2-8 この世界の吸血鬼は、自身の安全より格式を大事にするようです

「そうだったんだ……ワンド様って本当は弱かったんだね」


森の中に全員で座れる程度の小さな草原があったので、俺達はそこで話をした。

まだ頭がずきずき痛むうえ、全身にダメージがかさんでいる。

フォーチュラは流石獣人と言うところだろう、先ほどの戦いの後でも息一つ切らしていない。


トーニャは俺の名声が全部偽勇者のせいだと説明した後、問い詰めるように尋ねる。


「うん。幻滅したんじゃない? ワンドはカッコ悪い、ただの弱虫勇者なんだよ。わかったよね? 嫌いになったでしょ?」


だが、フォーチュラは首を振る。


「そんなことないよ! さっきのワンド様、カッコよかったし! 弱くてもさ、私を守るために戦ってくれたワンド様は素敵な勇者様だと思うから」


俺はそう言われて少しむず痒い気がした。

逆にトーニャは少し不機嫌そうな表情を見せた。そんなに敵を増やさなくても良いじゃないか……。

フォーチュラは俺とトーニャの手を取った。かなり距離感が近いタイプのようだ。


「それにトーニャお姉ちゃんも、カッコよかったよ? ありがと!」


それを聞いて、不機嫌だったトーニャの表情が一気に緩む。


「おねえ……もう一回言って?」

「トーニャお姉ちゃん?」

「ごめん、もう一回……」

「トーニャ? もうやめなさい」

「うるさいな……けど、もうやめるよ……」


呆れたような表情のリズリーに注意され、トーニャは少ししゅんとなった。


「でもさ、ワンド様とトーニャお姉ちゃんが夫婦ってのも嘘なんだよね?」

「そうですよ。当たり前じゃないですか? ワンド様の恋人な訳ありませんよ」


トーニャを横目で見下すような目をしながら、リズリーは答える。

だが、フォーチュラは少し悩むような表情をした後、


「そう? けどさ、トーニャお姉ちゃんとワンド様って、凄い相性良いと思うな。やっぱ、結婚するの?」

「け……!」


それを聞いたリズリーは、顔を真っ赤にしてしまう。

一方でトーニャは早口でまくし立てる。


「結婚の予定はない。私みたいな人がワンドとお似合いなんて、バカなこと言わないで」

「そっか……」



当たり前のこととはいえ、その発言に、俺は少し落胆したような気持ちになった。

……けど、ゼログだったらこんなことを言われても凹んだりしないな。

そう思い、俺は精いっぱい明るい表情を見せた。



「あはは、そういうことだよ。とりあえず、このあたりを軽く調査したら、今日はここでキャンプしようか?」


もう夕方に差し掛かっているが、今のフォーチュラの状況では、すぐにキャンプと言っても効かないだろう。

そう思った俺は、そう提案した。


「うん! じゃあ、あたしはリズリーさんと一緒にもうちょっとこの辺を見てくね?」

「そうしましょう。ワンド様は、ここで傷を癒してください。本当は私が治療したいのですが……」

「いや、フォーチュラの面倒を見てくれるか? ありがとうな」

「そんな……」


そう言われると嬉しかったのか、リズリーは少し頬を染めた。

トーニャは逆に、少しむっとしたような表情を見せる。リズリーと話すたびに機嫌を悪くするな。

俺と話すことで、リズリーが気分を害するのを嫌っているのだろう。



「じゃあ、トーニャはワンド様の治療をお願いします」

「ううん、無理。私はこれから薬を作るから。あと少しで完成だから、こっちを優先させて」

「トーニャ、まだやってるんですか? それよりワンド様の傷を癒す方が……」

「いや、俺は自分の怪我くらい自分で手当てできるからいいよ。リズリー、フォーチュラのこと頼むな?」

「ええ。……ごめんなさいね、ワンド様」


そう言うと、リズリーたちは森の中を見に行った。




「……私のこと、嫌いになった?」


トーニャは荷物袋から薬研を取り出し、ゴリゴリと削っていた。

勿論こんな重い薬研なんて普段は持ち歩かない。

恐らく宿の店主に無理を言って借りてきたのだろう。


「どうしてだよ?」

「私がこんなことばかりしてて、キミの治療が出来ないから……。けど、これもう今日中に作らないといけないと思って……」

「トーニャがそう判断したなら、俺はそれを信じるよ。それに、俺も最近トーニャに甘えすぎてたからさ。自分の面倒くらい自分でみないとな」


そう言って俺は荷物袋の薬草を取り出し、傷口に張り付けた。

トーニャはその様子を見ながら、訝し気に尋ねてきた。


「なんか、今朝から少し変だよ、キミ……」

「そうか?」

「なんていうか、ゼログの真似ばっかりしているみたい。あの人は完全無欠すぎる。あんな『お芝居の世界から出てきたような』人、転移者の中にすら見たことがないくらい。キミがゼログみたいになるのは無理だよ」


