3-10 最弱勇者は、またヤンデレ娘に誘惑されています

「さて、ここが選手用の入口だけど……」


闘技場の周辺をしばらく探索していると、俺達は粗末な外見の入り口を見つけた。



「うわあ……こんなの、どうやって行けばいいんだろうね……」


フォーチュラはその闘技場の奥を見て、そうぼやいた。

闘技場の中身は、街に居た少女が言った通り迷路になっていたからだ。



「迷路の物陰から対戦相手に狙われて、試合前に殺された剣闘士様もいらしたんでしょうね……」

「あとはさ、迷路に罠を仕掛けたり、猛獣を放ったりしていたんじゃない?」



恐らく、グラディエーターたちがこの闘技場の入り口から、会場まで進む過程そのものも、当時の観客は楽しんでいたことが想定される。


なるほど、フォーチュラたちの言う通り、迷路のような不確定要素を増やせば「強い奴ばかりが勝つ」ような状態になりにくいから面白いということだろう。




「観客用の入り口があればいいけど……見つかりそうもないね」


闘技場は結構損傷が激しく、瓦礫に埋もれている箇所もいくつかあった。


「だな。仮に見つかっても、そっちはリザードマンに抑えられていると考えるべきだ。ここから行こう。……手分けをした方がよさそうだな」


戦っている様子を見た限り、リザードマンはさほど強い相手じゃない。

俺はそう言うと、みんなを見回した。


「ここからは二人一組で行こうか。どうグループを分けるかだけど……」

「え? あの、じゃあ私はその……ワンド様とがいいです!」



そうリズリーは言ってきた。

……ああ、優しいリズリーは、俺が一番弱いのを知っててついて来てくれるんだな。


けど、本当は俺と二人っきりになるのは嫌に違いない。彼女の目がそう物語っているように感じた。



「いや、俺はトーニャと行くよ。リズリーはフォーチュラを守ってくれ」

「え?」

「私もその方が良いと思う。ワンドは弱いから、強力な回復魔法がないと危ないし」


リズリーも一応回復魔法が使えるが、トーニャほど得意ではない。

トーニャの言う通り、獣人であるゆえにタフなフォーチュラならリズリーでも回復の手は回る。



「分かりました。……じゃあ、お気をつけて」

「うん、リズリーさん、よろしくね!」


フォーチュラは明るく、リズリーは釈然としない様子でそう答えた。






俺達は右手を迷路の壁に着け、壁沿いに歩いていた。

この方法なら時間はかかるが、確実に出口に到達するからだ。


(…………)


さっき果物を齧って以降、どうも動悸がおさまらない。

……いつものことだが、やはりトーニャの傍にいることで、緊張しているのだろう。


やっぱり俺はトーニャが好きだ。そう改めて感じさせる。


だが、そのことに意識を取られていたため、目の前のリザードマンへの反応が一瞬遅れた。


「あぶない、ワンド!」

「うお!」


俺はリザードマンの振り下ろした爪をかろうじて剣で受けると、トーニャがその隙にリザードマンの足を払う。


「グゲ!」


そのまま頭を打ったリザードマンは気を失った。

やはり、このあたりにもリザードマンが徘徊しているようだ。リズリーたちが心配になりながらも、俺は先に進む。



「それにしても、妙だな……」

「え?」

「リザードマンがなんで、人間の母親を攫ったんだ?」


リザードマンは言葉が通じない種族だ。母親を人質にしても身代金の交渉など出来ない。


さらにリザードマンは卵生で人間とは身体構造が根本から異なる。その為、人間を性的対象とすることもない。


考えるとしたら、奴らが何者かに命令されたことだが、それでもただの民間人を攫ってくるメリットも考えにくい。



「さあ、魔物の考えることなんてわからないよ」


トーニャは、先ほど倒したリザードマンを縛り上げながら答える。




「……ところでさ、ワンド?」

「え?」



その瞬間、俺はトーニャに胸倉をつかみ上げられ、ダン! と壁に叩きつけられた。



「ぐはあ!」


また俺はトーニャを怒らせたのか。

自分の気の回らなさに情けなくなる。

トーニャは俺の首を右手で締め上げながら、訊ねてくる。



「またキミは、リズリーを性的な目で見てた」

「は?」


俺はそんなつもりは毛頭なかった。

リズリーには今まで通り仲間として接していたつもりだったからだ。

……だが、トーニャがそういうなら間違いないのだろう。



「キミ、そんなにリズリーを抱きたいの?」

「べ、別にそんなことは……」


トーニャは俺を締め上げる力を強めてきた。

……息が苦しい。まともにものを考えることが出来ない。

トーニャは少し恥ずかしそうにしながらつぶやく。




「なら、この戦いの後、私のこと、抱いていいよ?」




「な、なにを……」


言ってるんだ、と言おうとしたが俺は苦しさのあまり声が出なかった。

胸の鼓動が止まらない。

きっとこれは、締め上げられた苦しさではなく、今の発言に興奮しているのだろう。



「私たち、恋人になったことになってるでしょ? キミがそのつもりなら、私はリズリーのために犠牲になる」

「…………」



そのように言われて、俺は心をえぐられるような気がした。


俺は勇者だ。

勇者は人のために犠牲になることで、この世界で生かしてもらっている立場だ。

言ってしまえば、幸せになってはいけない職業である。


……まして、トーニャに性的搾取を行うくらいなら、死ぬ方がマシだ。

だがトーニャは、フンと少し呆れた表情を見せる。


「それとも私のこと、体は大きいのに胸が小さいから嫌って言うの? わがままな男だね、キミは……」

「な訳ないだろ! ……俺は、ずっとトーニャのこと……」

「ふーん……」


トーニャは舌を一瞬出した後、にやりとほくそ笑む。

こんな表情もするんだな、トーニャは。


するとトーニャは俺の胸倉をつかんだまま、今度は地面に叩きつける。




「ぐはあ!」



俺は背中を強く打ち、痛みに意識が一瞬飛びそうになった。

トーニャは俺の目をじっと覗き込む形で俺に語り掛ける。



「また言い訳が欲しいの? なら、私がキミを抱いてあげる。……これでいい?」



一瞬その提案に首を縦に振りそうになった。

だが、俺は必死に理性を保つように、首を振った。


するとようやくトーニャは手を離し、俺を解放してくれた。



「……まあいいや。戦いが終わったら、話の続きをしよう」

「ああ……」



とにかく今は母親を助けることだけ考えよう。

そう考えて俺は、立ち上がった。

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