1-7 ヤンデレヒロインは本音を語ってほしいようです

「どこだ? トーニャ?」


俺は河原の方向から向かって北西に走り出した。

最後の影の発言は明らかに「俺が違和感に気づくように」発言していた。

これは、俺達を目的の小屋に導くための罠なのだろう。


そんなことは分かっている。

だが、それでも俺は向かうしかなかった。


(いた、トーニャ!)


幸いなことに、俺はトーニャがふらふらと歩いているのを発見した。

そこから少し離れたところに、先ほどの「影」が口にしていた小屋があった。


……おそらく、あそこに入ったら命はないのだろう。


「影」を操る力で戦力を分散・漸減させ、ミノタウロスの膂力でとどめを刺す。

過去の勇者たちもこうやって敗れ去っただろうことが理解できた。


(急げ、手遅れになる!)


だが、大声を出して夜行性のオークを起こしたら大変だ。

俺は静かにトーニャの前に回り込むため、走り出した。


「……うわ!」


だが、トーニャに気を取られてまたも俺は足元を見落としていた。

まったく夜間に山の中を走るべきじゃない。



「わあああああ……」


俺は情けない声と共に崖を落ちていき、そのままトーニャの前に落ちた。



「……ぐ……」

「おい、大丈夫か? ……って、お前は……」


俺はトーニャと共に歩いていたのだろう相手にそう声をかけられ、顔を上げた。

そいつは、どこかで見たような顔の男であり、心配そうな表情で俺に声をかけてきた。


「え? ……ワンドがもう一人……?……どっちが……本物?」


トーニャは困惑したように俺たちを見やる。

なるほど、確かに服装は俺のものと酷似している。


『偽物』をじっと見やると、先ほどの激突で腕に怪我を負っているのに気が付いた。もっともそれは俺も同様だが。



「……とりあえず、そいつの傷を治してやってくれないか?」

「いや、先にそっちの『偽物』? か分からないけど、そいつの方を頼むよ」


俺の提案に対して、偽物はそう答えた。

……なるほど、こいつはトーニャにとって「理想の俺の姿」をイメージしているのか。

だから、向こうから見れば偽物でも優しくするってわけか。


「え? ……あ、うん」


どうやら先ほどぶつかったことで、トーニャはどちらが本物か分からないようだった。

元々俺の服はボロボロだったこともあり、先ほどの転落でついた服の傷では判別が出来ないのだろう。


トーニャは少し困惑しながらも、俺に回復魔法をかけてくれた。


「……悪い、トーニャ」

「別に、いつものことでしょ。……君が本物ならね」


やっぱり俺が本物だと気づかないようだ。

しばらくして俺と偽物の傷が治ったのを確認し、トーニャは俺たちに尋ねてくる。


「……で、どっち?」

「どっちが本物かってことだろ?」


今度は俺の方が相槌を打った。

偽物は少し悩むように尋ねる。


「ところでトーニャ。トーニャはなんでここに居るんだ?」


あ、こいつ。うまく『崖から落ちた本物の俺』を演じてるな。


「だってキミがさ。北西に小屋を見つけたから来てくれって言ったんじゃないか」

「やっぱりか。あの小屋に行くように俺も誘導されたんだよ。……あそこは罠だな」


そう俺の方も相槌を打ちながら、顎でくい、と近くにある小屋を指した。

だが、偽物のほうも狡猾に話を合わせてくる。


「そいつの言う通りだな。その影はトーニャの姿に化けて誘って来たんだよ。で、偽物と気づいたきっかけは……」

「お、おい、『俺』! その話は良いだろ?」

「アハハ、分かってるよ、『俺』」


俺は偽物の話を遮ると、そいつは楽しそうに笑みを浮かべた。

恐らく俺との体験も影の持ち主にフィードバックされているのだろう。

俺はトーニャに尋ねた。


「……なあ、トーニャ? 俺たちのどっちが偽物か分かるか?」

「……今の段階じゃ無理だね。偽物が『私のイメージ』をもとに作ったとすれば、今の段階で分別する質問はないよ」

「ならさ、俺しか知りえない情報を訊いてみたらどうだ? ゼログのこととかさ」


偽物はそう、ゼログの名を出して答える。

なるほど、トーニャのイメージをもとに作っているから、当然ゼログのことも知っているわけか。

だが、当然トーニャは首を振った。


「キミしか知りえない情報を私が知ってるわけないでしょ? まったく、少しは頭使ってよ」

「あ、悪い……」


俺、いつもこんな顔してたんだな。

偽物がしゅんとした顔をしているのを見て、俺は少し心の中で苦笑した。


「で、どうするんだよ? いっそのこと、俺達二人ともぶった切るってのはどうだ?」


俺も負けじと提案してみた。

もとより勇者である俺の命は軽い。この方法で確実に偽物は始末できるなら、安いものだ。

……だが、案の定トーニャは首を振った。


「ダメ。ワンドは私を傷つけた借りがある。それを返すまでは永遠に傍にいてもらうから」

