3-5 ヤンデレ娘は『最低な告白』をしました

「トーニャ……何するんだ……」


だが、俺の発言を待とうともせず、トーニャは俺の腹に掌底を打ち込む。


「ぐあ……」


その痛みに俺は思わず崩れ落ちそうになりながらもなんとか踏みとどまる。

理由は分からないが、俺はトーニャを傷つけるようなことをしたのだろう。


トーニャは、いつもの無表情を崩して悲しそうな表情をした。


「なんで、トーニャ……泣きそうなんだよ……」

「……キミが……最低だからだよ」


何を言いたいのかわからない。

俺は次の言葉を待つ。



「リズリーに言われたんだよ。……最近、ワンドがやたらと私に構ってきてうっとうしいって。……キミ、何回人を傷つければ気が済むんだ?」

「リズリー……が……?」

「そうだよ。……それで私に相談してきたんだよ。何とかしてほしいってね」



その発言に俺は足元が崩れるような感覚に陥った。


……ここ最近、リズリーと一緒に居ることが多く、一緒に食事を作ったり、キャンプで踊ったりするのがとても楽しかった。

だが、それが俺の独りよがりだった、と言うことになるからだ。


「じゃあなんで今までは……」

「フォーチュラがキミに懐いていたからね。……関係を壊さないために私に相談したんだよ」

「そうか……」



その発言に俺は膝から崩れ落ち、がっくりとうなだれた。

俺はワンドにそんな風に思われていたのか、と。


そしてトーニャは俺の前に歩み寄り、そっと俺の頬に手を当てた。



「あのさ。……ワンド。キミの役割はなんだっけ?」

「俺は……勇者として、困ってる人のための礎になること……だ」

「だよね? それに、もう一つ。……キミは私に借りがある。だから、それを返すために一緒に居ないといけないってこと。覚えてるよね?」

「ああ……」

「じゃあ、リズリーに迷惑をかけてまで、一緒に居るのはダメって分かるよね? ねえ?」



念押しするように、トーニャはそう訊ねてきた。

俺は答えるまでもなく、大きくうなづいた。


……人のために戦って死ぬべき勇者が、弱いものから奪うのは、何があっても許されない。

それが大切な仲間である……と少なくとも俺は思っている。それがリズリーならなおさらだ。



そしてトーニャはどこか憐れみを込めた目で俺を見てきた。



「分かると思うけど……キミは本来リズリーと離れて、私のために旅を続けるべきなんだよ。そうだよね?」

「ああ……けど……」

「そう。フォーチュラのこともあるし、そういうわけにはいかないよね? だから……」



そう言うとトーニャは答える。




「ワンド。私がリズリーの代わりになってあげる」




「え?」

その言葉の意味が俺には分からなかった。

だが、トーニャの口から出た言葉は、龍の吐息よりも強い衝撃を与えるものであった。



「だからさ。私がキミと付き合ってあげる。そうすればキミもリズリーにちょっかいを出す気にならないでしょ?」



「は……?」


トーニャと付き合える。

もしそれが出来るなら、寿命の9割を差し出しても全然釣り合わない。

そう思ってた俺にとっては最高の申し出だ。……こんな形でなければだが。


「トーニャは……嫌じゃないのか?」

「正直嫌でたまらないよ。だってキミは、私の両親を見殺しにしたんだよ?」

「……ああ……」

「けどさ。リズリーを守るためなら私が犠牲になる方が良いから」


そんな形で付き合うのは、俺は認めたくない。

だが、トーニャはこうも続けた。



「それに、偽勇者は……私とキミを恋人同士だと思ってるでしょ? だから、形だけでも付き合ってた方が良いと思うんだよ」

「偽勇者、か……」


確かに、俺の名を騙って各地で武功を立てている偽勇者は、ことあるごとに『永遠の伴侶』とトーニャを呼んでいることが分かる。


であれば、トーニャと俺が交際している方が周囲に怪しまれることはない。……本物である俺達が偽物の言動に合わせるのは奇妙な感じもするが。


だが、俺はトーニャを幸せにする義務がある。

そんなトーニャを傷つけるような関係はごめんだ。

だがはっきりとトーニャは俺に告げた。



「言っとくけど、キミは断れないよ? 断ったら、あの女……リズリーにちょっかい出したいから断ったって判断するから」

「う……」


そしてトーニャは、極めつけにこうつぶやいた。




「……分かったよ。言い訳が欲しいんだね? じゃあ言ってあげる。……私はキミを愛してる。……これでいい?」




「……っつ……」


俺はその言葉に、膝をついてしまった。

目から涙が止まらない。


愛すべきトーニャに、ここまで言わせてしまった自分への無力感と罪悪感が、胸を締め付けてきた。



「ほら、キミも私に言ってよ?」

「ああ。……俺は……トーニャが好きなんだ……誰より愛してる……」

「うん。どうせキミが求めてるのは私の身体でしょ? いいよ、抱きしめて?」

「…………」


そして、この状況でもなお、トーニャを求めようとする俺自身の浅ましさに嫌気がさした。

だが、俺はその誘惑に負け、トーニャのその小さな体をその手で抱きしめた。


「…………」



トーニャのぬくもりが俺に伝わっていく。

その暖かさは、おそらく一生忘れることは出来ないだろう。

……こんな形でトーニャと抱き合うことになった現状に苦しくなりながらも、俺は思った。



「あとさ……」


トーニャはそっと俺のことを抱き返した。

……本当に優しいんだな、トーニャは。




「今日のこと、誰にも話さないで? あの女……リズリーには特にね……」




「え?」

「私はリズリーから相談に乗っただけ。キミを殴るようには言われてない。このことを知られたら、リズリーは自分を責めるから」

「そうだったのか……」


トーニャはあまり人に関心が無いと思っていた。

けど、リズリーのことを本当は大切に思っていたんだな。俺はそう思った。



「だからさ。リズリーたちには『私とキミが付き合ったこと』だけ伝えて?」

「ああ、分かった」

「それとリズリーにはもうあまり関わらないで? 私にだけ優しくするんだよ? キミと付き合ってあげるんだから当然だよね?」

「当然だ……」


元より、俺はトーニャに優しくする義務がある。

寧ろこちらからお願いしたいくらいだ。


「分かったなら、いいよ。……キスする? 押し倒したい? どっちでもいいけど」

「いや……」


トーニャが俺のことを好きじゃないことは分かった。

それでも俺と付き合ってくれるというなら、これ以上トーニャから奪うわけにはいかない。

俺はそう思い首を振る。


……だが、次の瞬間、俺の頬に暖かい唇が振れる感触があった。



「え……?」

「あのさ、ワンド。一度しか言えないけど……ごめんね……本当にごめんね……」



そうトーニャはつぶやくと、俺のことを強く抱きしめてきた。



「泣いてるのか、トーニャ?」

「…………」


トーニャはそれには答えなかった。

抱き合ってるこの状態ではトーニャの顔は見れない。

だが、これ以上尋ねる必要はないと思い、俺はもう一度トーニャを強く抱きしめた。

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