追放した異世界転移者が「偽勇者」となって、無能な俺に富と名声を押し付けてきて困ってます

フーラー

プロローグ:最強の「偽勇者」と最弱の勇者

プロローグ その功績は『偽勇者』のものなんだ

「勇者ワンド様!」

「勇者様! 来てくれてありがとうございます!」

「勇者様、こっち見て!」


たまたま立ち寄ったさびれた村。

そこに足を踏み入れるなり、俺は村中から熱い歓待を受けた。

恐らくどこかの行商人が「勇者ワンドがこの村に来る」との情報を流したのだろう。


その歓待の声の中を歩きながら、俺は心の中で叫び続けていた。


(違う、俺をそんな目で見るな! 頼むから!)


だが、それを口にすることは出来ない。

「……すごい人気だね、ワンド」

隣にいた僧侶の少女『トーニャ』がそうぽつりとつぶやいた。

その冷たい目に睨みつけられながらも、俺は周囲に作り笑いを浮かべた。


「みんな、歓迎ありがとう」

「キャアアアアア!」

「ワンド様にお礼言われちゃったああ!」


その声に、村の若い娘たちが黄色い歓声を上げた。

本当に俺は、そんな「伝説の勇者」と言われる人じゃないとは何度も思ったが、この場でさすがにそれをはっきり言うわけにはいかない。


「ワンド、キミはこんなに女の子に賞賛されるべき人じゃない。分かってるでしょ」

「……ああ……」


トーニャはますます厳しい目をしながら、俺の腕にしがみついてきた。


「勇者ワンド様! さあ、こちらへ!」

「宴の準備を行いますな! 勇者様が来てくれたならもう安心ですじゃ!」


村の人たちはそう言って、媚びるような表情で中央の集会場に俺を連れてきた。

見ると、即興で作ったのだろう「歓迎! 伝説の勇者ワンド様!」と書かれた垂れ幕と共に粗末な料理が置かれていた。


見ると、村の者たちの服装も見るからにみすぼらしく、何らかの事情により貧困生活を強いられていることが見て取れた。


「勇者ワンド様! 勇者様の武勲はこの村にも届いておりますぞ!」

「そうですとも! 先月は、あのヴァンパイア・ロードを単騎で始末されたとか!」


違う、それは俺じゃないんだ……。


「ええ! そして先週は3体の火吹き竜を倒し、帝都の空を青く染め直したとか!」


それも俺じゃないんだ……。

だがそれを言うわけにもいかず、俺は苦笑いをするしかなかった。


「おや、勇者様、どうも気分がすぐれないようですが、どうかされましたか?」

「あ、いや……。それは……」

「……ああ、そう言えば……」


そんな俺の表情を見て何を勘違いしたのか長老の妻と思しき老婆がぽつり、とつぶやいた。


「何でも最近、勇者様の『偽物』が各地に出て回っているとの話を聴きますな……ひょっとして、そのことを気にされているのではないですか?」

「なんと! そんな不届き者がいるとは!」


長老や他の村人たちも、ざわざわと不審そうな顔を浮かべた。

そして、やや訝しむように長老は尋ねてきた。


「その……ワンド様……。いえ、もちろん疑うわけではないのですが……」


次に聞かれる言葉は分かり切っていた。


「『勇者の証』を見せていただくこと……できますかな?」

「え? ああ……」


この世界では「勇者」と言うのはおとぎ話に出てくるような偉大な存在ではない。

いわゆる各地を放浪しながら魔物や盗賊を討伐する、一種の「フリーで定住しない、討伐隊」のようなものであり、身分証もある職業の一つにすぎない。


本来この仕事は口減らしに捨てられるような子どもや、戦が無くなった傭兵たちが糊口をしのぐために作られたものなので、単なる討伐隊のその仕事に対し、半ば皮肉として「勇者」という美しい名を付けたのが由来だ。


……むろん大きな功績をあげれば本来の意味通りの「勇者」として祭り上げられるものは少なくないが。


俺は身分証として帝国から発行された「勇者の証」を差し出した。


「ほう、これは……おい、リズリー」

「はい」


村長が近くにいた村娘につぶやいた。

みすぼらしい服装のものが多い中、とりわけ彼女は突出して汚い服を着ていた。

また、装飾品の意匠が村人のものと異なるので、彼女は恐らく余所者だったのだろう。


「我が眼を曇らす闇を照らせ、そして真の姿を見せよ……」


リズリーと言われた彼女はそっと手を広げて、何やら呪文を唱え始めた。

いわゆる「鑑定」のスキルであろう、その指で作られた三角形が淡く光り輝いた。

しばらくすると、リズリーはぽつり、とつぶやいた。


「間違いありません。勇者ワンドの証です」


リズリーと言われた少女はそうつぶやいたのを聞き、村長は安堵したような表情を見せた。


「おお、であれば安心ですな!」

「ええ。あなたが『偽勇者』であれば……この村から生きて出さないところでしたからな」

「でしょうとも! あの伝説の勇者『ワンド』様の名を騙るなど、許されることではありませんからな!」


冗談めかして言っているが、村長夫妻の目は笑っていない。

自発的に行ったとはいえ、貧しい経済状況であるこの街で貴重な食料を偽物に食われたとあったら、当人たちからしたら万死に値するのだろう。


「あ、あはははは……」


俺はそう笑って答えるしかなかった。


(違うんだ。……確かに俺は『ワンド』だよ。けどな……)


