1-4 最弱勇者は勘違いしてないつもりです

翌日、俺達は村長から見送りの言葉と共に森に向かっていった。


時折馬車が通るのだろう、森の中とは言え街道沿いの道はある程度開けており、歩くために藪をこぐ必要もなかった。


「まったく、お見送りだけなんて、私たちも舐められてるよね」


愛用の杖をストック代わりに使いながらトーニャは毒づいた。


一般的に勇者が魔物退治を行うときには、食料を手配したり馬車を手配したりする『アゴアシ付き』になるのがこの世界では一般的なためだ。

だが今回は、村長からはそのどちらも出なかった。


「しょうがないじゃんか。盗賊のせいで村の食料が不足しているんだからさ」

「まあね。けどさ。私訊いたんだよ。あいつら『勇者様に任せておけば安心だ』って。あいつら、自分で何とかする気ないんだよ」

「まあ、いきなりミノタウロスと戦えって言うのも、無理があるだろ?」

「けどさ……キミ、良いように使われてるだけだよ? 今からでも遅くないから、逃げない?」


だが、俺は首を振った。


「いつも言ってるけどさ、便利に使われるのも勇者の仕事だろ? それより、トーニャの方こそ俺に付き合う必要はないぞ?」


だがトーニャは不機嫌そうにしながら、俺の頭を軽く杖で小突く。


「キミは私に借りがある。もしキミが死んだらそれを返してもらえないでしょ? それまではずっと一緒に居るから。……なんなら一生だってついてくから、離れられると思わないで?」

