3-13 最弱勇者は魔王と旅をしていたようなものです

「これは……」



凄まじい魔力が彼女からほとばしっているのが俺にも分かる。

大きな翼にまがまがしい眼の光、そして頭から生えた魔族特有の角。

……そして何より、優しい普段の彼女のそれが出すとは思えない、黒い霧を彷彿とさせるオーラ。



「ワンド様……今、助けます!」


そういうと同時に、リズリーはその大きな翼を広げ、俺たちの元に飛び込んだ。

その速さについていけるものはいないだろう。


「く……」


そしてリズリーはその腕を大きな刃に変え、セプティナの首を締め上げた。

セプティナの表情が恐怖に歪む。


「いや……やめて……」

「仇……取りますね、フォーチュラちゃん」


そういうとリズリーはセプティナぽいと投げ上げ、



「終わりよ……セプティナ」



その首を刎ねた。



カース・デーモンのセプティナにとって不運だったのは、神父様の遺品を俺たちに触らせてしまったこと……いや、それ以前に脅威だからといって安易に神父様を殺すという短絡的な行動を取ったことだ。


彼は恐らく、相当に高位な神官だった。

もし彼の聖水がなく、かつセプティナ達全員がその気になったら、今のリズリーでも苦戦は免れない。


それでもリズリーが勝利しただろうが、それまでに俺の首も一緒に転がっていただろう。



リズリーはセプティナの魔剣が刺さった俺の腹のあたりを軽くさすると、


「ワンド様……少しだけ我慢を……」


そう言うとともに、一気に俺の腹に刺さった剣を抜いた。



「ぐあああああ!」


凄まじい痛みが俺の腹に走った。


だが不思議に出血はしなかった。……腹が何かの力に守られている。

リズリーが左手を俺の腹にかざしながら、つぶやいた。


「……私の『魔』の力で、セプティナの剣の傷を中和しています。トーニャ、急いで手当てしなさい!」

「ああ! ……リズリー……ありがとう!」



珍しい、トーニャがリズリーに礼を言うなんて、明日は槍が降る光景が楽しめるだろう。

……明日を迎えることが俺にできれば、だが。



「ひ……」

「おい、セプティナがやられた……逃げるぞ!」



主君の上下関係は死と共に消滅する彼らに、仇討ちと言う概念はない。

彼女の元部下だった魔族たちはそういって逃げようとした。

だが、



「あなた達魔族は……ここから逃がさない……」

「な……」


リズリーは開いている右手に凄まじい魔力を集めた。

そして、



「はあ!」


そう叫ぶなりその魔力のほとばしりが周囲を包む。



「ぎゃああああああ……」

「く……くそおおおお!」

「魔王様……魔王様アアアア!」


その魔力は瞬く間に魔物たちを飲み込む。

そして彼らの断末魔が叫んだと思うと、辺りは静かになった。




「……ワンド様は?」


セプティナの返り血を拭う様子も見せずに、リズリーはトーニャに尋ねる。



「……大丈夫……傷はふさいだ……出血はひどいけど……多分、助かる……」



それは嬉しいような、泣いているような、そんな声だった。

リズリーとフォーチュラはそれを聞いて俺に抱き着いていた。



「よかった……ワンド様……ごめんなさい! 私のせいで……!」

「よかったよ、ワンド様~! 神父様のところにはまだ行かないでよ~!」

「待て、二人とも! 出血がひどいんだ! 早く病院に運ばないと手遅れになる!」

「うん。……私が飛んで連れていけばすぐだから!」


そういってリズリーは再度変身しようとしているのか、周囲の空気が変わった。

フォーチュラはその様子に、こくこくと頷いて答える。


「だよね、おねが……」

「……やめろ!」

「え?」



だが、そこで俺は制止した。

リズリーの周囲に再度集まった黒い魔力の塊がしゅん、と姿を消した。

俺は驚くリズリーに対して、訊ねた。



「……何年だ?」

「な、何の話ですか?」


俺は疑問に思っていた。

なぜ、これほどの力があるのならば、ミノタウロスが襲撃したときに使わなかった。

……村人に自分の力を恐れられ、迫害されるから?



それは考えにくい。

リズリーは容姿も性格も満点の素晴らしい奴だ。


当然、村では人気があったことは容易に想像がつく。

そんな子が『自分たちの村を守ってくれる、ものすごく強い力を隠し持っていた』というくらいで迫害されるとは考えにくい。



……いつだって、差別という名の風には『容姿』と『利用価値』という名の風よけが存在するのだから。



ならば考えられるのは『その力を使うために、大きな代償があるから』だろう。

その代償はなんだ? とても払えないものか? シスクが命がけで呪いを解かないといけないものか?


