2-2 ゼログ編5 最強勇者はカプ厨のようです

ヴァンパイア・ロードの居た城には、地下牢があった。

そこには多くの人間たちが押し込められていた。



「くそう……俺たちの国が……家族が……」

「私……もう、限界……」


そう言いながら、民衆たちは苦しそうにつぶやいていた。

彼らの役割は様々であり、それぞれが異なる牢に入れられている。


あるものは、その社会的地位を利用し、軍隊を派遣させない人質として。

あるものは、血液を吸うための家畜として。

あるものは、吸血鬼の情欲を満たすための慰み者として。


彼らは絶望的な状況ながらも互いを励ましてあっていた。

いつか、必ず救世主が現れると信じて。


……だが、件のヴァンパイア・ロードが国を支配してからすでに数か月が経過している。


「あきらめちゃ、ダメだ……けど……もう無理……かな……」

「本当に、助けなんて来るのかな……あいつ、滅茶苦茶強かったし……」

「近衛兵も……皆殺しにされた上に、死体をゾンビにされたのよね……最悪よ……」


彼らは、いまだに助けが来ない現状に心が折れ始めていた。

そんな時、上の階がにわかに騒がしくなったかと思うと急に静かになった。


そして数十分の後、一人の男が地下牢のカギを持って現れた。


「みんな、大丈夫か!」


ゼログだ。

先ほどの『勇者ワンド』の服装ではなく、どこかに隠していたのであろう、旅人の姿をして現れた。


「誰……うそ、人間がどうしてここに……?」

「しかも手に持ってるの……地下牢のカギじゃないか!?」

「ど、どうして……?」


そう彼らが互いに驚いていると、ゼログはこう叫びながら次々に地下牢の扉を開けていく。

ゼログに対して、1人の女性が尋ねた。


「あの、あなたは……」


ゼログは答える。


「私は名もなき旅人。先ほど『伝説の勇者』ワンド殿と『恋人』のトーニャ殿に頼まれたんだ。あなた達を地下牢から出すように、とな。……さあ、出口まで案内しよう。あなた達が最後の集団だ」


そう言いながら、地下牢のカギを全て開けた。





「これは……凄い……」

「本当に『ワンド様』は人間なの?」


城内の廊下には、数えきれないほどの吸血鬼やゾンビの死体が転がっていた。

地下牢の付近の死体を見て、町娘は顔をひきつらせた。


「このゾンビ……近衛兵だった人だよね? 凄い強かった相手だと思うけど……」

「そうなのか? だが、ワンド殿は難なく倒されていたな」


言うまでもないが、このゾンビはゼログが『ワンド』のふりをして始末したものである。

ゼログは『偽勇者』として活動することも多いが、このように「勇者ワンドに助けられた一旅人」のフリをすることも多い。


この理由は二つある。一つは、万が一『本物の勇者ワンド』を知るものが居た時に、自らの正体がバレてしまうことを防ぐため。


「ワンド様って本当にお強いのですね……。旅の方、ワンド様はお一人でこの集団を倒されたのですか?」

「いや……。もう一人一緒に居たな。確か……『勇者ワンドの永遠の伴侶、トーニャ』と自らを呼ぶ僧侶だった」



そしてもう一つは、ワンドの冒険譚を自身の都合に合わせる形で周囲に伝えるためだ。本人のふりをするよりも、第三者として吹聴する方が、信ぴょう性が増す。

ゼログの発言を聴き、村娘は思い出したように答える。


「トーニャ様? そう言えばワンド様にはいつも一緒にいる僧侶の方が居ると聞きましたね……」

「そうだ。……どんなにワンド殿が傷ついても、その慈悲にあふれる治療術を持って瞬時に癒し、そして本人もワンド殿の死角を守るべく美しい格闘技を披露し……まさに八面六臂の活躍だったな」

