5-9 やっぱり拳に本音を乗せて殴り合うのが熱いんですよね!

「うおおお!」


俺は拳を握りゼログを思いっきり殴りつけた。


「ぐ……! はあ!」


ゼログはぐらつきながらも踏ん張り、俺に対して殴り返す。

強烈な衝撃が頭に走り、ふらりと周囲の景色がゆがむ。

だがゼログも同様のようで、俺の攻撃を受けて口元を抑えている。


……やはりそうだ。

トーニャ達の魔法のおかげでゼログは今、ただの人間と変わらない。

であれば、この場で唯一動ける俺とゼログとの一騎打ちは互角だ。


「どうした、ゼログ!」

「ワンド、お前こそ!」


強烈なストレートパンチが飛んでくるが、俺はそれを受け止めるべく腰を落とした。

無意識に俺はゼログの攻撃を避けてはいけない、と思ったからだ。


これは互いの膂力ではなく、精神力を削り合う戦いだ。

実際、ゼログの格闘技術は恐ろしいものがある。

トーニャも以前、稽古の時に完全に子ども扱いされていたことを思い出した。


つまりゼログは、やろうと思えば俺の腕をひねり、その場で地面に倒すことも出来るはずだ。


……だがゼログもそれをしないで、俺の全力のパンチを受けてくれる。

なら、俺も応えなければならない。


「嬉しいよ、ゼログ!」

「なにがだ!」

「お前とこうやって同じ立場で戦えるなんてな!」

「私もだ、ワンド!」



俺は本音を拳に乗せ、ゼログに語り掛ける。

俺は仲間になった時からずっと、心のどこかでゼログの姿を追っていた。それはゼログを追放した後も変わらなかった。


彼のその性格と強さは、まさに俺の理想とする『勇者』だった。

そんな憧れてやまなかったゼログが、俺の全力の攻撃を受けてくれている。


……不謹慎かもしれないが、今はそれが本当に嬉しかった。


「ゼログ! お前も嬉しいのか?」

「当たり前だろう!」

「なんでだ?」

「私は、お前に憧れていたからだ!」



ゼログの大ぶりのパンチが俺の腹に直撃し、俺は思わず膝をつきそうになる。

だが俺は必死で踏みとどまりながらゼログに殴りつける。



「なんでお前が憧れるんだ!」

「お前の、仲間と手を取り合う力に!」

「俺は弱いから手を借りてるだけだ!」

「次に、どんな敵にも立ち向かう勇気に!」

「俺は勇者だ! 立ち向かうのは当然だ!」

「そして恋人を想う優しさに!」

「俺はトーニャを愛してる! 大事にするのは当たり前だ!」

「そうか……愛してるのか!」


ガツン、と俺の顎に当たったアッパー気味の一撃は俺の顎を捕らえた。


「ぐは……」


脳天まで突き抜けるような衝撃を受けながらも、俺はゼログを目で追う。

俺はゼログに過大評価されている……と感じたが、それはゼログの審美眼を疑うことになり、寧ろ失礼だ。


「お前の口からその言葉を聞けるとはな……嬉しいぞ、ワンド!」


ゼログほどの奴が俺のことをこんなに買ってくれていたことを素直に誇ろう。

その思いから、俺は倒れずに目を見開き、


「さあ来い、ワンド!」


ゼログの叫びを受け、俺はゼログのこめかみを目で捉え、フックを打ち込む。

その一撃にはさすがのゼログも効いたらしく、よろりと一歩下がる。




それから、どれほど殴り合っただろうか。

すでに拳の感覚はなく、頭も今立っているのか眠っているのかも曖昧になってきた。

ゼログもすでに限界なのだろう、肩で息をしており目の焦点が合っていない。



……だが、そんな俺たちの姿を見て、周りは変化していた。


「ワンド! キミなら勝てる!」

「そこです、思いっきりストレートを!」

「いけ、そこだ! ゼログに負けるな、ワンド様!」

「フックが来る! よけるんだ!」


俺の仲間たちはいつしか、俺とゼログの戦いに見入っていた。



「魔王様! そこでボディです!」

「うおおお! いけ、魔王様!」

「ワンドは弱ってます、次で決めてください!」



それは魔物たちも同様だ。

自分たちの魔力が封じられているのも忘れて、必死で応援している。


俺は今まで、自分の戦いを誇ったことなどなかった。

勇者として誰かを守るのは好きだが、そのために誰かを傷つけること自体は大嫌いだったからだ。


……だが、今は違う。

今この場でゼログと戦い、周りに注目され、そして傷つきながらも立ち向かい、互いの想いを拳に乗せてぶつけ合う。

この戦いは、俺の生涯で最高の戦いだと、俺は心の底から誇れるような気がした。



「はあ、はあ……この魔王が……最高じゃん……か!」


俺はすでにふらふらとしながらもゼログに笑みを浮かべつつパンチを繰り出す。

