第18話 幕間 ③


 虎谷が死んで、四か月が過ぎた。俺の生活に、あまり変化はない。


「なあ、メイ。おまえさ、新しいメニューを会得したって言ってなかった?」


「うん、言ったけど」


「それ、作らなかったの? 話の流れ的にその料理だとばかり思ってたんだけど……」


「うん、だから作ったじゃない」


「ゆでたまごだけど?」


「うん、ゆでたまご。一昨日おととい、覚えたの」


「なん、だと……?」


「けっこう苦労したんだから。ゆでかげんとか、なにげにムズかったし」


「いやゆでたまごなんて人間なら生まれながらに誰でもマスターしてる料理だろ!?」


「そ、そんなことないっ! 赤ん坊がこんな高度な料理作れるわけないじゃないっ! ゆでたまごはゆでかげんとかミスると爆発したり……」


「しねーよ! どんだけ豪快にミスったら爆発すんだよ!? そこまでミスったらゆでたまごじゃなくても爆発するわ! ゆでたまごなんて沸騰したお湯に十分くらい入れたら、だいたい完成すんだよ!」


「半熟になったりしない……?」


「なってもいいわ! むしろ半熟のがうめーんだよ! でもおまえのこれは完全にゆですぎだけどな! いったい何分ゆでたんだ!?」


「一時間くらい……?」


「食う前からまずいの確定じゃねーか!?」


 なぜ作る前に調べないのか、俺には理解できなかった。三分で調べられる料理なのに。


 俺は、ジト目で目の前の女を見やった。


 一色明いっしきめい


 二十三歳。オランダ人の祖母を持つ赤毛のクォーターだ。


「食べる前からまずいかどうかなんてぜったい分かんない! せーの、で食べるわよ!」


「いや、そこは勇気振りしぼる場面じゃねえだろうよ……。姉ちゃん呼んで――」


「せーの!」


「ちょ――」


 パクリ。


 リズムに乗せられ、しかたなく一口。なんとも言えない、微妙なまずさだった。


「……やっぱ、姉ちゃん呼んでメシ作ってもらおう」


「……異議なし」


 げんなりと、メイもうなずく。その微妙なまずさに、本人も戦意喪失したらしかった。


「……でも、来てくれるかな? 手伝いに来てくれるって言ってくれたのに、『平気、今日はあたしにまかせて』って偉そうなこと言っちゃったんだけど……」


「来てくれんだろ。この前、おまえに借りた小説返さなきゃって言ってたし」


 なんだかんだで、姉貴は俺やメイの頼みを断らない。


 よほど多忙でないかぎり――。


「そういや、前から訊こうと思ってたんだけど……」


「なに?」


 即座に反応され、俺は少し言葉に詰まった。


 正直、そんなに知りたかったわけではない。


 前から、というのは本当だが、その度合いが特別強かったわけではないのだ。


 なんとなく口をついただけの言葉。が、口にしたからには訊かないわけにはいかない。


 俺はフッと一息吐くと、口早に質問の言葉を彼女に投げかけた。


「姉ちゃんに貸したのって自作の小説? おまえさ、まだ小説とか書いたりしてんの?」


 答えは、イエスだった。


 だからどうということは何もない。

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