1-6 偽物と本物を見分ける系のネタは鉄板ですね

ヤマユリの根の場所まで俺は、ランタンを持って歩いていく。

もうすでに夕方に差し掛かっており、夜のとばりが降りようとしている。


(急いで帰らないと、トーニャが心配するよな……)


俺はそう考えながらランタンを揺らした。

確かこのあたりにヤマユリがあったはずだ。俺は近くに付けた目印を見つけ、そのもとに駆けていった。


「お、あったあった」


幸いなことに迷わずに群生地を見付けることが出来た。

見たところ周りに人が通った後はなく、村の住民は知らないところだと分かった。


「とりあえず、2株ほどもらっとくか……」


これだけあるなら、別の街で売りつければ結構な額になるだろう。

だが、食料が無くて困っている村の人たちのために、自分たちがヤマユリを独り占めするわけにもいかない。

俺は行きがけに村長から受け取った地図に目印をつけておいた。戻ってこの群生地の場所を伝えたら村長も喜ぶと感じたからだ。


(お、いいもの発見。ついでだ、こいつももらっていくか)


俺はヤマユリだけでなく、小さなナッツ状の木の実も近くに見つけた。

よく炒ればほのかな甘みが出るこの実は、トーニャが好んでいたものだからだ。


(ゼログやファイブスは嫌いだったから、料理に入れるのは久しぶりだな)


俺はそう多いながら木の実を道具袋に詰めた。



「よし、そろそろ戻るかな……」


戦利品を持って俺は踵を返すと、


「見つけた。ワンド、ここに居たんだね。探したよ」


後ろにはトーニャが息を切らせてやってきていた。

カンテラ代わりに自身の杖に光魔法を用いている。


「あれ、トーニャ? どうしてここに?」

「どうしてじゃないよ。キミが帰ってこないから心配してきたんだよ」

「ああ、悪かったな」


確かに、ここに来るまでに何度か道に迷ってふらふらしていた。

そのことを思い、俺は頭を下げる。


「全く。こんなことなら私を連れてけばいいのに。キミは方向音痴なんだから」

「けどさ。トーニャを連れて遭難なんてことになったら、もっと困るだろ?」

「ああ、確かにそうだね。キミの巻き添えはごめんだよ」


いつもの攻撃的な軽口を叩きながらも、トーニャは少し笑みを浮かべた。


「……ところでさ。ワンド」

「なんだ?」

「実はここの北にさ。怪しい小屋があったんだ」

「小屋? 村人が使ってる納屋じゃないのか?」


だが、トーニャは首を振った。


「ううん。見た感じ簡易的な掘っ立て小屋だった。この辺、村人が訪れている感じはないでしょ? だからさ」

「……魔物使いの根城の可能性があるってことか……」

「そうだと思う。案内するよ」


そう言うとトーニャは俺の右手をぐい、とつかんだ。

カンテラがふらり、と揺れ木々を照らす。


(ん?)