この言葉は絶対に口にすることは出来ないが、心の中でつぶやいた。





(ヴァンパイアロードを倒したのも、ドラゴンを討伐したのも、それは『偽勇者』の方なんだ……)





そう、俺自身は『勇者』とは名ばかりで、雑魚モンスターにすらまともに勝てない。

いつもトーニャやほかの仲間たちに助けられながらなんとか今日まで生きてこられた、ラッキーなだけの弱虫だ。



なのにここ最近、各地で俺の名前を使って武勲を立て続けている偽物が現れ始めた。

そのせいで俺は、こんなわけの分からない歓待をあちこちの街で受け始めるようになっている。


トーニャはぽつり、とつぶやいた。


「ここでも、キミの名前が広がっている……誰なんだろうね、本当にその『ニセ・偽勇者』は……」

「どうだろう……まさか、ゼログか……?」


俺は先日パーティから追放した男の名前をつぶやいた。

だが、それだけはあり得ない、とばかりにトーニャは首を振った。


「まさか。キミはゼログに、あれだけのことをしたんだよ? あんなひどい裏切りをされて、今更冒険に戻るわけないよ」


俺の手をギュッと握り、顔を近づけて冷たく言い放つトーニャ。

俺もそのことを聞き、胸が痛んだ。


『ゼログ』とは、俺が以前一緒にパーティを組んでいた男だ。

この世界とは違うどこかから『転移してきた』と言っており、行く当てがないとのことで俺は彼を強引にパーティに連れ込んだ。


彼を追放するまでの期間は短かったが、剣も魔法も超一級だった彼の力は俺たちのパーティに欠かせないものだった。


その時のことを思いながらも食事を口に運んでいると、おずおずと言った感じで長老が口を開いた。


「で、ですな……その……」


村長の表情は明らかに曇っている。

それを見て「やはり」と思いながらトーニャと顔を見合わせた。


「実は、この村にはですな……。ここ最近魔物が住み着いておりまして……」


ほら来た、と俺は思った。

単に「伝説の勇者が来た」と言うだけでこれほどの熱い歓待を受けられると思うほど俺はマヌケじゃない。

必ず何者かの討伐依頼があるのだろう、と俺は思いながら苦笑いを浮かべる。


「積み荷を奪われて困っておりましてな。それで、勇者様になんとかしてほしいのですじゃ……」

「うーん……。相手はどんな奴だ?」

「被害に遭ったものによると、暗闇でよくは見えなかったようですが、なんでも3mはあろうかという大きな怪物で、牛の頭をしていたとのことで……」


そこまで聴いて俺は猛烈に嫌な予感を感じ始めた。


「ほ、ほう……で、ほかに特徴は……?」

「なんでも頭に赤い角があるのが特徴と……」


コト、とトーニャがとなりでスプーンを落とす音が聞こえた。


それはそうだ。

恐らく相手は『ヒートヘッド・ミノタウロス』だ。


ただでさえミノタウロスは牛の膂力を持ち類人猿並みの知能で武器を振り回すやばい奴だ。

そのような大型の怪物は一般に鈍い場合が多いが、『ヒートヘッド種』は常に体内に高熱を発する血液を循環させている。


その為でかいくせにその反応速度も人間を遥かに凌駕する。当然、過去に多くの『勇者』がその魔物の前に散っていったと聞いている。


だが、本当に怖いのはそこではない。

本来寒冷地に住む『ヒートヘッド・ミノタウロス』がこんな森の中に出てくるわけがない。

つまり、それを使役できるほどのやばい奴が、裏で糸を引いている可能性が高い。


俺は必死に冷静なふりをしながら続ける。


「な、なるほど。それは災難だな……他には何か情報はあるか?」

「ええ……実は以前も腕の立つ勇者のパーティにお願いしたのですが……何やら、怪しい術を使うものがどこかに潜んでいるらしく……。たどり着く前に少しずつ数を減らしていき、残った一人も、その化け物に返り討ちに遭ってしまったとのことです……」


ビンゴだ。

やはり、その化け物は偶然ここに迷い込んだのではなく、第三者の手引きでここに来たものとみて間違いない。

しかもそいつは、化け物を援護しながらも相手に姿を見せてもいない。


そんなとんでもない相手をどう相手にしろって言うんだよ。


「ですが、勇者ワンド様が来てくださったのであれば、もう安心と思いましてな。その……引き受けては下さらぬか? 無論、お礼はしますじゃ……」


村長は村人たちと出し合ったのであろう、僅かな銀貨が入った袋を机の上に置かれた。

見たところ、ほんの少額だ。明らかにトーニャの表情が曇っている。


「少しですが、村のものと出し合ったお金ですじゃ……どうかお納めくだされ」

「えっと、その……」


俺の頭には、ふとゼログの姿が浮かんだ。


……もし、ゼログがまだ俺のパーティに居たのであれば、俺は二つ返事で引き受けただろう。

それほど、彼は俺たちのパーティにとっては有力な仲間だった。


だが、俺はすでに彼を追放した後だ。

もし俺とトーニャだけで戦えば、魔物だけが相手でも、返り討ちに遭うのは分かり切っている。


「と、とりあえず今日は休ませてもらっていいか?」


その場で即答は出来ず、俺はそう口にするしか出来なかった。

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