3-3 最弱勇者は最強勇者の影を踏んだようです

その翌日、俺達は砂漠の街に到着した。


「ふう、やっぱり暑いな」

「そうですよね。……けど湿度が低いのは救いですね」


そう言いながらも、リズリーはふらふらとしているのが分かる。

フォーチュラも似たような感じだ。


「トーニャ。平気か?」

「キミと一緒にしないで。キミが倒れたら背負ってあげるよ」


それは嬉しいが、俺は逆にトーニャを背負いたい……とは言わないでおこう。

俺は少し街を歩くと、いつものように歓待された。



「きゃ~! ワンド様よ!」

「ゼログ様に続いて、ワンド様が来た!」

「すごい、勇者の両翼の片割れだ!」


そんな言葉が聞こえて、俺は少し驚いた。

……ゼログ?


まさかあいつ、また旅に出たのか?

サキュバスの村で、毎日「働かないで、美女たちに囲まれてハーレム生活」という夢のような待遇を与えられていたはずだ。


それを手放してまで、か?

俺はトーニャに尋ねた。


「なあ、ゼログってもしかして……」

「どうだろう。ただの他人の空似って可能性もあるかもね」


そう言っていると、俺達の近くを一台の大きな荷車が通った。

とても人間が持てる大きさではないその荷車を、サイクロプスの女性たちは軽々と運んでいる。


エルフや獣人と言った、人間に比較的友好的な種族(実際には人間側『が』友好的な種族だが)ではなく、サイクロプスのような種族が人間とともに生活するのは極めて珍しい。


彼女は俺の方を見ると、ニコニコと笑みを浮かべて挨拶してきた。


「あら、あんたが有名な『勇者ワンド』だよね?」

「え? まあ一応な。あんたらはこの街の人か?」

「ううん。ここから少し離れたところにある街にいるんだ。今日は服を売りに来たんだよ」

「珍しいな、サイクロプスと人間が共存するなんて」


それを言うと、彼女はふっと笑って答える。



「ああ。あたしはこう見えてもさ、前は魔王軍の四天王だったんだよ。弱っちい人間と共存とか、まっぴらだったんだけど……この間人間に負けちゃってさ。これからはもう私たちも人間と仲良くしなきゃってことになったんだ」


