1-12 村人編 弱い奴が、圧倒的な強敵に立ち向かう姿は最高です
一方、こちらはワンドが村の外れに落下する少し前。
「なあ、ワンド様、そろそろ盗賊を倒してくれたかな?」
「どうだろうな? けど、あの『伝説の勇者』様が来てくれてよかったよな?」
「そうそう。ワンド様に任せとけば、きっと大丈夫だって!」
「だよな! あはははは!」
村の男たちはそう言いながら危機感のない表情で笑みを浮かべ、食事を摂っていた。
「…………」
その姿を見ながら、村長は少し物憂げな眼を見せた。
「……やはり……ワシは間違っていたのかもしれんな……」
そう言いながら隣にいたリズリーの方をちらりと見た。
なおリズリーは、ワンドが『最弱勇者』であることは言わず、お礼としての『自身の身体』を受け取らなかったことのみ伝えている。
これはリズリーなりに『ワンドの本当の実力を伝えない方が良い』と気を遣ったためである。
「リズリー。ワンド殿はどんな方であった?」
「え? 私も少ししかお話をしてませんが……」
リズリーはそう聞かれて、少し頬を染めながら答える。
「噂に聞くイメージと違う、とても感じのいい方でした。……ただ、他人のことばかり考えて、何もかも背負い込んでしまっているみたいで、辛そうな方でした……」
「そうか……」
村長は少し物憂げな表情で答えると、リズリーは少し忌々しそうに続ける。
「後、トーニャとかいう変な女に、貸しがあるみたいで……。しかもその女、ワンド様に暴言ばかりで……ワンド様も気の毒でした……。私なら、あんなことしないで、とろけるまで愛して差し上げますのに……」
「……そうか……ん?」
「あ、いえ、こちらの話です」
後半、明らかに私情のこもった発言を聴き、村長は少し訝し気な表情を見せたのを見て、慌てて取り繕うようにリズリーは答えた。
……そして、それから数分後に外から大きな音が聞こえた。
「ん?」
「今の声って、ワンド様の声じゃね?」
「まじかよ? 行ってみようぜ?」
村民たちは危機感のない表情で、村はずれの方に走っていった。
「頼む! みんな、手を貸してくれええええええ!」
そこでは、最強とうたわれていたとは思えない姿の、勇者ワンドの姿があった。
見る影もないほどのボロボロの風体で魔物の前に立ちはだかる姿を見て、村人たちは驚愕の表情を浮かべた。
「あれは、ワンド様……それと、あれが例の魔物……?」
「恐ろしい化け物……しかも、あのワンド様が負けそうじゃない?」
温暖なこの地域ではヒートヘッド・ミノタウロスを見たことがあるものは少ない。
その為、彼らにとってはことさら恐ろしい怪物に見えるのだろう。
ワンドはこちらを見る余裕もないのか、声だけでこちらに呼びかけてくる。
「俺一人じゃこいつに勝てない! だから、この村をみんなで……ぐわああああ!」
その瞬間、ガッ! という鈍い音が響く。
ミノタウロスの蹴りをまともにくらい、ワンドは地面をこするように吹き飛ばされる。
それを見て村人たちは不安そうな表情で互いを見やる。
「手を貸すって言っても、なあ……」
「そうだよ、ワンド様が勝てないんじゃ、俺達が戦っても……」
「だよな、それに俺達、戦ったことなんてないし、何とかしてくれないのかよ……」
「…………」
村人たちのその様子に、リズリーは眉をひそめた。
ワンドが本当は『最弱勇者』であることを知っているためだ。
「はあ……まだ、だ……」
ミノタウロスの攻撃を何度もくらい傷つきながらも立ち上がるワンド。
かすれるような、しかし尚力強い口調で叫ぶ。
「たの、む……! 今が、チャンス、なんだ……ガッ!」
ミノタウロスはうっとうしそうにその大きな手でワンドを払いのける。
その一撃にワンドは派手に壁に叩きつけられる。
「……く……! この街には……入れねえぞ……!」
もう立ち上がることも出来ないワンドは、それでもミノタウロスの足に縋りつく。
「ここから……動くなよ……もっと、遊ぼうぜ、なあ!」
その様子を見かねたように、リズリーは胸の前でこぶしを握る。
(私が……『力』を解放すれば……ワンド様を救える、はず……。けど……)
だが、リズリーが一歩前に出ようとするのを村長は制した。
「……下がれ」
「村長? ですが……」
「なんとなくじゃが、お主が何かを隠しているのは察しておる。……じゃが、今の今までワシらに伝えなかった、ということは……何か大きな代償がいるのじゃろう?」
「…………」
リズリーは何も言わなかったことから、図星であることを村長は察した。
「お主は今まで、本当によくやってくれた。……後はワシらが戦わねばな」
そう言うと村長は村人たちの前に立ち、大声で叫ぶ。
「諸君! 今こそ見るのじゃ! あの伝説の勇者『ワンド』様の姿を!」
そう言って、満身創痍の勇者ワンドを指さす。
村人たちが村長に注意を向けたのを見て、村長は続けた。
「あ、ああ……伝説の勇者様が、やられている……」
「勇者様って、噂だけで弱っちい人だったってことだろ?」
村人たちが半ば失望交じりの目で、そしてどこか他人事のようにつぶやくのを見て村長は目を見開く。
「バカ者! 勇者様は、われらを試しておるのじゃ!」
「試す?」
「そう! 仮にワンド様の村を救ってもらっても、またいつか新しい魔物が村を襲うはずじゃ! その時にわれらはどうするのじゃ? 村の女を人柱に、また勇者に任せるのか?」
リズリーを『犠牲』に差し出すことは村人たちにも事前に知らされている。
……もっとも、それを止めるものが居なかったのだが。
村人たちはその発言に、びくりと体を震わせる。
「そんな、俺達は……」
「そんなに卑しく生きるのか? それで子どもらに何と答える? われらの生き方を誇りにせよ、と言うのか?」
「…………」
「勇者様が戦っておるのは魔物ではない! ワシらの臆病で卑怯な性根と戦っておるのじゃ! それに、見よ!」
そう言って村長はミノタウロスを指さす。
「ワンド様はわざと、集会場の前でいるのじゃ! ……その理由がわかるか?」
「え? ……そうか、ミノタウロスは……」
そこで気づいたようにリズリーはつぶやく。
彼女はこの村に来る前に各地を旅していたこともあり、多少モンスターの知識も詳しい。
「ミノタウロスは、頭部の角が最大の弱点じゃ! ……集会場の屋根の高さなら、ワシらでも十分狙える! ワシらにも勝機はあるんじゃ!」
「し、しかし村長……」
それでも戦おうとしない村人を見て、村長はダメ押しとばかりに近くにあった鎌を手に取った。
「分かっておる! ……一番槍をつけるのは、ワシじゃ!」
「村長!」
「無茶です、何考えてるんですか!」
村長は、ついていた杖を放り捨て、ミノタウロスに向けてよたよたと突進していった。
村人たちの制止も聴かずに走り出す村長を見て、村人たちは顔を見合わせた。
……今度は互いに決意のこもった目で。
「お、おい、や、ややや、やるぞ!」
「あ、ああ! ……あんなジジイにカッコつけさせていられっか!」
「娘よ、父ちゃん、やるからな!」
「剣を持つものは剣を持て! 魔法が使えるものは後方から援護するんだ!」
「ええ、分かったわ! リズリーちゃんも頼むわよ!」
「ええ!」
そして誰ともなく、大声で叫んだ。
「俺達は勇者じゃねえ! けどな! 『勇気を持つ者』にくらい、たまにはなれんだよおおお!」
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