……そう考えた場合、答えは一つだ。


「リズリー……その力を使うと……何年寿命が……縮む……?」

「ど、どうしてそれを……」


リズリーは言いよどんだ。

だが、俺の考えた仮説は正しかったようだ。

トーニャやフォーチュラたちの表情を見て、言い逃れが出来ないと悟ったのだろう、りうりーは答えた。


「……5年、です……」



やっぱりか。

思ったよりはるかに大きい代償だ。


「ごめんな、リズリー……寿命、使わせちまったな……」

「そ、そんな! 私の方こそ、みんなを危険にさらして……せめてものお詫びに、ワンド様を運ばせてください!」


そう言ってリズリーは頭を下げた。

そして、俺は今度はフォーチュラの方を向いて尋ねた。



「……フォーチュラ……」

「なに、ワンド様?」

「……全速力で俺を運んだら……病院まで、どれくらいだ?」

「私がワンド様を背負ったら……3時間かな……」

「トーニャ……どうだ?」

「……うん……。半分賭けだけど……多分持つ」



トーニャはそうつぶやく。


「そんな! 私の力、使ってください! それが私にできることですから!」



だが、その質問には代わりにトーニャが答えてくれた。



「誰かのために命を捨てる。……それが勇者だから。ワンドは、お前の寿命を削るくらいなら、死を選ぶ。断言できる」

「けど……」

「さっきと状況が違う。最悪の結果になってもワンドが死ぬだけ。お前の寿命5年とワンドの命は釣り合わない」

「トーニャ! あなた、なんてこと言うのですか! 命をなんだと思ってるの!?」



その質問は『勇者』には愚問だ。



「お前よりワンドの方が軽いもの、それが命だ。……そう言いたいんでしょ、ワンド?」



……まったくトーニャは本当に俺の気持ちが分かってくれる。

俺はフッとほほ笑んだ。


トーニャは、自分のことを『思ったことを口にして嫌われている』と思っている。

だが俺はそんなトーニャを『嫌われ者になることを恐れず、言うことを言える』奴だと感じている。



……そんなトーニャに惹かれて、俺は好きになったのだから。

リズリーは、納得できなかったようだったが、それでも俺の表情を見て、トーニャの意見を受け入れてくれたようだった。


「分かり、ました……フォーチュラちゃん、お願い……」

「うん、絶対に間に合わせるよ! ……それで二人はどうするの?」


先ほどリザードマンの頭目は撃破したばかりだ。

そのこともあり、このあたりにはそこまで手ごわい魔物はいない。

トーニャは少し考えた後、答える。


「道は覚えている。私はキミの後をゆっくり追いかけていくよ」

「リズリーさんも、そうするの?」


だが、リズリーは申し訳なさそうに目をそらす。



「私は……その……皆さんに迷惑をかけましたし……また、同じ輩が現れるかもしれませんし……だから……」



ああ、この表情を見ると以前ゼログを傷つけた時の俺のことを思い出す。

リズリーが、自らがパーティを危険にさらした罪の意識で、パーティを脱退しようとするつもりなのはすぐに分かった。



そこで俺は、必死で意識を保ちながら尋ねた。



「なあ、フォーチュラ?」

「え、あたし?」

「……フォーチュラの好きなラザニア、何味だ?」

「え? ……こんな時に何を言うの、ワンド様?」

「教えてくれ……」


俺の表情を見て、何か悟ったのかフォーチュラは答える。



「……あたしは……カレー味がいいかな……」

「だってさ。……怪我……治ったらさ、一緒に……作ろうな、リズリー?」



俺はそう言ってリズリーに微笑みかけた。

今回ばかりはトーニャも止めようとしない。



「え……それは……」



「だって仲間だろ、リズリーとフォーチュラはさ? ……俺も二人のために手伝うよ」



「そうだよ、リズリーさん! あたしも楽しみにしてるんだからね!」



フォーチュラも俺の真意が読めたのか、そう言いながらリズリーの腕にしがみついた。

リズリーはポロポロと涙を流しながら、


「……はい……ありがとう……ございます……」


そう答えてくれた。




こうして、俺たちの砂漠での戦い、そしてフォーチュラのかたき討ちは、一応の終わりを告げた。

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