1-8 「こちらと同じパラメータの敵」は、最弱勇者には無力です
「あれ、あの男……」
ミノタウロスの後ろにいた男を見て、俺は少し意外に感じた。
確かあの男は歓迎会の時にリズリーの隣にいた男だったからだ。
「あんた……確かリズリーの兄だろ? 昨夜村にいたよな?」
「よく覚えてるね、キミは……」
隣でトーニャが少し驚いていたが、覚えているのは当然だ。
『最弱勇者』の俺が少しでも依頼の成功率を上げるには、周囲に注意を払うしかない。
実際、村人の顔を覚えていないことで、村人に扮した敵に騙され散っていった勇者は枚挙に暇がない。
男は頷いて答えた。
「……そうだ。だが、一応言っておくが、あいつは私の強盗行為には加担していない。すべて私の単独犯だ」
恐らくそれは事実だろう。
もしリズリーが事件の関係者であれば、俺が本当は『ただの雑魚』だと知っているはずだ。
奴は俺をまだ『伝説の勇者』と勘違いしている。さもなくば、こんな回りくどい搦め手を使う必要も、あれほど警戒した様子でこちらを見やる必要もないはずだ。
「で、あんたの望みは?」
「……お前が今まで稼いだ報酬の手形、今持っているものを全て渡してもらおうか」
当然と言えば当然だが、目的は金か。
確かに、俺の元には、一生遊んで暮らせるくらいの金が俺の名義で送られてきている。
これはすべて『偽勇者』があげた手柄なのは言うまでもない。
だが、その引換証となる手形は街の預り所に預けている。
……今思い返すと、預り所が手形を持ち逃げする気になるほどの額だ。
なるほど、もし俺が本物の『伝説の勇者』なら、確かに預り所より自分で持っている方が安全だな。
「悪い、今は手元にないんだ」
「見え透いた嘘をつくか……なめられたものだ」
男もそう考えたのだろう。俺の回答を当然信じず、フン、と笑みを浮かべた。
「まあ真実はお前を殺せば分かること。……それにお前の血がついた服も、高く売れるだろうからな……」
「はあ、またかよ……」
俺は呆れたような口調で答えた。
最近ではあまりに俺の名前が有名になりすぎたせいで、俺の所有物にまで価値がついているのを知っている。
酷い時には、俺が食事に使ったナイフまで『魔除け』と言って、一日の酒代と引き換えになることもある。
……偽勇者の名声で食うタダ飯なんて、こっちが偽勇者みたいでいやになる。
その為毎回酒代は無理にでも支払っているが、そのたびに気を遣ってたまらない。
(くそ、誰なんだよ、俺の名を騙る偽勇者は……)
……今回のこともそうだが、はた迷惑な奴だ。
いつか出会ったら、一発ぶん殴ってやろう。
「ワンド、来るよ!」
だが、そうこう考えているうちに、向こうが呪文を唱え始めた。
すると周囲にいた影が俺をそのままシルエット化したような形になり、俺に向かって斬りかかってきた。
「うお!」
そのナイフのような腕は思ったよりも鋭利なものだった。
俺は思わず飛びのいたが、身に着けていた小手に大きなひっかき傷がついたのを見た。
「あぶねえ……けど、武器は……これだけか……」
見た目こそ似せているが、装備品の形状や性質までは真似られないのだろう。
最も、俺の持つ剣は扱いやすい分強度も低いなまくらなのだが。
「フン……まあいい。お前たちに絶望的なことを教えてやろう」
そう男はにやりと笑ってつぶやく。
「その影の能力はすべてお前たちの能力をそのまま模している。……無論貴様のその恐るべき膂力もな。……それが5体。これがどういうことか分かるか?」
なるほど、俺を『伝説の勇者』と分かったうえで襲ってくるわけだ。
俺の能力が100だとしたら、単純に400もの能力差が開くことになる。
そのため俺が『強ければ強いほど』力を発揮するわけになる。
男は勝ち誇ったように叫ぶ。
「ハハハハハ! 貴様のその、冥府の王をも圧倒する剣技! ドラゴン・ロードのブレスをも耐え抜く肉体! 大渦潮にも耐える体力! その全てを私の影が持つということだ!」
だが、それを聞いて俺とトーニャはにやりと笑った。
確かにゼログがここに居てコピーをしていたとしたら、おそらくこの森から動くものは消えていただろう。……だが。
「バカだね、この男……」
「……だな。俺達の勝ちだ!」
「どりゃ!」
トーニャは杖を思いっきり影の後頭部に振り下ろす。
「……!」
俺の姿を模した影は、その一撃の前に崩れ落ち、次の瞬間にあっさりと消滅した。
「なにい? 僧侶ごときが?」
男は信じられないと言った様子でこちらを見据えてきた。
通常、たとえ不意打ちであろうとも、前衛職の人間が僧侶の一撃に沈むことはないからだ。
「くらえ!」
そして俺は剣を握り直すと、後ろにいた影の急所を貫いた。