その発言を聞いて気が付いた。

彼女は確か、伝承にも名前が載っている『剛腕の二重奏・エイドナ』だ。


サイクロプスらしからぬ技巧と卓越した腕力を持ち、かつては一個旅団を組んだ人間を一人で撃破したとも聞いている。


そいつを単独で撃破できる人間など、1人しか思いつかない。



「ひょっとしてそいつは……ゼログか?」

「あれ、あんたも知ってんのか。だよな、伝説の勇者『ワンド』様と、その『永遠の伴侶』トーニャ様だもんな?」

「え? あの、私はその……」


エイドナは俺とリズリーを見てそう訊ねた。

……確かにヴァンパイアとの死闘の後に介抱してもらってから、リズリーは俺と距離感が近くなっている。


だから勘違いしたのだろう、トーニャは面白くなさそうに答える。


「あのね、トーニャは私。そいつはリズリー」

「ああ、そうなの、ゴメン!」


エイドナはそう謝ると、ゼログの話をつづけた。


「ほんっとうにかっこいいよね、ゼログ様って? 強いだけじゃなくて、上品で高潔でさ。あたしもあいつが族長なら、人間の下でもいいなって思ったんだよ」



うん、間違いない。それは間違いなく俺の知っているゼログだ。

あいつの佇まいは俺などとは違い、見る人すべてを引き付ける。気難しいトーニャですら、あいつには信頼を寄せていた。


だが、同時に俺は少し疑問に感じた。



今まで俺の名前を騙って各地で功績を押し付けていた男は、実はゼログなんじゃないか? と最近思い始めていたからだ。



あいつが今、自身の名前で戦っているということは『偽勇者』の正体は誰なんだろうと思った。

そして俺はエイドナと別れると、ファイブスの営んでいる店まで行くことにした。





「おう、久しぶりだね、ワンド!」

「ファイブス! 元気そうで俺も嬉しいよ!」


ファイブスの店は街の北西にあった。

彼女はトーニャよりも5つ年上、つまり俺より1つ年上の女性だ。

その攻撃魔法はもとより、彼女の竹を割ったような性格は俺たちの支えにもなっていた。


すると店の奥から、ファイブスと歳が近そうな男性が現れた。

がっしりしつつも少しふくよかな体型をしており、ファイブスのタイプだというのはよくわかる。

彼女は旅をしていた頃も、細身の俺やゼログにはあまり興味がなかった。


「ん、お客さんかい?」

「ああ、そうだよ。ほら、私が前一緒に旅していたワンド。ただしこいつは本物だけどね」


この街で噂になっている「ワンド」は偽物であることは、当然ファイブスも知っていたのか。俺は少しだけ安心した。


「へえ、あなたがファイブスと旅をしていたワンドさんですね。そうだ、今日は泊まっていってください。歓迎しますから」


男はそう笑みを浮かべると仕事に戻った。

そしてファイブスは俺たちの方に向き直る。


「あいつはあたしの夫。実はこの間結婚したんだよ」

「へ~? 呼んでくれたらよかったのに、水臭いな、ファイブスは」

「あはは、悪い悪い。……ていうかあんた、相変わらずトーニャといるんだね」

「え?」


ファイブスはトーニャの方をすこし敵意のこもった目で見た。

彼女は昔から、トーニャとは折り合いがあまりよくなかった。ゼログが居た時にはそれを少し抑えていたのだが。


「ファイブス。トーニャは仲間なんだから、そう言うこと言うなよ」

「ああ、悪いな。たださ、あんたも良い相手を見つけらんないのかい?」

「……俺は、勇者だからな」



勇者である俺が、誰かと幸せになるなんて考えるべきじゃない。

まして、俺は勇者としての仕事中、トーニャの両親を守れなかった負い目がある。


……だが俺は、そんなトーニャのことを好きになってしまった。彼女の前ではほかの誰も、異性として意識することが出来ない。


そう思っていると、その暗い雰囲気を察したのか、隣でリズリーが人懐っこい笑みを浮かべていた。


「あの、ファイブスさんですよね? はじめまして、リズリーです」

「おや、あんたもワンドの仲間かい?」

「ええ、私もファイブスさんのお話は聞いています。私も実は攻撃魔法が好きで、ファイブスさんのこと、あこがれてました!」

「そりゃ嬉しいね。どうだい、ワンドとの冒険は? こいつ、弱っちいから大変だろ?」

「ええ。ですけど、その……」


そういうと、リズリーは何か耳打ちした。

……多分俺の悪口だろう。まあ今に始まったことではないが。


すると、ファイブスはアハハ、と大声で笑いながらリズリーの肩を叩く。



「なんだ、そういうことかい! いいねえ、私はあんたのこと、気に入ったよ!」

「フフ、ありがとうございます! 私もファイブスさんにお会いできてうれしいです!」



一体何を言ったのだろう、そう思ったが俺は口にしなかった。

リズリーはちらりと店に並んでいる商品を眺めた。


「ええ。ファイブスさんのお店、凄いきれいですよね? 宝石を扱ってるんですか?」

「ああ。何か気に入ったのはあるかい? あんたなら安くしておくよ?」

「本当ですか?」

「ああ。……けど、まずはこの話が済んでからだね」



そういうと、ファイブスは一つのブローチを取り出した。

それは、俺達にとっても、見覚えのあるものだ。


「え、これって……」

「ああ、そうだよな……」


以前トーニャが身に着けていたブローチだ。


「え、どうしたの、これ?」


その時にはまだ加入していなかったフォーチュラに、簡単に説明をする。

このブローチは以前、俺がトーニャにプレゼントしたものだ。

だが、ある街でミノタウロス退治の依頼を引き受けた際に、そいつを操っていた男に奪われていたこと。



そして、その男はリズリーの兄であり、俺達はその男を探していること。



「トーニャ。あんた、これワンドに買ってもらったやつだろ?」

「うん……」

「傷の形を見て分かったよ。あんた、本当に大事にしてたからね、これ」

「そうだけど……これをどうしてお前が持ってるんだ?」


トーニャは、ファイブスのことも「嫌いな奴」認定なのだろう、お前呼びをしている。

ファイブスは、少し難しい顔をした。


「以前、これを売りに来た男が居てね。ひょっとしてあんたから奪ったものなんじゃないかと思ったのさ」

「え……その男の特徴、覚えてる?」

「ああ。確か魔物使いの男だったな。名前は……不用心だな、あの男は。あんたらの言う通り『シスク』って名乗ってたよ」



それを聞いて確信した。

その男は、リズリーの探していた兄だ。

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