その一撃はボス……と軽い音を立てゼログの頬で止まる。


「この……勇者が……全くだな……!」


ゼログもふらふらになりながら、俺のボディにパンチを打ち込む。

だが、こちらもやはり俺の内臓に届くような威力ではない。


俺とゼログは互いに目を合わせた。

……互いに、決着をつける時だ、という意思表示なのはすぐに分かった。

俺は最後の力を振り絞って、大きく拳を振りかぶる。



「これが最後だ、ゼログ!」

「名残惜しいな……だが、私もこれで終わらせる!」



そう言って俺達は拳を交わす。





……そして。




「見事だ、ワンド……」


俺のパンチは正確にゼログの顎を捕らえた。

だが、ゼログの拳はわずかに俺に届かなかった。

俺の最期の一撃を受けたゼログは、そのまま倒れこんだ。





「……ゼログ……」

「フフフ……いい、戦いだったよ、ワンド……」



ゼログは倒れこんだまま、どこかすっきりした表情で答えた。




俺は倒れたゼログの前で膝をついて尋ねる。


「ゼログ……どうして、こんな戦い方をしたんだ?」

「フフ……気づかないのか? 周りを見てみろ」


俺は周囲を見回した。

そこには、魔族……特にイレイズが俺のことを畏怖の目で見ていることが分かった。



「お前は、もう……『最弱勇者』なんて魔族の誰にも言われないさ」

「どういうことだ?」

「私の帰順させた、魔族たちは……みな、私の死後、私を倒したものに従うよう伝えている……。お前は、魔族を従えた『英雄』として、皆に語り継がれるだろう……」



俺はその言葉を聞いて、意味が理解できた。

ゼログは、俺を只の英雄ではなく『魔族と人間の世界を統一させた、伝説の英雄』とするため、魔王として戦っていたのだ。


……だが、当然だがそうなるときはゼログの死を意味する。


「これで……私が、お前に助けてもらった恩を……返せると思ってな」

「何言ってんだ、ゼログ!」

「ワンド……私にとどめを刺せ……」


ゼログが指さしたその先には、俺の剣が地面に突き刺さっていた。

だが、やっとゼログのことが分かったのに、ここで殺すなんてことは絶対に認めたくない。



「おい、ゼログ! ふざけんな!」

「ふざけてなどいない……どのみち『魔王の魂』はここで消滅させるべきなんだ……さもないと、また魔族たちが奪い合う……」



そういうことか。

ゼログが魔王になったのは単に、俺に『英雄』になるための礎になるためだけじゃない。

『魔王の魂』を引き受けて、自分の魂もろとも消滅させることで真の平和を考えていたのだ。


やはり、ゼログは世界のために己を捨てて戦う、最高の……俺など足元にも及ばない、最高の勇者だったのだろう。



「どちらにせよ……私が死なねば、王女は解放されないぞ……」



……しかも、俺が日和ってゼログを殺すことをためらわないよう、王女様を氷漬けにする魔法までかけている。


ここまでされたら、もう俺もゼログを殺すしかない。

俺は力なく剣を手に取ると、泣きながらゼログに向けて振りかぶった。


「最期に……言い残すことはあるか、ゼログ?」

「ああ……私がもし死んだら……」



そして俺はゼログの遺言を聴くと、俺の迷いが完全に晴れた。




「任せておけ! じゃあ、しばしの別れだ、ゼログ!」




そして俺は剣を振りかぶり、ゼログの心臓に全力で突き刺した。



その刃物を受け入れるかのようにを伸ばしたゼログの手が静かに倒れていく。

……そしてゼログは、絶命した。

俺はゼログの瞼をそっと閉じた。





「魔王、様……」


それを見ていたイレイズは言葉を一瞬失った。



「ワンド……」

「終わったよ、トーニャ……。『魔王ゼログ』は死んだ……」


俺はトーニャにそう、ぽつりと答える。

同時にトーニャ達の魔力が切れたのか『魔法無効化』の効果が無くなった。


……本当に、ギリギリの戦いだったと改めて思った。

だが、最後の仕事が残っている。


「魔王ゼログは……この俺、勇者ワンドが討ち取った! 彼の遺言に従い、お前たち魔族はこれより抵抗を辞め、帰順せよ!」



魔物たちには基本的には『弔い合戦』という言葉がない。

あるとすれば、カース・デーモンのようにその言葉を『言い訳』に使うものくらいだろう。



……だが、この戦いを見たものに、そのような企みを持つものは周りには居なかった。

かつてのゼログの部下たちはその言葉を聞き黙ってその場で膝をつき、恭順の意志を示してくれた。

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