2-11 最弱勇者は、起死回生の逆転劇を見せてくれるようです

「く……くそお……」


俺は必死になってもがいた。

だが、ヴァンパイア・ナイルの魔法は強力だ。

血でできた槍は俺の身体を貫き、ピクリとも動かない。


致命傷を避けていたのは不幸中の幸い……ではなく、意図的なものだろう。


「フン。その血槍は貴様の力では解くことは出来ん」


そう良いってヴァンパイアは周囲を見渡した。


「うう……」

「くそ……」


全員まだ息があるが、すでに体を起こせるものはいない絶望的な状況だ。

ヴァンパイアは俺に対してにやり、と笑みを浮かべた。


「どうだ、勇者殿。なすすべなく仲間たちが倒された気分は?」

「くそ……」

「ハハハハハ! いい顔だ。……さて、貴様の仲間の血はどれも美味そうだ。特に私は獣人の血には目が無くてな」


そう言うとそいつは振り返り、俺の正面に居たフォーチュラに目を向ける。


「ひい……」


フォーチュラはそのヴァンパイアの目を見て、びくりと体を震わせた。

そしてヴァンパイアは続ける。


「よく見ておけ、貴様の仲間の血が我が体に取り込まれる瞬間をな。そして、仲間が干からびる姿を」

「く……」


更にその整った顔を醜悪にゆがませ、笑みを浮かべる。


「案ずるな。貴様は死後我が眷属のゾンビとして働く栄光をくれてやる。人としての意識を残したままな」

「なに……」

「貴様は永遠に、ゾンビとして死ねぬまま、我がもとで苦しみながら働くのだ」


それを聞いてどう案ずるなと言うのだ。

死んでからもゾンビとしてこんな奴に従うこと、さらに人間に災いをもたらすくらいなら、俺は死を選んだ方がマシだ。


……なるほど、この血槍で体の自由を奪ったのは、自殺を防止するためか。

だが、あのヴァンパイアは完全に勝利を確信しているのだろう。俺に警戒する様子もなく、フォーチュラの方を振り向いた。



……これが最後のチャンスだ。



ヴァンパイアはフォーチュラの顎をくい、と上げて笑みを浮かべる。


「さて……お嬢さん、覚悟は良いかな?」

「ふ……ふざけ……ないでよ……!」

「フフフ。中々いきが良い。これは美味そうだ。……さあ、頂こう」


そう言ってヴァンパイアが口を開けた瞬間。



「が……な……なに……!」



……俺が背後から奴の心臓を貫いた。

いかに屈強なヴァンパイアと言えど背後から刺されればひとたまりもない。

奴の背中から、剣が突き出ていた。



「がは……なんだと……」


そのままヴァンパイアは地面に倒れこんだ。

体の末端が少しずつチリになりはじめている。……うまく急所を貫いたのだろう。


「フォーチュラ……大丈夫か……?」

「う、うん、ワンド様……」


その様子を見て、信じられないという様子でヴァンパイアは俺の方を見た。


「なにを……したのだ……どうやって……私の術を解いた……」

「これだよ」


そして俺はトーニャが先ほど作ってくれた薬を見せた。


「これは、血栓を防ぐ効果がある薬だ。……つまり、血をサラサラにする効果と言ってもいい」

「……まさか……」


そこからはトーニャが引き継ぐ。

ふらり、と立ち上がると俺に回復魔法をかけながら答える。



「そう。この薬を直接槍に打ち込めば……お前の術を無効化できると思ったんだ。……てきめんだったようだね」

「く……そんな方法で、我が術を……」


苦悶に満ちた表情でヴァンパイアはつぶやく。

どうやらリズリーもなんとか動けるようになったようだ。ふらつきながらも立ち上がって答える。


「薬の調合をやたらと急いでいたのは……このためだったんですね……」

「そうだよ。……お前があれこれ口出ししなかったら、もっと早くできたんだけどね」

「だったら言ってくれたらよかったじゃないですか……」


リズリーは不満そうに言うが、トーニャは相手にしない。

……だからケンカはしないで欲しいんだけどなあ……

ヴァンパイアは、納得できないような表情を見せた。


「だが、我が一族に伝わるこの術は……貴様らは知らなかったはず……」

「そうだね、この間までね。……ありがとう、フォーチュラ」

「え、あたし何かした?」

「キミが歌ってくれた『ヴァンパイア・ロードと勇者の歌』、あったでしょ? あの歌詞、覚えてる?」

「え……確か……血を鉄のごとき槍に変化させて戦う修羅の化身、ヴァンパイア・ロード……あ……」