「借り、か……」


トーニャは元々好きで勇者業を始めたわけではない。

俺がトーニャの村の魔物退治を頼まれた際、魔物に完膚なきまでに叩きのめされた。

そのせいでトーニャの両親は命を落としたため「その責任を取らせるため」という名目でついてくることとなった。


今でもそのことを思うたび『俺がもっと強かったら』『ゼログがあの時いてくれたら』と後悔の念に苛まれる。



「けど、ある意味案内役が付かなかったのは幸いだったね」

「え?」

「リズリー……だっけ? あの女がひっついてこなかったし、それに……」

「……来たか……」

「私たちの戦い方を見られないで済む」



トーニャの目つきが変わり、そして前方に注意を向けた。

なるほど、モンスターだ。



「ブヒヒヒヒ……」


目の前に現れたのは簡素な棍棒を持った豚の化け物。

ブラウン・オークだ。こちらを威嚇するように大きく両手を広げてこちらを見やっている。


こいつはオークの中でも下位種で、知能は低く言葉を発することは出来ないし、こちらの言葉を理解することも出来ない。

その癖、威嚇行為として二足歩行で体を大きく見せようと広げる習性があるため、急所である肝臓を狙いやすい。

一般的な勇者なら難なく倒せる相手だ。


……無論、俺達が『一般的な勇者』なら、だが。



「……行って、ワンド!」


俺はトーニャの命令とともに魔物に斬りかかる。


「であ!」

「ブヒ?」


その剣の閃きにオークは驚愕の表情を浮かべた。

……無論、その剣捌きの鋭さにではなく、


「フン!」


その鈍さにだが。

オークは俺の袈裟懸けをよけるどころか真正面から受け止めてきた。

分厚い表皮に阻まれ、俺の剣は相手の薄皮一枚はがすことは無かった。


「ブヒヒヒヒ……」


オークはその場から身じろぎせずにこちらを見やってきた。

通常なら、その非力さに高笑いをするところなのだろう、だがあまりの威力の低さに逆に『フェイントではないか』と警戒すらしている様子が見て取れた。


「ガア!」


オークはそう叫ぶと俺に棍棒をブン! と振ってきた。

威嚇交じりの大ぶりの一撃、一般人でも通常であればあっさり交わすことが出来る。


「うわああああ!」


だが、俺の反応速度では紙一重でよけるのが精いっぱいだった。

俺は地面に叩きつけられた棍棒の衝撃でふらつき、しりもちをついた。


「あわわわわ……」

「ブヒ? フン……」


その様子を見て、オークは勝利を確信したのだろう、そんな表情を見せた。

オークは動物のそれと比べ感情の変化が単純で、かつ表情の変化も読み取りやすい。そのこともオークが弱小な種族たる所以だ。


「ブガア!」


オークは大きく叫ぶと今度は威嚇ではなく、本気でこちらの手元に棍棒を振り下ろしてきた。


「ぐわあああ!」


俺はそれを防ごうとするが、あっさりと力負けし、手元から弾き飛ばされた剣が宙を舞った。

人間の身でありながら、不器用なオークにすら技量で下回る俺に対して、そいつはもはや、ある種憐れむような表情を見せてきた。


そして、


「ガアア!」


という叫び声と共にとどめを刺さんと棍棒を振り上げる。

……だが、


「かの者の前に祝福の導きを! 闇に浮かぶ一滴の礫となれ!」


その叫びと共に、オークの背中に強力な閃光が走る。


「ギイアアアアア!」


オークは苦痛の叫びと共に後ろを振り返った。

後ろには、杖を構えたトーニャが立っていた。


「……オークは注意力が足りないから、助かる」


そう、俺が正面切って戦うことで注意をひきつけ、後ろからトーニャ達魔導士によって狙い撃ちを行う。

これは、ゼログがパーティに入る前まで取っていた戦い方だ。


演技ではなく本当に弱い俺を見ると、敵も油断しやすい。

とても勇者の戦い方とはいいがたいが、力量の欠ける俺たちの戦い方は、これが唯一の勝ち筋でもある。


「おい、どっちを見てる! 相手はこっちだろ?」


そう言うと俺は懐からナイフを取り出し(俺の技量ではしょっちゅう剣を叩き落とされるので、サブウェポンとして何本も隠し持っている)、オークの急所にある肝臓にナイフを押し当てる。


「とどめだ!」

「ギャアアアア!」


オークは恐怖に戦慄するとともに断末魔のような叫びをあげる。

俺はナイフをオークに向け突き立てる……ふりをして、直前でナイフを返し、柄の方で脇腹を殴る。


「ブヒ……ガ……?」


オークの肝臓付近は、急所であるにもかかわらず表皮があまり固くない。その為、非力な俺の一撃でも十分なダメージが入る。

その一撃によろめきながらも、オークは不思議そうにこちらを見やる。刺殺されなかったことに驚いたのだろう。


「まだ……やるか?」


俺はナイフを構えながらそう訊ねた。


「もしやるなら、次は殺す」


後ろのトーニャもいつでも魔法を撃てるよう構えを崩さない。


「ブ……ブヒ……」


こちらの発する言葉の意味が分からずとも、これ以上の戦いは分が悪いと判断したのだろう。

オークは逃げるように森の中に去っていった。




「……ふう……」


その様子を見て、俺は安堵したように腰を下ろした。


「何とか勝てたね。……まったく、本当にキミは弱いな」

「アハハ、まあな。……いっつ!」


俺は安堵と共に腕に凄まじい痛みが走るのを感じた。

先ほどオークに武器を叩き落とされた時のものだろう。


「なに、また怪我したの? はあ……情けないなあ……ゼログとは大違いだね」


そう呆れたように言いながら、トーニャは俺の近くに来て、腕をまくってきた。


「時よ流れよ、そして血よ満ちよ……」


そう詠唱を始めると、俺の腕の腫れが少しずつ引いてきた。……回復魔法だ。


「あ、ありがとう、トーニャ……」

「まったく……。本当にキミは私がいないと何にも出来ないよね」


そう言うとトーニャは俺の目をじっと見つめながらつぶやく。



「ワンド。キミは私に依存しすぎてるよね?

いつも私に迷惑かけてるよね?

1人で旅なんてできないでしょ?

……というか、私なしじゃ生きていけないでしょ?

私に愛想をつかされたら、死んじゃうでしょ?

ねえ?」



「ああ……そうだな……」


全く、トーニャには世話になりっぱなしだ。

先ほどの魔物も、トーニャが居なかったら、俺の命はなかっただろう。

それにこの傷も、魔法一つ使えない俺では癒すことも出来ない。


トーニャが俺を迷惑がるのも仕方がない気がした。

俺はすこし体を動かすと、トーニャは少しむっとした表情を見せてきた。


「動かないでよ。私はゼログと違う。一瞬で傷は治せないよ」


そう耳元で甘い声で囁かれ、俺はビクリ、と体を震わせる。



(こんなに丁寧に回復してくれるなんて、本当はトーニャも俺のことが好きなんじゃ……)

……なんて勘違いするほど、俺はおめでたい人間じゃない。



トーニャは非力な俺を嫌悪し、両親を守れなかった俺を憎んでいることは何度も言い含められているからだ。


いつか俺が借りを返したら、トーニャは俺のもとを去り、別の誰かと運命を共にするのだろう。


そんなことは分かっている。……それでも、この瞬間トーニャと一緒に居られるのは俺にとっては嬉しかった。


「治ったら、ちょっと休憩しよう? 今日はお肉焼いて、ワンド?」


トーニャはそう無表情で答えてきた。

これは役得だよな、と俺はいつも思う。


パーティのみんなに俺が作ったご飯を食べてもらえるのは、何よりの楽しみだからだ。

……特にトーニャに振舞えるのは、俺にとっては一番の醍醐味でもある。

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