俺とトーニャは知り合って4年にもなる。

だから、さすがに俺の考えていることはお見通しのようだ。


「アハハ、トーニャには分かるか。……ゼログってすごい奴だったろ? あいつみたいになったらさ、好きな人を愛せるのかなって思ったんだよ」

「……ふうん……好きな人……くそ……」


トーニャは、無表情のまま薬研をすり続ける。



「……そういえばキミさ、リズリーと最近よく話すよね」

「え? ああ、まあな。結構料理の話とか、洗濯の話とか、他愛のないことばっかりだけどな」

「リズリーの嫌なところとかって、ないの? 嫌いなこと、苦手なこと、教えて?」



ジロリ、と少し睨むような表情をするトーニャ。

ああ、トーニャはリズリーとケンカすること多いから、一緒に悪口を言って欲しいのか。

そうは思ったが、現在特にリズリーに対する不満は思い当たらない。


「うーん……。悪い、正直なところ特にないな。優しいし、よく笑ってくれるし、一緒に居て楽しいな。回復魔法も攻撃魔法も、凄い頼りになる。仲間になってくれてよかったよ」



だが、その発言を聞いてトーニャははあ、とため息をつく。



「……キミに聴いた私がばかだったよ。けどさ、そういう独りよがりな気持ちって、相手に嫌われるって知らない?」


おう、またこの話が出たか。

だが、それなら昨日嫌と言うほどシスター……ではないが、そいつに言われて分かってる。


「いや、分かってるつもりだよ。……リズリーと仲間以上の関係になろうとしない。それでいいか?」

「……うん……あの女……じゃない、リズリーはただの仲間……キミに好意を寄せていたとしたら、それはキミの自分勝手な思い込み。それは忘れないで」


そう言って、少しトーニャは悩むような表情を見せた後、


「できたよ、ワンド。ギリギリ完成した。これを持ってって」

「これは、さっき話してた薬?」

「うん。……昨日フォーチュラから貰った薬草。なんでこれを作ったかって言うとさ……」


そう言ってトーニャはこの薬の作成を急いだ理由を教えてくれた。

やっぱりそうだ。

トーニャは、いつも嫌われ役になってでも自分のやるべきことを全うするために頑張ってくれる。


そんなトーニャのことを俺は……いや、それは罪だ。考えるのはよそう。


「そろそろ戻ってくるかな、二人とも」

「だと思う。もう戻らないとヴァンパイアの活動時刻になるから」


トーニャとそう話していると、リズリーが息を切らせて戻ってきた。


「トーニャ! ワンド様!」

「どうしたんだ、リズリー!」

「それが、さっきフォーチュラが古城を見つけたみたいなんですが……」

「見つけて……まさか!」

「ごめんなさい、そのまま古城に一人で向かっちゃって……! リズリーは、お姉ちゃんたちを連れてきてねって……!」

「……ったく、あのバカ……もう日没までほとんど時間がないのに!」


「バカって言い方はひどいよ。あの子は神父様の敵を逃がさないように見張りに行ったんだよ、きっと」


……本当にフォーチュラのこと、気に入ったんだな。

ずいぶんと肩を持つその態度に俺は少し驚きながらも、古城に向かった。





古城は、そこから徒歩で割とすぐのところにあった。

既にあちこちがボロボロになっており、住居に適しているとは到底言えない。しかも今俺たちが見つけられたように、外敵の目にもつきやすい。


だが、権威主義な性格のヴァンパイアは、風雨をしのげて人間の目に触れない洞窟よりも、僅かでも格式の高い古城を住みかとすることが多い。


……これが、ヴァンパイアの欠点の一つとも本に書いてあった。



「あ、ワンド様! リズリーさん! ほら、来て来て?」


フォーチュラとも古城の入り口ですぐに出会えた。

俺はフォーチュラに連れられて、古城の中にある小さな一室に案内された。


「こいつだな……」

「分かりやすい棺桶だね、まったく……」


なるほど、その部屋は唯一損壊が少なく、屋根と壁が完全に残っている。

その部屋の中央には大きな棺が不自然に置かれていた。ここがヴァンパイアの寝床に違いない。


「どうやら間に合ったみたいだな。……さあ、棺桶を空けて息の根を止めよう」


流石にヴァンパイアのような強敵を相手に殺さず倒すのは無理だ。

ましてや、フォーチュラにとって、奴は神父様の仇だ。情けをかけることは無いだろう。



俺は手に持っていた剣を聖水に浸し、聖別した。この剣であれば、2時間程度はヴァンパイアの命を奪うことが出来る。

この聖水は、フォーチュラから借り受けた神父様の遺品だ。無駄には出来ない。



「よし、開けるね……」

「ああ……」


俺は棺の前で剣を構え、フォーチュラが合図する。



「やあ!」


重たい棺も、怪力のフォーチュラの前では簡単に開けることが可能だ。

棺のふたは大きな音を立て、その場に落ちた。

……だが。


「あれ?」

「何もないね。……変だな」


俺はヴァンパイアが居ないことに気づき、肩透かしを食らった気分になった。


「ひょっとして、ヴァンパイアが神父様を殺したわけじゃ、なかったのかな?」

「なのかもな。じゃあ、ヴァンパイア事件は囮だったのかな? だとしたら、トーニャの意見が正解ってことになるよな」

「……違う」


だが、トーニャの目つきが鋭くなり、周囲に意識を向けてきた。

その姿を見て、俺は猛烈に嫌な予感がした。


「……まさか……」

「……ああ。気配を隠しているが、間違いない」


そしてトーニャは歯を食いしばるような表情で、杖を握りしめる。



「……もう、奴が目覚めて、この古城の中で私たちを狙っている」

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