1-3 最弱勇者は女にモテないと思い込んでます

「ったく……どーせ村長の差し金だよ」


トーニャはそうつぶやきながら立ち上がった。


「あのね、ワンド。あの女はさ……」


そういいながらトーニャは、ぼそぼそと俺のもとに耳打ちをしてきた。

それを聞いて、俺は合点がいったように頷いた。


「勘違いしないでね、ワンド。キミは便利な道具と思われてるだけ。私もそう。キミみたいなやつを心から愛してくれる女なんていないんだ」


最後にトーニャは、そう吐き捨てるようにつぶやくと部屋を後にした。


(俺を愛してくれる人がいない……それは俺が一番、分かってるよ……)


トーニャは俺のことを本当に嫌っているのだろう。

俺はトーニャに責められて当然のことをした。だから、これは無理のないことだと分かっている。

少し心を痛めながらも、俺はリズリーの方を向き直った。



「座りなよ、えっと、リズリーさん、だっけ?」

「そ、そうです。名前を憶えていてくださって光栄です、ワンド様……」


あわあわと、どこか落ち着かない様子でリズリーは椅子に座る。


「えっと、その……」


リズリーは落ち着かない様子を見せながらも、何とか話題を見つけようとしているのを感じた。


「つ、月がきれいですね……?」

「ああ。……けど、リズリーさん、だっけ? リズリーさんの方が綺麗だよ」

「え? あ、ありがとう、ございます……」


それを聞いて、リズリーは少し顔を赤くした。

きっと誉め言葉だと受け取ったのだろうが、俺の言いたいことはこんなベタベタな口説き文句じゃない。


昼にあれほどみすぼらしい格好だったのに、今、明らかに不釣り合いなドレスを身にまとっている時点でおかしい。

加えて、見た感じサイズが合っていない……いや、意図的に合わない服を着せられたのだろう。彼女の大きな胸が不自然なほど強調されている。


俺が聴きたいのは、その綺麗な格好をしている『理由』の方だ。


「それで、なんでこんな夜中にそんな素敵な恰好で来たんだ?」

「え? あ、あの、その……」


そこまで言って俺は本人の口から語らせるのは気の毒だと思い直し、トーニャから耳打ちされたことをそのまま訊ねた。



「当ててみようか。……村長に言われたんだろ? 魔物を倒す報酬に体を差し出せって……」



その発言に、リズリーはビクリと体を震わせた。


「えっと……。そ、そんなことありません! 私はワンド様のことを初めて見た時から……」

「見え透いたお世辞は良いよ。……俺は昔っからモテないの、分かってるから」

「そんな……」


いつも俺はトーニャに言われている。

キミは不細工だ、頭も悪い。褒められるのは料理と洗濯が得意なことくらいだと。

そんな俺に『惚れた』なんていう女が居れば、それはキミを利用しようとしているのだと。


だからこれは単なる打算だとわかる。

俺はそう思いながらも、落ち着かせるような口調で答える。


「……大丈夫だよ。そんなことしなくても、俺は明日、その化け物のもとに行くつもりだから」

「え、良いのですか? 報酬もあれしか出せないのに……」

「ああ。報酬なんてもらわなくても、俺はもう金持ちだしな」

「そ、そうなのですか……」


この話自体は嘘じゃない。


実際、俺のもとにはここ最近『偽勇者』が挙げたであろう戦績に匹敵する報酬の証文が山ほど送られてきている。

本来最低でも一個旅団を用いてやっと倒せるような『ヴァンパイア・ロード』や『ドラゴン軍団』を単独で撃破したということで、一生遊んでも使いきれないほどの額だ。


唯一嘘があるとすれば、そんなわけの分からない金は不気味なので、一切手を付けていないことくらいだ。


そんなことを話しても仕方ないので、俺は話をつづけた。

これだけは旅立ち前に行っておく必要がある。


「けど……俺はさ。みんなの期待には答えられないけどな」

「どういうことですか?」

