第17話 ほっとけない女


「ちょっとリン、あんた顔真っ赤じゃない!? もう一回、回復魔法使う? 傷口がひらいて熱でも出たんじゃ……」


「…………っ!? こ、これは……その、えと……ち、違います! 傷はもう完全にふさがりました! 熱も平熱です! どこもおかしくありません!!」


「で、でも、その顔……」


「なんでもないです! ホントにもう大丈夫です! ほうっておいてください!」


 ほうっておいてと言われても……。


 リンの顔は真っ赤だった。耳まで赤く染まっている。若干、目が潤んでいるようにも見える。


 冷静さを欠き、感情のままに喋る姿もいつもと違う。こんなリンを見るのは初めてだった。


「……ほうってなんて、おけない。リンがそんななのに、ほうってなんておけないよ……」


「ぅぅ……へいき、なんです。そんな顔をされたら、こっちのほうが対応に困ります。心配してくれるのは、すごく……うれしいですけど。でも、ホントに大丈夫なんです。少し時間がたてば、ぜったい元に戻るので……」


「……そう? でももし何かあったら、すぐに言うのよ。魔力エネルが尽きるまで、回復魔法使ったげるから」


 言うと、リンはこくりと頷いた。


 いつもと違い、殊勝な態度だった。やはりどこか痛むのでは、とアカリは心配したが、その心配は杞憂に終わった。


 時間がたつにつれ、本人の言ったとおりに顔の赤みが徐々に和らいでいく。同時に潤んだ瞳も元に戻り、そうしていつもの彼女が完成する。


 アカリは、ホッと一息ついた。


 耳をつんざく轟音が鳴り響いたのは、ちょうどそのときだった。



      ◇ ◆ ◇



 突として切り立った岩の尖塔が、目標の身体を槍のごとく貫く。その間、わずかゼロコンマ数秒。銃剣を携えた三人の兵士は、またたくうちに砕けて果てた。


 ホノカは、顔の前でグッと拳を握りしめた。


「大技決まりました! 今のは魔力エネル消費100越えの大魔法、気分爽快です!」


「やるじゃねーか、食い逃げ女。見直したぜ」


「あぅ……その呼び方はできればやめてもらいたいです。事実ですが」


 シューヤに褒められ、だがあまりうれしくなさそうにホノカが返す。


 ヒョーマは、言った。


「しっかし、銃持ってるヤツらがいるとは想定外だったな。我ながら無茶したもんだ」


 銃。


 それがどれだけ危険で厄介な武器なのか、今は分かる。不知が既知へと変わった瞬間は、数秒前のこと。だが、もうすでにその知識は彼の中で当たり前のそれへと固まっていた。そしてそれは、シューヤも同様らしかった。


「間抜けな話だな。ここに立ってんのが奇跡に思えるぜ。が、そいつらももういねえ」


「あとは雑魚兵士の掃討ですね。でも、シンくんたちの助力は期待できません。あちら側も自分たちで手一杯みたいですし、こちら側の敵はわたしたちだけでなんとかしないと。たぶんまだ二十人近くはいると思います。わたしの魔力エネルは枯渇寸前ですけど……」


「んじゃおまえは寝てろ。あとは俺とシューヤで掃除する。五分はいらねーよな?」


「三分もいらねーよ。テメエが足を引っ張んなきゃな」


 シューヤの挑発を横に流して、剣を握る。ヒョーマはシリアスな瞳で前方を見やった。


 掃除にかかった時間は、二分となかった。



      ◇ ◆ ◇



「ここまで来れば、もう大丈夫だな」


 森。


 さきの町から十キロ以上、離れた地点にあるこの場所で、ヒョーマたちはようやくと一息ついた。


 ここまで離れる必要はなかった気もするが、距離を取ってマイナスになることはないだろう――城を出た時点で、もうすでにあまり追ってくる気配はなかったのだが。


「にしても、おかしな連中だったな。あいつら、一度でも言葉を発したか?」


 ヒョーマは、誰にともなく訊いた。


 近くにいたのは、アカリとホノカの二人である。真っ先に答えをくれたのは、アカリのほうだった。


「言葉どころか、声も発しなかったわね。ただ無言で迫ってくるだけ。はたから見てて不気味だった。あたし、今回はほとんど戦ってないけど」


「そもそも、あの兵士たちは人間だったんでしょうか? とても思考して動いているようには見えませんでした。そうじゃなくても、町のヒトたちにも評判悪かったし、女王含めてあの城のヒトたちはきっと悪人だったに違いありません。食い逃げしたくらいで、だってわたし死刑になるところだったんですよ?」


