5-3 フォーチュラは魔物使いに一目ぼれしたようです
「ろ、起きろ!」
「ん……」
俺はそう叫ぶ男の声で目を覚ました。
「ここは……どうして、ここに居るんだ、俺は?」
そこは、フォーチュラと出会った街の教会だった。
……なぜ、ここに俺達はいるんだ?
「よかった、目が覚めたか……」
そう安堵したような声を漏らしたのは、シスクだった。
こいつはゼログの仲間じゃなかったのか?
「……なんであんたまでここに居るんだ? ゼログの仲間じゃなかったのか?」
「仲間? いや、あいつとはリズリーから『魔王の魂』を抜き取るまでの一時的な共闘だ。……6時間だけ、友達だったがな」
そう、少しだけ寂しそうな顔をした。
周りをいると、トーニャ、リズリー、フォーチュラもベッドで眠っていた。
幸い、命に別状はなさそうな様子を見て、俺は安堵した。
「あんたが俺達を教会まで運んでくれたのか?」
「いや……ゼログに吹き飛ばされて、気づいたらここに居たんだ。あいつも以前ここに来ていたみたいだな」
そう言って、ゼログの筆跡で書かれた『旅の記録』があった。
当然だが、日付はかなり新しい。ひょっとしたら最後に付けた記録かもしれない。
「もしかして、俺達が受けた魔法は……」
「おそらくは転移魔法の一種だ。ここが選ばれた理由は分からないが……その旅の記録と何か関係があるのかもしれないな」
「……そうか……少なくともゼログに、俺達を殺すつもりはなかったってことか……」
そうこう話していると、トーニャとリズリーも目を覚ました。
「あれ、ワンド……?」
「兄様? どうしてここに……?」
俺達は目覚めた二人にも事情を説明した。
「そう、だったのですか……兄様は、私の『魔王の魂』を分離するために……山賊として働いて、お金を集めていたのですね……」
「そうだ。村人には迷惑をかけたがな……」
シスクがそうつぶやくと、リズリーはシスクの頬をパン、と叩いた。
「兄様……。兄様は最低です。私のためとはいえ、無関係な人から多くの金を巻き上げ、時には傷つけて……」
「……そうだな、言い訳をする気はない」
「けど……」
そういうとリズリーはシスクに抱き着き、涙を流した。
「兄様、本当に……ありがとうございます……これで……ワンド様とずっと一緒に生きていけます……」
「ああ……」
そうシスクはリズリーを抱き返すが、彼女の発言に怪訝な表情を見せた。
「……ん、ワンドと一緒?」
「ええ。私、ワンド様のことをお慕いしておりまして」
「……ほう? こいつのことをか……」
そう言うと、シスクは俺の品定めをするようにじろじろと見つめてきた。
だが、そこにトーニャが横から割り込んできた。
「心配ないよ。……絶対に……絶対に、ワンドは渡さないから。シスク、お前はリズリーと一生暮らせばいい」
その発言に、シスクは苦笑した。
「おっと、私はシスコンじゃないぞ。別にリズリーに好きな人がいるっていうなら、それならそれでいいさ。……それにワンド、あんたのことはゼログがさんざん褒めていたからな」
「ゼログが?」
「ああ。『あいつは凄い奴だ』『あいつこそ、英雄と呼ばれるべきだ』ってな」
「そうだったのか……」
……正直これは嘘じゃなかったら、買い被りとは思うものの本当に嬉しい。
ゼログほどの奴にそこまで認めてもらえていたのか、俺は。
「……それとトーニャ、あんたのこともよく話していたな」
「私のことも?」
「そうだ。『ワンドとの絆を紡ぐ姿が、あまりにも美しかった』『二人の結婚式を見るのが私の夢だ』って、毎日のように言っていたぞ?」
「そ、そうか……フフフ……キミ、思ったより悪い奴じゃないみたいだな」
おっと、早くも『お前』呼びから『キミ』呼びに格上げか。
……ただ、ゼログは俺とトーニャが一緒に居るときが一番楽しそうだったな。
「だが、リズリー。……その……ワンドとトーニャの仲は、ゼログほどの奴が認めてたんだ。悪いことは言わないから、二人の間には割って入らない方が……」
「それは私が決めることですわ。兄様には関係ありません」
「……はあ……お前、昔っからそうだな……どうなっても知らないぞ……?」
そこまで言って、シスクは少しため息をついた。
恐らく、妹には弱いのだろう。
「……ここは……あれ、嘘? あたしの家じゃん? どうして?」
そうこうしていると、フォーチュラも目を覚ましたようだ。
「あ、起きたか、フォーチュラ」
「ワンド様にトーニャお姉ちゃん、リズリーさんも……? それと……」
「ああ、あんたとは初対面だったな。……初めまして、リズリーの兄、シスクだ。……先日は、拘束魔法をかけて悪かったな」
「え? ……あ、はい……」
そこでフォーチュラは熱に浮かされたような顔でぼーっとしているのが分かった。
「おい、フォーチュラ、どうしたんだ?」
「あ、あの、シスク様、ですよね? 私、一緒に、旅、するんですか?」
なんだ、急に片言になって。
だが、確かにその質問については気になった。
シスクはそれを聞き、遠い目をして答える。
「私は……リズリーのためとはいえ、あの男を魔王にしてしまった。……その責任を取る必要は取るさ。そして……」
シスクは俺たちに向き直り、頭を下げてきた。
「……すまない。無理に言える立場じゃないが、あんた達にも手伝って欲しい」
その発言に、まずトーニャが同意した。
