第43話 仇敵
アカリが死んで、十日が過ぎた。
ヒョーマは、シンと並ぶように緩やかな山道を歩いていた。前方を進むリンとの距離はいくぶん離れている。が、不測の事態に対処できないほどのひらきではなかった。
「チロ、置いてきちゃったけど、良かったのかな……?」
「それ、今さら訊くか? あの場を動こうとしなかったんだ、しかたないだろ」
チロはアカリのそばを離れようとしなかった。
反応のないアカリのほっぺたを何度もなめては、悲しそうな声で鳴く。
アカリを埋葬したあとも彼女の墓の前を動こうとしなかったチロを、その場に残していこうと判断したのはヒョーマだった。
元は野生の獣だ。干し肉の残りも全て置いてきたし、あとは自分でなんとかするだろう。なんとかできなければ、それもまた運命である。
アカリは怒るかもしれないが、ヒョーマはチロの意思を尊重した。アカリが淋しくないようにと、手前勝手に頭を働かせたというのも多少はあったが。
「おまえは、反対だったのか?」
「……ううん、反対ってわけじゃないけど。でも……」
言ったきり、シンは両目を伏せて押し黙った。
あの日以来、シンはふさぎ込むことが多くなった。
話の途中でも急に黙ってしまい、以降、言葉を発しないことも多々ある。だが、それでもリンに比べればはるかにマシだ。
リンとはもう、まともに会話することもできない。
シンとは真逆、彼女は怒りの念に完全に心を支配されていた。アカリを死に追いやった、黒ずくめのモンスターに対する激しい怒りの感情である。
もっともそれは、ヒョーマとて同じであった。今、くだんのモンスターを前にしたら、自分を抑えられる自信がない。当初の決定を貫ける自信はなかった。
「ねえ、ヒョーマ……」
と、言葉を閉ざしていたシンが、おずおずと上目づかいに言ってくる。彼の話した内容はだが、さきの言葉の続きではまるでなかった。
「……これ、何かの試練なのかな? 罰なのかな? おれ、もうやだよ……。こんなの、耐えられないよ……。こんなことなら、最初の……記憶喪失の町を出なければ良かった。あの町で、みんなでずっと一緒に暮らしてれば良かった……。そうしたら、こんなことには……」
「…………」
ああ、とはでも、ヒョーマは言わなかった。アカリを失った今でも、どちらが正しかったのかは分からない。あれは、それほど単純な二択ではなかった。
ヒョーマは、言った。
「……シン、たらればはやめよう。俺たちはこうする道を選んだ。ほかの選択肢はその瞬間に消えたんだ。そりゃ俺だって、そう思う瞬間はあるよ。けど、俺たちは全員一致であの町を出ると決めた。それが最善だと、みんなが思ったからだ」
「……うん、記憶……取り戻したかったから……」
「ああ、俺もだ。でも、それだけじゃない。心の声にも従った」
「……心の声?」
「ああ、心の奥底からわき上がってくるような衝動だ。強くならなきゃいけない、町を出て先に進まなければならない、記憶がないのは不安ってのも、そのうちのひとつに入るか。おまえは、そういった衝動に駆られたことはねえのか?」
訊くと、シンは神妙な表情で首を左右に振った。
そのまま、伏せた両目で言う。
「……ううん、あるよ。それも、だんだん強くなってきてる。アカリが死んだっていうのに、そんなの関係なしに先へ進まなきゃいけないって感覚がここにきて日に日に強くなってきてるんだ。それが、すごくつらいんだよ……」
「自分のことを薄情だって思ってるのか?」
「……うん」
頷き、シンは下唇をクッとかみしめた。ヒョーマは、安心させるように言った。
「心配すんな、シン。俺もその衝動が強くなってきてる。おまえだけじゃない」
「……ヒョーマも?」
「ああ。たぶん、頂上が近いせいだろうぜ。俺たちの中にある何かがソイツを求めてる」
ヒョーマは、嘘をついた。
むしろ、ここにきてその衝動は弱くなっていた。
この山の中腹――ちょうどシューヤたちと再会する直前くらいがピークで、その後は徐々に右肩下がり。
アカリが死んでからは下がる速度が一気に増した。理由は分からない。が、それはまぎれもない事実であった。
「……そう、なんだ。おれだけじゃなかったんだ。リンが『もうそんな感覚なんてほとんどないっ』って怒って言うから、おれだけ特別なんだって思ってた。少し、安心した……」
シンが、薄く笑って言う。
ヒョーマは彼の頭をポンポンと二度叩いた。と、だがそのときだった――。
「見つけたッ!」
響いたのは、リンの叫声。
ヒョーマはシンと共に、即座に前方を見やった。
「――――ッ!?」
音もなく、気配もなく――。
ただ彼らの行く道をさえぎるように、漆黒のモンスターがその場に立ちふさがっていた。
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