1-13 ようやっと女性キャラが二人に増えました
(来た……か……)
俺はもうろうとした意識の中、村人たちがミノタウロスに突撃するのを見て、安堵した。
「いけ、もう少しだ!」
剣を操れるものは集会場に上り、そこから角を狙って斬りつける。
「そこ危ない! 大地よ、礫となり立ちはだからん!」
魔法に覚えのある者たちは順番に魔法を唱え、時にミノタウロスの視界を奪い、時に足や頭部に魔法を当てる。
「悪い! 弓矢の予備をくれ!」
弓が得意なものは、地上からミノタウロスの目・脇などの弱点となる場所を打ち抜き剣士を支援する。
「うん、納屋から持ってきたよ!」
力なき子どもたちは武器になる石や鎌、農具の類や弓矢をかき集め、それを大人に手渡していく。
「ワンド様! こちらへ!」
「ワンド様は十分やってくれました! 傷をいやすので下がってください!」
そしてリズリーたち、回復魔法が使えるものはその間に俺のもとに来てくれた。
そしてしばらくの後。
「私の……私たちの勝ちだああああ!」
ミノタウロスの背中によじ登った一人の名も無き村娘は、その叫びと共にミノタウロスの頭部を大きく薙ぎ払う。
急所となる角が真っ二つに折れ、
「グオオオオ……」
その断末魔と共にミノタウロスは動かなくなった。
「……やった……か……」
「ああ……」
ミノタウロスが完全に絶命したことを確認し、村人たちは笑みを浮かべた。そして、
「やったああああ!」
「うおおおおおおおお!」
凄まじい歓声と共に勝鬨を上げた。
「ワンド様! 聞こえますか?」
リズリーは涙ながらに俺に訴えかけてきた。
まだ痛みでふらつくが、とりあえず会話は何とか可能だ。
そう言えば、いつの間にか「ワンド様」に格上げしたんだな。
「ああ……勝った……んだな……」
「ワンド様のおかげです! 村人たちの顔、見てください!」
「え? ……ハハ……」
村人たちの表情は来た時の卑屈な依存心はもはやなく、自分たちで村を守れたという自負にあふれていた。
「俺達にだって戦えたんだ!」
「そうだ! もうミノタウロスなんて怖くないよ!」
そう叫ぶ姿を見て、俺は嬉しくなった。
「良かった……。悪かったな、みんなを巻き込んで」
まだ十分に体を動かせないが、俺は心の中で頭を下げた。
リズリーは回復魔法の手を止めずに、にっこりと笑みを浮かべる。
「いいんですよ? そのおかげで村のみんなも『勇者』になれたんですし」
「……ハハハ。ゼログだったらもっとかっこよく決められたんだけどな……」
そこまで言って、俺は大事なことを忘れていたことに気が付いた。
「……あ、そう言えば……トーニャは?」
「トーニャ? あ、ちょっと待ってください! まだ治療が……」
「そうだ……俺は、トーニャを……助けに行かないと……」
トーニャは俺と共闘する予定だった魔導士と一人で戦っていたはずだ。
そのことを思い出し、俺は傷ついた体を無理に起こし、森に向かおうとした。
……だが。
「……なんか騒がしいと思ったら……キミ、こんなところまで来てたのか……」
「トーニャ?」
村の入り口にはトーニャが立っていた。
かなり服はボロボロになっているが、幸い大きな怪我は無い様子だった。
「トーニャ……無事……だったのか……」
「それは私のセリフ。私よりずっとボロボロじゃないか。ほら、治療するから来てよ」
そう言うとトーニャはひどく不機嫌そうに俺の方を睨みつけてきた。
……その視線は俺ではなく、後ろにいるリズリーに向けている気もしたが。
俺はふらつきながらもトーニャに向けて歩いていった。
「いい、のか?」
「しょうがないでしょ? 私はその女より回復魔法は得意だから」
そう言うとトーニャは俺に回復魔法をかけてくれた。
やはり本職と言うべきか、リズリーよりもトーニャの方が回復は早い。
何より、トーニャに治療してもらえるのが、冒険の中で何よりの励みとなる。
俺はトーニャから治療を受けながら尋ねる。
「その……敵は?」
「逃がした。途中までは互角だったけど……。やられたよ」
「狙い?」
「そう、あいつの狙いはあくまで金で私の命じゃない。……隙をついて私の宝物……ゴホン、アクセサリーを奪ったら、そのまま全力で逃げられたよ」
そう言うとトーニャはローブの腰に身に着けていた宝飾品を見せつける。
なるほど、俺が似合うと思ってプレゼントしたブローチが一つなくなっている。
しかも一番高かった奴だ。……あの野郎、目も効くのか。
トーニャは治療の手を止めないながらも忌々しそうにつぶやく。
「……けど、それもこれもキミが来てくれなかったからだよ。まったく情けない。これで私にまた貸しが……」
だが、そこまで言ったところでリズリーが止めに入った。
「あの、ワンド様を悪く言うの、やめてください!」
「え? なんだよ、お前は」
トーニャの二人称は基本的に『キミ』だが、気に入らない相手には『お前』と呼ぶ。
リズリーのどこが気に入らなかったのだろうかは、俺には分からないが。