トーニャに触られて嬉しい、と思う以前に俺は大きな違和感を感じた。

トーニャの手は、基本的に冷たい。……だがその時には、とても暖かかったからだ。




「もう少しで着くと思う。そしたらどうする、ワンド?」

「勝てそうだったら戦うけど、まず無理だろうな。……とにかく相手の正体を突き止めないとな」

「うん」


トーニャの手に引かれて、俺達はやぶの中をこいでいく。

幸いオークは夜行性ではないため、遭遇することは無かった。

だが小さな獣たちはあちこちに居るのだろう、息をひそめてこちらをうかがっているのは気配で分かった。


「うわ!」

「わあ!」


だが、俺はそこで油断した。

薄暗がりの中でうっかり薄い岩を踏みつけてしまったようだ。


岩がぐらりと揺れ、俺は大きくバランスを崩した。

だがその際に、トーニャもバランスを崩し、俺に覆いかぶさるように倒れてきた。


「いてて……だ、大丈夫、トーニャ?」


押し倒されるような体制になった俺は、トーニャの肌のぬくもりに一瞬心を奪われそうになる。


「う、うん……けど、怪我したみたい……」


トーニャは少し甘えるような表情になりながら、上目遣いになった。

そのあまりの可愛さに思わず抱きしめたくなったが、その前にトーニャの心配をするべきだろう。

そう思い俺はトーニャに尋ねる。


「怪我? 大丈夫か?」

「うん。……ちょっと暗くて見づらいな。見てもらえる?」


そう言うとトーニャはローブを少しはだけ、太ももを見せた。

一瞬その言動に意識を飲まれそうになったが、


「…………」


その足を見て俺は確信した。




……こいつは、トーニャじゃない。




トーニャの太ももには大きな傷跡があるはずだ。

それは、俺がトーニャの村を魔物から守る依頼を受けた時に、つけてしまった傷だ。

もし俺がもっと強かったら……或いはゼログが居てくれたら、あんな痛ましいけがなどさせることはなかった。


トーニャはいつも、その傷跡を俺に見せながら俺のことを責め立てる。

そのたびに俺は自責の念に苛まれ、トーニャに従うことを誓っている。


「……ごめんな、トーニャ」


勿論この謝罪は目の前にいる『何か』に対するものじゃない。

自身の無力さによって、消えない傷を負わせ、更に両親の命も奪ってしまったことに対してだ。


だが、その目の前の『何か』は誤解したようだ。


「泣いてるの、ワンド?」


この『何か』の言動を見ればわかる。

恐らくこいつは、俺の「願望」を投影していて作った幻影だろう。


俺の「もし、トーニャを魔物から守ることが出来たなら」という思いが、こいつの体から傷を消したと判断できる。


そして、もしこいつが「あの言葉」を言ったら、それは確信に変わる。

……だが、絶対に口にはしてほしくない。


「ああ、いつも俺は……お前に迷惑をかけてるな」

「気にしないでよ。キミが足でまどいなのはいつものことじゃん」


そして『何か』は、少し顔を赤らめてつぶやく。

頼む、あの言葉を口にしないでくれ。




「それにさ。……君のそういうところも含めて、私は君のことが好き」




そこまで言ったところで、俺は吹き上がる怒りの感情を抑えられず、剣を抜き『何か』の心臓に突き立てた。

勿論この怒りは『何か』に対するものじゃない。『何か』に愛の言葉を言わせた、自分に対してのものだ。


「が……なぜ……」


やはりだ、肉を裂くような手ごたえをまるで感じなかった。

その『何か』の胸から血が出ることが無かった。


「俺は……トーニャを傷つけた……俺は……トーニャに憎まれてる……」


俺は涙を拭えず、そうつぶやいた。そして、


「だから、愛してもらいたいなんて、思っちゃいけないんだよ、俺は!」


そう叫び『何か』の脳天に剣を振り下ろした。

スカッと軽い手ごたえはあったが、『何か』は実体を保てなくなったのだろう、姿か崩れて黒い影に変わっていった。


「はあ……はあ……。消えろ、この野郎……」

「……フン……むなしい奴らだ……」


その影は最期にそう捨て台詞を吐いて消えていった。



「……くそ……トーニャも、ゼログも……俺のせいで……傷つけた……。全部俺のせいなんだ……俺の責任なんだ……」


改めて自身が傷つけた者たちのことを思い、自責の念に苛まれる。

だが、


(ん? 今あいつ、奴『ら』って言ったな……。まさか!)


そのことに気づき、俺は急いでキャンプしていた河原に戻った。




(……やっぱり、か……)


そこにトーニャは居なかった。

……まさか、トーニャも影に誘われたのか?


だとすると、トーニャの行先は先ほど言っていた「小屋」とやらのある方向だろう。


結果的にあの影……ほぼ間違いなく件の盗賊だろう……がおびき出そうとした小屋に向かわないといけない。


だが、そこに行く以外にトーニャを助けるすべはない。

俺はそこに向かうことを決め、一目散に走りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る