「ああ、それはな……」


そこで俺はリズリーに話した。

今までの功績が全部『偽勇者』によるものだということ。

『偽勇者』の正体も目的も分からないが、少なくとも、その富と名声は何故か自分に押し付けられていること。


……そして、俺自身は雑魚モンスターすらまともに倒せないほどの弱者だということを。


「そう、なんですか……」


そこまで聴いて、リズリーは驚いたような、そして納得いかないような表情で尋ねる。


「……けど、ワンドさんは、明日森に向かうんですよね? お金にも困ってないのに……。どうしてですか?」


おっと、ここで「さん」に格下げか。

そう思いながらも俺は苦笑して答えた。


「そりゃそうだろ。あんた達村の人たちが困ってたら、助けるのが『勇者』なんだから」

「けど……その話が本当なら、死にに行くようなものですよ?」

「あはは、そうかもな。けど、魔物を操っている奴の正体ぐらいは突き止めてみせるよ」

「え?」

「相手のことが分かればさ、次の人が仕事しやすくなるだろ?」

「えっと、その……『次の』って……どういうことですか?」


変なことを聞くな、と俺は思いながら答える。



「次の、は次のだよ。俺が死んだ後に仕事を引き継ぐ奴のこと」



その発言に少しむっとしたような口調でリズリーは返答する。


「……おかしいですよ、ワンドさん」

「おかしい?」

「だって、そんな風に命を軽々しく扱うなんて、変です」

「そりゃそうだよ。命を粗末に扱ってお駄賃貰うのが『勇者』だからな」


勿論これは本心だが、俺が魔物の調査に向かう理由はもう一つある。

もしここで俺が逃げたら、説得に失敗したということで、彼女が村長にどんな扱いを受けるかなんか、大体想像がつくからだ。

そのことは彼女には言わない方が良いだろうと思い、俺は口にしなかった。


「その代わりなんだけどさ……一つだけ頼み、というかお願いがあるんだ」

「頼み? 内容によりますけど……」


そう答えながらも、リズリーはすっと体を引いた。

俺が弱いと分かったから、体を差し出すのは嫌ってことか。

まったく、トーニャの言う通りだと思ったが、俺の頼みは別のものだ。


「ああ。……周りがリズリーさんに酷いお願いしたことで……村長や村の人を恨まないでくれないか?」

「村長を、ですか?」


リズリーは少し不思議そうな顔をしてきた。


「ああ。村長がリズリーさんを人柱にしたのは俺達『勇者』が不甲斐ないからだからさ。もし俺たちが安心して暮らせる世界に出来ていたら、そんな命令はしなかっただろ?」

「別に、ワンドさん達が悪いわけじゃ……」

「いや、俺達のせいだよ。……ごめんな、リズリーさん。あんたも辛い役割を負わされたのに」


そう言って俺は頭を下げた。

……ゼログほど強くはなくても、この村の人たちみたいに強者に振り回され、隷属しないといけない人がいるなら、俺に出来ることをやりたい。

それもまた、俺が勇者を続ける理由だ。


「あ、謝るのはやめてください、ワンドさん! わかりましたから!」

「そうか? ……ありがとな」

「……礼を言うのは私の方です……」

「それじゃ、今日も遅いし隣の部屋に泊まんなよ」


幸い、トーニャは先ほど『部屋を一つ準備するように店主に伝える』とも耳打ちしてくれていた。


「え、いいんですか?」

「あんまり早く帰ると村長に『土壇場で逃げ出した』って誤解されるだろ?」

「あ、ありがとうございます……何から何まで……」


そしてリズリーは立ち上がりドアに向かった。


「……なんか、その『偽勇者』の気持ち、少しわかった気がします……。おやすみなさい……」

「ああ、おやすみ」


いったい今の発言で『偽勇者』の何が分かったのだろう。

俺にはさっぱりわからなかった。

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