「そんなすごい方なのですか……」

「ああ、あなた達にも見せたかったくらいだ。……特に、頭目を撃破したとき……朝日の下で互いに涙を流しながら抱擁しあう姿は今でも覚えている。まさに居合わせることが出来たのは幸いだった」


冷静に話を聴いていると『なぜ、名もなき旅人であるはずのゼログが、そんな危険な場所に居合わせていたのか』という疑問が浮かぶはずだが、極度の疲労と安堵により魂が抜けたような民衆には、それを疑う思考力がなかった。


「それは……私も見たかったですね」

「朝日が差し込む古城の下で、互いに抱き合う勇者と恋人の姿、か……。創作意欲がますます湧いてきますわね!」


恐らく絵描きの一人と思われる町娘が、そう嬉しそうにつぶやく。

ゼログはその姿を見て、


「そうだな……。想像で良いから、いつか書いてみるといい。きっとあの二人も喜ぶだろうからな」


そう満足したようにつぶやく。




それから少し歩いて、ゼログ達は城門の前についた。

そこには、若いが気品にあふれた姿の男がおり、彼の前でゼログは跪いた。


彼はこの亡国の人質として残された王子であり、王族の中では唯一の生き残りだ。ゼログがヴァンパイア・ロードの少女から奪い返した王冠を頭に載せている。


「さあ、これで生きているものは全員です、国王陛下殿」

「おお、旅のお方。まことにありがたく思います」


跪いたゼログに対して王子は深々と頭を下げる。


「いえ、私はたまたまここに来ただけ。例は勇者ワンド殿と、その恋人トーニャ殿に」


そう答えるゼログに、王子は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ハハハ、そなたも欲がない。二人の手柄などそなたのものにすればよかったものを」

「いえ。それをやると私がワンドに……失礼、ワンド殿に叱られます」


……真相を知られたら、もっとワンドから叱られることをしていることに、ゼログは自覚がない。本人としては、勇者ワンドのためにやっていることなのだが。


「ワンド殿は勇者として登録しております。もし報酬をお渡しするのであれば、ギルドへ」

「そうだな。礼の手紙と共に振り込んでおくとしよう」


因みにゼログのような『偽勇者』はともかく、ワンドは仮にも国営ギルドに登録が行われている『勇者(フリーの討伐隊)』である。その為、報酬を支払う口座情報は誰でも調べることが可能である。




ふとゼログが隣を見やると、二人の夫婦が無事を確かめ合って抱き合っていた。


「あなた! 無事だったのね!?」

「お前も! よかった……! ワンド様、ありがとうございます……」



その様子を見ながら、ゼログはワンドたちのことを思い、そっと空を仰ぎながら思った。


(ワンド、トーニャ……。お前たちも早く、あんな風に素直になってくれ……)



ゼログは旅をしていた最中、幾度となくワンドとトーニャから相談を受けていた。

その内容は常に互いのことであり、


「トーニャを好きになってしまったのが苦しい」

「ワンドを暴言で支配して、自分の傍に置こうとする浅ましい自分が許せない」


といった話題だった。

ゼログは元居た世界でも、自身のことを勇者(本来の『勇気あるもの』という意味)として扱われていた。


そんな中、勇者としてではなく『普通のパーティの仲間の一人』として対等に扱ってくれ、相談に乗れることはゼログにとっても楽しかった。


その二人が早く互いの好意に気づけるよう、ゼログは『ワンドとトーニャは恋人同士である』という話を各地で触れ回っている。



(今の私の望みは……。伝説の勇者としてワンドがその名を歴史に残すこと、そしてワンドとトーニャが互いの気持ちに気づき、愛し合い、そして結婚式を挙げることだ……)


教会の前でワンドとトーニャが多くの民衆に祝福されながら街を歩く姿。

そして、それを教会にある柱の影からこっそりと祝福するゼログ自身。


ゼログはそんな姿を妄想しながら、にやりと笑みを浮かべた。

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