もしも『こいつが俺』であるなら、振り向きざまの一突きを躱すような技量は持ち合わせていないと思ったからだ。
「…………」
それは的中し、二体目の影も消滅した。
俺はあまりの自身の弱さに少しむなしくなりながらも、男に叫ぶ。
「あいにくだったな。……当てが外れて」
「く……なぜだ……。まさか、私の行動を読んで『事前に、最強レベルのデバフ能力を自分にかけた』というのか、貴様は……底が知れん奴め!」
男は少し歯ぎしりするような表情で答えた。
まだ俺のことを誤解しているようだが、まあ無理もない。それほど偽勇者の立てた功績は耳を疑うような英雄譚ばかりだからだ。
「なら、これならどうだ!」
そういうと男は、今度はトーニャの姿に影を変えさせた。
長く美しい黒髪と愛らしい僧侶服を着たシルエットを見て、俺は思わず、
「……可愛い……」
そうつぶやくが、すぐに剣を握り直した。
「……!」
「うお!」
俺は自身の左腕を狙うトーニャの一撃をかわし切れず、腕をはじかれた。
かろうじてカンテラは落とさなかったが、強烈な痛みが走る。
更に、ブン、と飛んできた隣の影の回し蹴りを腹に受け、俺はふらつく。
「ぐは……」
僧侶職が護身用に格闘技を使えること自体は珍しいことではない。
トーニャもその例にもれず、中堅冒険者程度の格闘能力は持っている。
「やばいな、これは……」
そんなトーニャの能力を模した影の威力は、最弱勇者の俺には重すぎる。
俺の体力では次の一撃で倒されるだろう。
そう思った瞬間、トーニャはぐい、と俺を引っ張り込んできた。
「われらのもとに集え! 虚空に収縮し、厚き壁よ!」
トーニャはそう詠唱し、防御呪文を展開した。
俺達の周りに薄く光る幕が現れ、影たちを遮断する。
幸い、トーニャの素の攻撃力よりもバリアの力が上回るのだろう。
「まったく世話が焼けるな、キミは」
「わ、悪い……」
「また私が借りを作ったよ? このままじゃ永遠にキミと私は一緒に居なきゃいけないね? 良いの? 私なんかと離れられなくて?」
「あ、ああ、悪い……」
トーニャが呆れたような表情で俺につぶやく。
どこか嬉しそうな口ぶりだと思ったが、それは俺の妄想だろう。
それを見た男は、にやりと笑う。
「そう、僧侶ならバリアで防ぐだろう? ……だが、忘れていないか?」
そうつぶやくと、ゆらり、と大きな影がこちらに進み出た。
……ミノタウロスだ!
「グガオオオオオオ!」
凄まじい咆哮とともにそいつは大きなハンマーを振り下ろした。
バキイ! という音と共にバリアに大きなひびが入る。
「く……まずい!」
トーニャは必死でバリアを展開するが、亀裂がふさがることは無い。
ゆっくりとミノタウロスはハンマーを再度振り上げた。
「逃げるしかない……けど……」
自らを防ぐために出したバリアが仇になったことに俺は気が付いた。
ミノタウロスに俺たちが気を取られている間に、バリアの周囲をトーニャの影が包囲していたからだ。
これでは逃げようとバリアを解いた瞬間に、周囲から袋叩きにされる。
(けど、ひょっとして……)
そこで俺は、先ほどから影が取っていた不自然な言動を思い出した。
そしてトーニャにつぶやく。
「トーニャ。俺が合図をしたら、バリアを解いてくれ。その隙に逃げる」
「え? けど、影たちが……」
「大丈夫だ。俺が隙を作って見せる。……信じてくれ」
「……う、うん……」
そしてミノタウロスがこちらを見てにやりと笑みを浮かべ、グオオオオオ! と咆哮した。
「いまだ!」
俺の合図とともにトーニャがバリアを消した瞬間、俺は手に持ったランタンをミノタウロスめがけて投げつけた。
「グオ?」
……だめだ、奴に命中させることが出来ればベストだったが、俺の腕力では飛距離が足りず、ミノタウロスの足元に落ちた。
だが、それでも問題はない。
「……」「……」「……」
その瞬間、影達は俺が投げたランタンの炎に向かって一斉に攻撃を始めたからだ。
「く……気づかれたか!」
「いまだ、走れ!」
その瞬間、俺はトーニャの手を強引にひっつかんでその場から逃げ出した。
「はあ……はあ……」
そして5分ほど逃げた後、俺は近くに開いていた洞窟に身を隠した。
「……ねえ、ワンド……むぐ!」
トーニャが尋ねようとした口を俺は手で軽くふさぐ。
だが、そこも安全な場所ではないことは、洞窟の奥から響くいびきの音で、すぐに分かった。
「悪い、トーニャ……今から手を離すから落ち着いて聞いてくれよ」
トーニャはこくこくと頷いたのを見て、俺は手をそっと放した。
「ここは、昼間に俺たちが出会ったオークたちの巣穴だ……」
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