「私は構わない。ゼログは、なんだかんだで大事な仲間だったから。なんであんなことをしたのか問いただしたいからね」
「ありがとう。……ワンド、あんたは?」
「俺も……一緒に行っていいのか? 正直弱いから、足でまどいになるかもしれないけど……」
遠慮がちに訊ねる俺に対しても、シスクははっきりと頷いてくれた。
「ああ。……これは私の勘だが……ワンド、ゼログはあんたにこそ来てもらいたがっている気がする」
「俺が?」
「ああ。短い間だったが、あいつと『友達』だった私が言うんだ、間違いないと思う」
あのゼログを『友達』ということが出来るのか。
……なんか羨ましいな、こいつは。
「兄様があんなことをした原因は私にもありますし……私もご一緒します」
リズリーも、そう決意を込めた目で答えた。
「リズリー、お前は危険だから来るな……なんていったって、どうせついて来るんだろ? 私の傍から離れないようにな」
「もう、兄様! 私だって魔導士として鍛えたんですもの! 子ども扱いしないでください!」
少し恥ずかしそうにリズリーが叫ぶと、最後にシスクはフォーチュラに向き直る。
「……フォーチュラ。あんたは……無理に来なくていいぞ。今回の件、あんたは関係ないしな」
だがフォーチュラは首を振って顔を真っ赤にしながらつぶやくように答える。
「あ、あの、いえ、そんな! ワンド様たちが心配ですし! そ、それに、シスク様! その、あたし、一緒に、旅、したいです!」
「……そうか……。正直、一緒に来てくれると助かる。私はあんたが一番来て欲しかったからな」
「ふへ?」
その発言にフォーチュラは、素っ頓狂な声を上げる。
「ど、どう、してですか?」
「私は魔導士でもあるが、本分はビースト・テイマーだ。獣人のあんたと組むと、一番力を発揮できるからな」
そうにっこりと笑うシスクを見て、フォーチュラは頭から湯気を出した。
「あ、そ、そういう、ことですね。う、嬉しいです! が、頑張ります!」
なるほど、分かった。
……フォーチュラの奴、シスクに一目ぼれしたな。
俺に対して見せた態度は一種の『家族愛』に近い印象だったが、シスクに対して向ける表情は完全に恋する女性のそれだ。
……まあ、流石リズリーの兄と言うこともあり、シスクは色男だ。
それに、リズリーの話を聞く限り、彼は思いつめるところがあるが、不誠実な男ではなさそうだし、フォーチュラに酷いことはしないだろう。
そう思った俺はあまり気にしないことにして、シスクに尋ねた。
「けど、ゼログはなんで『魔王の魂』なんか欲しがったんだ?」
「私も気になる。ゼログはそんなに力に飢えていたの?」
トーニャもそうシスクに尋ねると、シスクは首を振った。
「いや……そもそも、あいつは魔王の力なんか持たない方が強い。断言する」
「そうか?」
「私たち魔獣使いは、ああいう『強い人間』を倒すことが出来ない。どうやっても特効の道具を用いることが出来ないからな」
「確かに、そうかもな」
そう言われて、俺も遥か格上のヴァンパイアを、聖水をかけた剣の一撃で倒した時のことを思い出した。
「それに、あれほど強いゼログが、今更魔王の力を持っても大して強くはならない。一人で10万の軍勢を相手に出来る奴が一騎当千の力を手に入れても、10万1000の軍勢を相手に出来るようになるだけだ。魔族特有の弱点を持つリスクに見合わない」
「……確かにな」
「だから、考えられる可能性は2つ。一つは『人間であることに嫌気がさし、人間を辞めたかった』という可能性だ。……これを見てみろ」
そういってシスクは、今朝の新聞を見せてきた。
そこには、ゼログがトエル城に赴いて王女を氷漬けにしたこと、そして今まで帰順させてきた魔族たちと共に人間に宣戦布告をしてきたことが書かれていた。
「ゼログ……あいつ、俺達人間を滅ぼす気か?」
「分からない。幸いまだ、魔族たちは具体的な行動には出ていないよだが、世界中の村や街に緊張が走っているらしい」
「ゼログの一声で、戦争が始まるわけだもんね……」
だが、どこかひっかかる。
ゼログの言動を思い返しても、人類そのものに恨みを持つようなことは無かったはずだ。
「もう一つの可能性は……ゼログが何者かに操られて魔王と融合『させられた』可能性だ」
「何者かって?」
「これは勘だが、元四天王の、イレイズあたりだろう。そして、魔王と融合したことで、ゼログの人格が消滅した可能性もある。つまり……」
「ゼログの能力を受け継いだ『魔王』がうまれた可能性があるってことか……」
それを言われて俺は戦慄した。
ゼログの化け物じみた強さは、彼の高潔な性格と無欲な人格にこそ宿っていなければならない。
その力がゼログ以外のものの手に渡ったらどうなるかなど、想像もしたくない。
だがシスクは首を振って、話を中断した。
「だが、動機について考えるのは後で良いだろう。……今はゼログを倒す準備を整える方が先だ」
「何か策があるのか?」
「ああ。……だが、すまない。その為にはワンド、あんたの力が必要だ。……手を貸してくれ」
誰かに助けを求めるのは、俺の専売特許だ。
だが、言われる側になることに、悪い気はしない。
「ああ。何をすればいい?」
「まずは私とリズリーの住んでいた村に向かう。そして……」
シスクはそう言いながら俺にやるべきことを教えてくれた。
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