2-10 ゼログ編・最強勇者は魔王の魂の存在を知ったようです

ワンドたちがヴァンパイアを相手に壊滅状態になっているさなか、ゼログは旅の男のふりをして、ある砂漠の町に立ち寄っていた。


そこでワンドは、宿屋の店主に声をかけた。


「店主。ワンド殿が、また山奥にある山賊を倒してきたみたいだ。それを私が言伝されてここにきたんだ」

「確か山賊って……あの北にいる連中か? そんな話だけじゃ報酬は出せないな」


だが宿の店主はゼログを見て、どうせ嘘だろうと言わんばかりに鼻で笑った。

無論これは、単にゼログが余所者だからというわけではない。……それだけ、山賊たちの実力が常軌を逸しているためだ。


「一応、証拠の品を持ってきた。これで問題ないか?」


そう言ってゼログはその山賊の頭領が持っていた剣と、その頭に着けていた角を取りだす。


「な……! これは、カース・デーモンの角……それにその剣は、100年前に滅んだ王国が持っていた幻の魔剣か……。偽造だって言われた方が信じられるくらいだが……」


だが、宿の店主はその口調とは裏腹にこれらの品々が本物と理解しているようであった。


「カース・デーモンというのか。あの山賊……じゃない、『伝説の勇者』ワンド殿とその『永遠の伴侶』トーニャ殿が二人で協力して倒した山賊の首領は。どんな相手だ?」


文脈的にわざわざトーニャの名を出す必要はないのだが、ゼログはあえて強調して尋ねる。

宿の店主は、驚いたような表情をした。


「いや、あんた、常識だろ? 呪いをかけることに特化した強力な魔族だよ。呪いどころか、単にその言葉を聞いただけでも災いが訪れる力があるって言われている」



因みに、先日ワンドが出会ったシスターの偽物も、このカースデーモンの下っ端である。

……もちろん種族そのものの精強さゆえ、下っ端でも、並みのヴァンパイアでは勝負にもならないのだが。



「そうか……。確かに誘惑をしていたな。『私は永遠にあなたの恋人として、尽くしてあげるから見逃して? そうしたら部族の女の子もみんなあなたのものにしてあげる』とかなんとか……」

「だろ? ……で、ワンド様はその誘惑に乗らなかったってことか?」


あ、まずい、とゼログは一瞬思った。思わず自分の体験談として話してしまっていたからだ。


「ああ。やはりワンド殿はトーニャ殿を愛してやまない方だからな。『俺には愛するトーニャが居る! そのような誘惑に乗ると思うな!』と叫び、目もくれなかったな」


しつこいくらいワンドとトーニャの関係を強調するところがゼログらしい。


「流石はワンド様だな。……そのカース・デーモンの中でもこいつはとびきり強い奴でな。数年前にこの世界を支配していた魔王の、四天王の一人だったんだよ」

「魔王……」


それを聞いてゼログは思い出した。



自身がこの世界に転移する前には、なにやら「魔王」というものが魔族を統括し、そして世界を支配していた。


だが、ある実力ある勇者と彼が率いる一軍によって相打ちになり、残った魔族たちは各地で山賊や夜盗となって暴れまわっていると。


今にして思うと、以前倒したヴァンパイア・ロード達も四天王の一人だったのだろうとゼログは思い出した。


「まあとにかく、倒してくれて礼を言うよ。報酬はワンド様の口座に振り込んでおくよ。……にしても偉いな、あんた。手柄を独り占めしないなんて」

「ワンド殿の力になれたなら、私も光栄だからな」

「気に入った! 俺のおごりだ、今日は好きなものを食ってってくれ!」


宿の店主はそう言うと、ゼログに席を勧めてくれた。



それからしばらくの間、酒場ワンドの話と魔剣の話でもちきりになっていた。

その噂の殆どは自身が流したものだったが、それを聞きながらゼログは嬉しそうに※酒を飲んでいた。


(※因みにゼログは21歳、ワンドは22歳である。その為、意外かもしれないがゼログの方が年下となる)



「そういえば、南の方の村でも、ミノタウロスを倒したんだってさ!」

「なんでも森の中にいる大量のミノタウロスをワンド様とトーニャ様が始末したらしいぜ?」

「そうそう! しかもその術師……『グロゥリィ・ネクロマンサー』って言う、聖なる力を使えるネクロマンサーで……」



その話を聴いて、少しゼログは驚いた。

(む? 確か南の村には、私は行ってない。……おそらく本物のワンドだな。あいつも頑張ってるんだな。私がお前に渡した報酬を役立ててくれていると良いのだが……)