「……だってさ。やっぱり別の手にするか。お前のアイデアも良いと思ったんだけどな」


こいつ、本当に俺の言いそうなことを言いやがるな。

偽物は俺に対して笑いかけて首をすくめてきた。




しばらく考えていると、トーニャは思いついたように口を開いた。


「けどさ。偽物は私の理想像をイメージして作っているなら……二人に質問していい?」

「ああ、別にいいけど」

「絶対に正直に答えて? 嘘やお世辞を言ったらそいつを偽物と断定するから。あと、私が良いというまで返答はしないで」

「わかった」


するとトーニャは、少し息を吸ってから尋ねてきた。




「あのさ。明日の夕食、私が作ろうか?」




その瞬間、俺はこう思った。

うげ、トーニャの料理とかマジかよ! ぜってー食いたくねえ、と。


トーニャは家事全般が何にも出来ない。

トーニャと初めて出会った時、汚部屋の中をネズミが走り、食べかすをかじっていたことは今でもよく覚えている。


洗濯も強引に衣類を叩きつけて破くし、料理に至っては健康を害するレベルだ。


ファイブスも家事が苦手だったこともあり、旅の中での家事は、俺とゼログが交代でやっていた。

……今思うとゼログ、本当に何でもできる奴だったな。


だが、本当のことを言うとトーニャが傷つくよな……とも感じた。



「それじゃ、せーので答えて。順番に答えると後攻が有利すぎるから」



トーニャはそうも答えた。

そりゃそうだ。この手の『偽物あて』は先攻と同じ行動を取れば永遠に勝負がつかない。


偽物は俺に尋ねた。


「俺は準備OKだ。お前はどうだ?」

「ああ、大丈夫だ」


こいつ、本当に偽物か?

そう思うほど、話し方も考え方も俺に酷似していた。


そしてトーニャは、護身用のナイフを取り出し「せーの」と掛け声を上げた。


俺は答える。

「トーニャの手料理、楽しみだな。悪いけど、よろしくな?」


偽物は答えた。

「うげ、トーニャの料理とかマジかよ! ぜってー食いたくねえ!」




しまったああああ! 『そっち』が正解かあああああ!

俺は、その瞬間に心の中で叫んだ。



確かにトーニャは「正直に答えてくれ」と言っていた。

だが、俺はつい本音を隠して「トーニャが喜ぶこと」を言ってしまった。


「……やべ……『そっち』が正解か……」


一方の偽物もそうつぶやき、俺と同じ表情をしていた。

なるほど、とことんまで俺の偽物ってわけか。


「決まりだね……」


ああ、これは俺の負けだ。しかも、完全に自業自得だ。

俺は死を覚悟しながらも、最期の瞬間までトーニャの顔を見たいと思い、目を見開いた。



……だが、次の瞬間。


「……く……やるじゃん……流石伝説の『勇者ワンド』の仲間だな……」


ナイフが突き立てられていたのは「偽物」の方だった。

ああ、こいつも偽勇者の功績を俺のものだと誤解してるんだな。


トーニャは悲しそうな表情でつぶやく。



「キミが私の『理想』の姿なら……。キミは私に本音を話してくれていたはず。けど、どうせ本音を言わないんでしょ?」

「本音を……語らない、か……」

「ワンドは私を傷つけるようなことは言わない……。私はワンドのそういうところが嫌い」


トーニャに『嫌い』と言われて俺の心は痛みながらも、少し安堵した。

万が一このトーニャも偽物なら、俺のことを『好き』と言うことが分かっていたからだ。

偽物は少しずつ体を黒く染めあげながら答える。


「……なるほど……。お前たちは……愚かだな……」


なるほど、姿が変わると本体の人格に戻るということか。


「キミには関係ない。……キミがワンドの姿のうちに言っておきたいことがある」


そういうとトーニャは、まだかろうじて俺の姿を保っている偽物に何かをつぶやいた。

それを聞き、その影はどこか憐れむような目で俺たちを見やる。


「ククク……それを本物に言えないとはな……偽物に代わりに言えて満足か?」

「……うるさいな」

「同情するよ、お前にも、伝説の勇者様にも。……だがまあ、それも今日で終わる」

「……なるほど。そろそろ本気で戦うつもりなんだね?」


その発言共に影は完全に消え、俺はすさまじい悪寒が背筋を走り抜けるのを感じた。


「……来る……か?」


先ほどまで俺の姿をしていた影は5つに分裂し、そして黒いシルエットとなって、俺達を包囲してきた。

だが、その手は人間のような腕の代わりに、黒く染まっているがナイフのような刃物が突き出ていた。


……そして、小屋にあるドアが、がちゃり、と開いた。


「グルルルル……」

「……ここまでおびき寄せれば十分だ……」


そう言うと、小屋の中からローブをまとった男と、ヒートヘッド・ミノタウロスが姿を現した。

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