「ワンド様は、私たちのために戦ってくれたんです! こんなにボロボロになって……」
「だから何? 結果が全てでしょ。ワンドは私に術師の相手を押し付けて、借りを作った。これは事実」
「……けど、あなたの言い方は……」
それを遮るようにリズリーは歯噛みするような表情で返答する。
「そもそも、お前に偉そうなことを言う資格はない。……お前のお兄さんだったんだよ、魔物を操ってたのは」
「あ、バカ!」
トーニャの率直にものを言うところが、ここで悪く出た。
それを聞いたリズリーは、信じられないという表情でつぶやいた。
「え? ……そんな……兄様が……嘘、でしょ、ワンド様?」
ここで下手に嘘をつくのはかえって状況を悪化させる。
俺は頷いた。
「……悪い、事実なんだ」
「……そうか……やはり、用事があるというのは嘘じゃったのか……」
「村長?」
俺達の傍には運悪く、そこに村長が立っていた。
幸いと言うべきか、村長は最初の突撃の最中にすぐ村人に引き戻されたのか、怪我はしていない。
「……隣町で用があるからと今朝から姿を消していたが……今思えば怪しかったのう……じゃが、シスクのことじゃ。何かおぬしらに言ったことがあるのじゃろ?」
話の流れから考えると、シスクとはリズリーの兄のことだろう。
「うん。……リズリーは関係ない。私が勝手にやったことだ、って……」
「じゃろうな。……しかし、なぜじゃ? なぜ、そんなことを……」
トーニャはあまり興味なさそうにしながらも答える。
「やたらと奴は金に執着してた。余所者を差別していたからじゃないのか?」
「いえ……。確かに私たちは余所者で、あまり扱いは良くありませんでしたが……強盗をしなければならないほど飢えてはいませんでした……」
「じゃあ何か別の思惑があるんだろうな。……それも、よほどのことだな」
俺がそうつぶやくと、トーニャは答える。
「けど、いずれにしてももう来ないよ、きっと。あいつは去るとき『もう軍資金は十分だ』って言ってたから」
「じゃろうな……」
村長もそれを聞いて、頷いた。
仮にトーニャの話が嘘だとしても、すでに自分たちに顔が割れたシスクは戻ってくることなど出来ないのは確実だからだ。
しばらくした後、リズリーはつぶやく。
「決めました。……私、ワンド様について行きます」
「はあ? ふっざけないでよ! なんでお前が一緒に来るのさ?」
珍しく声を荒げてトーニャは怒鳴った。
「ワンド様と旅をしていれば、兄様の足取りがつかめるかもしれません。それに、ワンド様には2回も助けていただきましたし……。その恩返しの意味も含めて、です」
「2回も、ねえ……シスクって言ったっけ? あいつ、昨夜のうちにリズリーを連れて逃げりゃよかったんだよ」
トーニャはそう毒づくのを無視して、リズリーは俺に抱き着いてきた。
「あ、お前! 何して……」
「お願いします、ワンド様! ……私は攻撃魔法が得意なので、きっとお役に立てます!」
だが俺が居ることは、戦力のマイナスにはなってもプラスにはならない。
悲しいがそれを自覚しているので、俺は首を振った。
「そうは言うけど……俺は……昨日も言ったけど、最弱の勇者だぞ? 俺と来ても、リズリーさんに得は無いと思うな」
「そうだよ。剣の腕も無ければ、体力もない。私だけだよ、こいつと旅をしてあげられるのはね」
トーニャは横からそう付け加えた。
まったくその通りなので反論は出来ないのだが。
だが、リズリーは首を振った。
「それでも私はワンド様と一緒に行きたいんです! ……何なら、お礼に昨日の続きをしても良いですから!」
その発言に、トーニャは顔を赤くしながら歩み寄ってきた。
「き……お前、何言ってるんだ? こいつは私のことを散々苦しめてる悪い奴なんだ。そんなことする資格はないんだよ!」
「だから、トーニャ、それはあなたが決めることではないでしょう?」
二人がギャーギャー叫ぶのを見て、俺は仕方なくつぶやく。
「分かった。……その『お礼』は受け取らない。けど、助けになってくれるなら嬉しいからな。歓迎するよ」
「嘘でしょ、ワンド?」
「攻撃魔法の使い手だった、ファイブスが抜けた穴は大きいだろ? だから、やっぱりリズリーさんみたいな人は必要だよ」
「む……まあ、そうだけどさ……しょうがないな……」
今まで何度も火をつけるのにも苦労してきた。
そのことを思い出したのか、トーニャも悔しそうにしながらも頷いた。
「後『リズリー』でいいです! 呼び捨てで読んでくださって構いません!」
「分かった、リズリー。よろしくな」
「ええ! よろしくお願いします、ワンド様!」
そういうと、リズリーは横目でにやりとトーニャの方に笑みを浮かべた。
トーニャは悔しそうな表情を見せながらつぶやいた。
「ったく、最悪だよ……」
そして俺たちは、村長からお礼の言葉を貰うと、村を後にした。
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