「食い逃げしたあげく、魔法で兵を串刺しにしたヤツが言えるセリフじゃないけどな。まあ、手前勝手な理由で兵士を斬りまくった俺が言えることでもないが」


「あんたたち、容赦なく殺しまくってたもんね。シンとリンはちゃんと、致命傷にならないように計算して無力化してたみたいなのに。ロクな死に方しないわよ」


「俺はおまえやあいつらと違って善人じゃない・・・・・・からな。知らん人間がどうなろうが知ったこっちゃない。自分の身を危険にさらしてまで、相手の身体を気遣うマネはできねーよ」


「それに関してはわたしも同意ですね。食い逃げくらいで殺そうとしてくる相手にかける情けはありません。善人ですけど、わたしは」


 どうしても、この女は己を善人にしたいらしい。まあ、どうでもいいことではある。彼女がいてくれたおかげで助かったのは事実だ。現実はそれ以上でもそれ以下でもない。


 と。


「アカリ―、みんなー、チロちゃんもー、ありがとねー。みんなのおかげでトラくん殺されないですんだよー。感謝感激だよー」


「そんなの気にしなくていいって。ミサキが困ってたら、あたしはいつだって助けるよ」


 近寄ってきたミサキに、アカリが柔和な笑みで応じる。ミサキのすぐ後ろには、シューヤの姿もあった。


「……世話になったな。一応、礼は言っとくぜ。この借りは、いずれ必ず返す」


「いらねーよ。変なフラグ立てんじゃねーよ。次に会ったときは敵同士だぜ、って去ってくのがおまえのキャラだろうが」


「勝手にオレを頭悪そうな恥ずかしい単純キャラに認定すんじぇねえ」


 言ってほしかった捨て台詞とは違ったが――いずれ吐き捨てるようにそう言って、シューヤが去っていく。


 名残惜しそうにアカリと抱き合っていたミサキも彼のあとに続き、シューヤ一味は完全に視界のうちから消え失せた。


 ヒョーマは、しみじみ言った。


「一番礼を言ってほしかったヤツが何も言わずに去っていったな」


「納得いかないんだけど。超納得いかないんだけど。最後に気分最悪なんだけど」


 まあ、それはヒョーマも同じだった。が、今さら言ったところでしかたがない。


「そういや、あの女は?」


「ホノカのこと? ちょっと前に去っていったわよ。またどこかで会ったら声をかけてくださるとうれしいです、って前とおんなじこと言って。あのコ、一人で大丈夫かな?」


「けっこう強かったし、大丈夫なんじゃねーか。それよか――」


「ヒョーマ」


 知った声が、後方で鳴る。


 振り向くと、シンとリンの姿があった。しんがりを務めていた彼らもいつのまにやら追いついていたらしい。追手が来た、という報告でもなさそうだったので、ヒョーマは落ち着いた気持ちでシンの言葉に反応した。


「どうした? なんかあったのか?」


「ううん、別に何もないけど。おれはね」


 意味深長にそう言って、隣のリンを見やる。


 シンはそのまま、うながすように言った。


「ほらリン、ちゃんとヒョーマに言わないと……」


 言われたリンは、モジモジと下を向きながら、


「あ、あの……あのときは、すみませんでした。あんな状況で、あんなことして……」


「それだけ?」


「うぅ……」


 なおもシンに言われ、リンのモジモジ度がさらに上がる。上着のすそをギュッとつかみ、自身のあらゆる感情と戦っているようでもある。必死に何かを言おうとしているが、ままならないといった感じだ。


 だが、しばらくして、彼女は意を決したように真っ赤な顔を上げた。が、やっぱりまたすぐに下げる。


 下げた状態のまま、そうしてリンは消え入りそうな声で、最後にポツリとそれを落とした。


「助けてくれて…………ありがと」

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