そう思いながらゼログは嬉しそうにほくそ笑む。

その報酬を「怪しいから」と言う理由で一切手を付けていないことなど、ゼログは知る由もなかったが。


「ふん! なにが勇者ワンド様だ。きっとあいつも、こけおどし野郎に違いないさ」


だが、その話を聴きながら不愉快そうな表情で酒を飲んでいた男が居た。

……以前ワンドたちと交戦した術師でありリズリーの兄、シスクだ。

彼とは面識がないゼログは尋ねた。


「ワンド殿のことを知っているのか?」

「ああ。あいつは分からないが……少なくともトーニャって奴は、あんたらが噂するほどたいした奴じゃないんだよ」

「ほう? まるで知っているようだな」

「ああ、信じてくれるか分からないけどな、このブローチ、あいつから奪ったものなんだ」


それを見て、ゼログは彼が本当のことを話していると確信した。

そのブローチは、ワンドがトーニャのために、必死になって貯めたお金で買ったものだったからだ。買い物に付き合わされたのもいい思い出としてゼログは覚えている。


「なあ、その時のことについて、詳しく教えてくれないか?」

「え? ああ、別にいいけど」


そういいながら、シスクは話した。

自身が『影』を操る術や、魔物を操る術を持っていること。

それらを野生のオークを使った陽動作戦によって破られたこと。そしてその後、トーニャの格闘術の前に苦戦しつつも、一番高そうなブローチを奪って一矢を報いたこと。


(さすがはワンドだな。……この男が実力者なのは見ただけで分かる。彼ほど力量差があるものにも立ち向かい、更に撃退するなど私には出来ないな)


その話を聴いて、ゼログは嬉しそうにそう思った。

だが、その話を聴く中で不思議そうに訊ねた。


「ところで、ここからかなり距離が離れた場所だが、あなたはなぜここにいる?」


するとシスクは、神妙な面持ちで答える。


「妹の……リズリーの呪いを解くためだよ」

「リズリー?」

「ああ。あいつはさ。『魔王の魂』ってものを小さい時に体内に封じられてるんだ。魔王の顛末は知っているか?」

「勇者の一人が、一軍と共に魔王と戦い、相打ちになったという話か?」


「ああ。……けどその話には続きがあってな。魔王の肉体を倒しても魂は残っていたんだよ。……それを放っておいたら、ほかの魔族の手に渡ってしまう。それで勇者の仲間の一人は最後の手段として……自分の娘に魂を封印したんだ」

「な……」


それを聞いて、ゼログは絶句した。


「その『魔王の魂』は体内にあるだけで寿命を大量に消耗する。だから、リズリーの寿命はこのままだと10年もない」

「10年、か……」

「それに、万一だが『魔王の力』を解放した場合、それはさらに縮まる」

「それは、危険だな……」

「そして、一番怖いのはその魂自体を魔族に狙われていることだ。……リズリーに封じた魔王の魂を取り込めば、そいつが新しい魔王になれるからな。だから、魔族に狙われないような村に身を隠して、あいつを助けるための資金を稼いでいたんだよ……」


なるほど、とゼログは頷いた。


「……因みにその、リズリーって人は、今どこにいるんだ?」

「噂では、勇者ワンドと一緒にいるらしい。……あの男も弱くはないから、あの村に居続けるよりはマシだろう。……私が連れていければよかったのだがな」


そう言うとシスクは少し顔を伏せた。

恐らく、よほど後ろ暗いことを行って旅のための資金を稼いだとわかる。

……であれば、おそらくお尋ね者になっていると思われる自身がリズリーを連れていけないのも理解できた。


そして、ゼログは彼の話を聴き、


(魔王の魂、か……。……その力があれば、ひょっとしたら魔族たちを……)


そう少し考えた後、シスクに訊ねた。


「あなたはこれからどちらに?」

「ああ、もう少し北に行くつもりだ。なんでも、人間から魂を分離する技術があると噂を聞いてな」

「なるほど、その力があればリズリーを殺すことなく、魔王の魂を解放できるのか……」

「まあ、噂……というか伝説のレベルだがな。それがどうしたんだ?」


そしてゼログは笑みを浮かべる。


「……なあ、これから私と旅をしないか?」

「はあ? まあ、この先仲間が欲しいところだと思ってたけどな。けど、あんたを雇えるほどの金は無いぞ?」

「金は要らない。その代わり、あなたの計画を手伝わせてほしい」

「計画ねえ……。それをやって、あんたに何の得がある?」

「その理由に答える前に言っておこう。勇者ワンドの正体はな……」


そしてゼログは自身の秘密について小声で話し始めた。

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