この歌を聞き、ヴァンパイアは驚いたように目を見開いた。


「そう。……ここのヴァンパイアはきっとそいつと同族だと思ったんだ。……まあ確証はなかったけどね……」

「フフフ……まさか、貴様らが歌を広めていたとは……我が主が倒れた時点で、我々の敗北は運命だったのか……」


ヴァンパイアは、ふん、と諦観の表情を浮かべる。

また、こいつには話していないがもう一つこの奇襲が成功した理由がある。


魔族が手ごわい理由として、こちらの魔力を感知することが出来るため、不意打ちが効かないことにある。

直接視界に入っていなかったはずの俺達がこのヴァンパイアに居場所を補足されたのも、それが理由だ。


……しかしそれは逆に言えば、俺のような「最弱勇者」の場合は魔力が弱すぎて、感知することが出来ないということだ。

その為、音を立てないようにさえ気を付ければ、背後を取ることは容易だ。



既に体はボロボロで、まともに動かない。トーニャの回復魔法をかけてももう数日は立ち上がれないだろう。

だが、それでも作戦は成功した。


そしてフォーチュラは、消えゆくヴァンパイアの前でぽつり、とつぶやく。


「……これで……神父様、仇は取ったよ……」


だが、ヴァンパイアはその発言には不服そうな表情を見せた。


「……く……だから、誰だというのだ、その神父様と言うのは……」

「あんたみたいな吸血鬼は、殺した奴の顔なんて覚えてないでしょうね」

「……ヴァンパイアの私が、わざわざ教会のものを手にかけるほど愚かな命知らずだと思ったのか、貴様らは……」


確かにそうだ、と思った。

ヴァンパイアにとって、ただでさえ教会の力は天敵だ。しかもあの神父様はヴァンパイア・ハンターでもある。

そんな奴を相手にすること自体がおかしい。そもそもあの場にいた偽シスターの声は女性の声だ。

こいつの声とは似ても似つかない。


「……だよな。死ぬ前に教えてくれ。そいつに心当たりはあるか?」

「……心当たり……だと? ……ふ……そうか……」


そうつぶやくと、そのヴァンパイアは観念したように笑みを浮かべた。


「分かるのか?」

「……おそらくはカース・デーモンの連中だろう……。主のもとから逃げた私を……始末するつもりだったのだろうが……貴様らが……先を越した、ということか……」

「カース・デーモン?」

「…………」


ヴァンパイアは何も答えず、リズリーの胸元にあったペンダントを見つめ、それを引きちぎる。


「キャア!」


そしてそれを握りつぶし、粉々にした。

……だが、これが奴のもつ最後の力だったようだ。


「……楽に……死ねる……せめてもの、礼……だ……。地獄で……また、会おう……」


そういうと、このヴァンパイアは夜の闇に消滅していった。




「神父様……」

「その、フォーチュラ……」


リズリーはなんて声をかければいいか分からない様子だった。

それはそうだ。

街に暗躍していたヴァンパイアはこれによって消滅した。


……だが、神父様を殺した張本人はまだ生きている。



「これで街に平和が戻ったけど……。あたし、帰るところもなくなっちゃったよね。……それに神父様の仇は取れてないから……」


そしてフォーチュラは、笑みを浮かべた。

その後に言う言葉は分かっている。


「ワンド様たちについて行っていい?」


俺達はみな、頷いた。


「ああ、歓迎するよ」

「勿論。キミのおかげであいつを倒すことが出来たんだから」

「放っておくわけにもいきません。……私も実は、お兄様を探している途中ですから、同じですね?」


そう言われたフォーチュラは、ぱあっと顔が明るくなる。


「いいの? ありがとう、ワンド様、大好き!」


そういってフォーチュラは俺に抱き着いてきた。


「いてててて!」

「あ、ワンド様!」


だが、それがとどめになった。

かろうじて気力だけで持ちこたえていた俺の身体は、がくん、と崩れ落ちた。

それを見てトーニャは薄笑いを浮かべる。


「フフフ。やっぱりワンドはカッコいいの、似合わないよ。……それと、私がおぶってあげるね」

「ああ、悪い。もう俺は、動けない……」

「はあ、まったく情けない。私がいなかったら帰れなかったよね、キミは」


そう言われながらも、俺はなんとか街に戻っていった。

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