、そのお怪我はあのワンドとやらを助けるために負ったのですよね?」

「……いや、それは……」

「私の目はごまかせませんわ。本当はあなた一人なら、無傷で怪物を退治できたのではなくって?」

「…………」


そこまで言われ、ゼログは押し黙った。

その村長の言う通り、ゼログの怪我は魔物の攻撃に体勢を崩し、がけから落ちそうになったワンドを庇った時に負ったものだったからだ。

元来嘘をつくのが苦手な性格のゼログは、何も言えなくなった。


「フフフ、図星のようですね。……お食事もお済みのようですし、そろそろ包帯をお取替えしますね。ゼログ様」

「あ、ああ。ありがとう」


そっとゼログのベッドに腰かけると、ゼログの体に巻かれた包帯をするするとほどいていった。

そのよく鍛え上げられた腕を撫でるように触りながら、なまめかしい声で村長は尋ねる。


「ところで、ゼログ様? こんなにまでなって私たちの街を救っていただいたあなたには……最高の報酬を与えないといけませんわね」

「報酬? それはワンドたちがもらったんじゃないのか? 私の分も残してくれたのか?」


その発言に村長は首を振る。


「あら、そんなわけありませんわ。3人とも、報酬は全部あなたに差し上げるように言ってましたもの。追放の手切れ金ですって」

「そうか……あいつら……最後の情けってわけか……」


ゼログは目頭を押さえながら、そうつぶやいた。


「それでは、遠慮なく頂こうと思うのだが、報酬はどこだ?」

「フフフ……」


そういう笑みを浮かべると村長はパンッと手を叩いた。

すると、再びドアが開き、そこから何人もの美少女たちがわらわらとやってきた。


「ゼログ様、おはようございます!」

「お元気そうでよかったです!」


その美少女たちはサキュバスの村に住む村娘たちだ。

全員露出の高い服を身にまとっており、ニコニコと屈託のない笑顔で誘惑をするようにゼログを見つめている。

ゼログはそんな彼女たちを見ながら微笑みかける。



「そうか、『村人たちの笑顔』が報酬……ということか。……フフ、悪くないな。ワンドだったら大喜びしそうだ」



その発言にがくり、と来たように村長は頭を下げた。


「違います! そんなケチな報酬じゃありません!」

「別にケチではないと思うがな……じゃあ、報酬とはなんだ?」

「あなたにこの街に、皆の『夫』として永住してもらう権利、ですわ!」


そう言うと、周りの村娘たちはキャーッ!と声を上げて恥ずかしそうな表情を見せた。


「つまり……どういうことだ?」

「そういうことですわ! あなたのことは今後私たちが養いますわ?」


その発言を横取りするように、よこから村娘たちも声を上げた。


「です! ゼログ様はあたし達の作ったご飯を食べて、毎日、毎晩、好きなように過ごせばいいのです!」

「あたし達、ゼログ様みたいな男性のこと、ずっと待ってたんです!」

「この村、男は基本的に永住できないんだけどゼログ様は特別なんですよ! あたし、ゼログ様の奥様になりたいです~!」


そう言いながらゼログの方にしがみつく村娘たち。

だがゼログはピンとこないような表情を見せる。


「永住か……。確かに私は『転移者』で、住むところもないが……」


ゼログが異世界から転移した存在であることは、すでに村長には伝えている(異世界から誰かが転移すること自体は、この世界では割と頻繁に発生する現象である)。

その為村長は、そのことには深く触れずに答える。


「そう、だからあなたにぴったりの報酬ですよね? あんな恩知らずのバカのことなんか忘れちゃって、ここで楽しく過ごしましょうよ?」


その発言に、ピクリとゼログの眉が動く。


「……恩知らずのバカ……とは、誰のことだ?」


「そりゃ、あなたと一緒に居たワンドやトーニャ達のことですわ?」

「そうそう! ゼログ様と違って、てんで弱いくせに勇者なんか名乗って!」

「ほんとほんと! 追放されて良かったじゃん、ね!」



「……もう一度言ってみろ……」




だが、その発言はゼログの逆鱗に触れた。

ゼログは村娘たちの手を振りほどくと強引に立ち上がり、一同を強く睨みつけた。

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