第19話 肉しか食べない女
街道である。
広い草原を突っ切るように伸びた、町から町をつなぐただ一本の細い道。ヒョーマたちは、夕暮れのその街道を並ぶように歩いていた。
「よいしょっ。ふー、けっこうしんどいわね。案外、腰に来る」
「だからなんで『抱っこ』なんだよ。普通『おんぶ』だろ?」
ヒョーマは、隣を歩くアカリに半眼で言った。
彼女は今、シンを抱っこしながら歩いている。
アカリの腕に抱かれたシンは、完全睡眠状態である。数分前までこの近辺で行われていた激戦の代償。魔法の源である
「おんぶだと、首が後ろにぐわーってなっちゃうじゃない。今のシンはあたしの身体に捕まってることもできないんだから」
「首が後ろにぐわーって……なるか? そうかんたんに」
「なるわよ。首ぐわ甘く見ないでよね」
「首ぐわ……斬新なネーミングですね。というより、わたしとアカリさんで引きずって歩いたほうが楽なのでは?」
「引きずって歩くって……。残酷な提案を真顔でしないでよ。シンは今回、一番がんばったのよ。最後のほうで腕骨折して足手まといになり下がったどっかの馬鹿の代わりに」
「そのどっかの馬鹿を回復させる
「残したつもりだった。でも、使おうとしたら使えなかったの。ちょっとした計算ミスよ。
「自覚はあったんですね……」
自覚はあっても、次に生かさないのがアカリなのだが。
と、それはさておき。
「そういやおまえ、さっきからなんで一定のリズムでシンの背中をポンポン叩いてんだ?」
「なんでって……意味なんか特にないけど。このほうが気持ちよく眠れるかなって」
触れるか触れないかくらいの微妙なタッチにそんな効果があるのかは謎だが、まあされているほうは確かに気持ち良さそうではあった。
「でも、馬車が使えなかったのは痛いですね。まさか町の中だけしか走れないなんて思いもしませんでした。がっかり度、マックスです」
「馬車だけじゃないぜ。あの城でぶんどった銃剣も、町を出た瞬間に消え失せやがった。どうやら、町から持ち出せるモノと持ち出せないモノがあるみたいだな」
「チロのリス肉は持ち出せたわよ。あとはあたしたちの食料も。武器とか防具は買ってないから分からないけど、消費アイテムは持ち出せたと思う」
「産地特有のモノは持ち出せないってことでしょうか?」
「どうかな。馬車は二個前の町にもあったしな……」
基準は分からないが、考えたところで分からないということが分かるだけだ。
ヒョーマは考えるのをやめた。
視線を上げ、前を見る。
光り輝く巨大な街が、諸手を上げて待っていた。
◇ ◆ ◇
「うわぁ……なにこれ、きれい……」
「もう夜なのに、昼間みたいに明るいです。謎現象です」
「ランプいらねえな……」
不思議なまぶしさと、間近で漏れる聞き慣れた三つの声。
もう少しだけ、この優しい匂いと穏やかな温もりに包まれて眠っていたい、という欲求をたしなめるように、それらの声は夢への扉をせわしく叩いた。
シンは、ゆっくりとまぶたを上げた。映ったのは、安心をくれるいつもの笑みだった。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「……ううん、ちょうど目が覚めただけ……」
シンは、寝ぼけまなこで答えた。
そのまま、ぼやけた頭で続ける。
「電気の光も、少しまぶしかったし……」
「でんきのひかり? でんきの…………ああーっ、電気! 電気だ! これぜんぶ電気じゃない! 明るくて当たり前よ!」
「え……?」
自分で言って、自分で傾げる。
だが、理解はすぐに無意識の領域から飛び出てシンの頭に広がった。
「……うん、電気だ。電気だね。電気の街だ」
「いいね、電気があるってことは夜でも行動できる」
「夜にすることはないですよ。夜は寝るだけです」
「そうね、夜は寝るだけよ」
「なんでだよ。夜にメシ食いに行ったりできるんだぞ?」
「あ、それはいいかも。さっそく今日行く?」
「本気ですか? わたしは八時を過ぎると……眠たくなります。もう寝たいです」
それは自分も同じだが、今日はさっきまで寝ていたこともあり、眠気はまるでなかった。
アカリの腕から飛び降り――シンは、元気に言った。
「せっかくだから、これからみんなでごはん食べに行こうよ」
「賛成っ! お肉食べたい! お肉食べに行こう!」
「夜の店ってのは、それだけでアガるね」
すぐに、アカリとヒョーマから賛同の声が入る。唯一、リンだけは渋った表情を浮かべていたが、やがて彼女もあきらめたように小さな頷きを返してくれた。
新しい町での、新たな物語が始まる――。
◇ ◆ ◇
「食べた食べたー、もう食べれないー」
「いやそれ以上食えたらオカルトの世界なんだよ。何人前食ったんだ、おまえ……」
「十人前以上食べてたね……。肉ばっかりひたすら……」
シンのその言葉に、ヒョーマはあきれたまなこで嘆息した。
午後十時。
彼らは並ぶように夜の町を歩いていた。
いつもだったらとっくに寝ている時間帯。でも、この町には眠気を飛ばす明るさがある。宿に向かうまでの道筋は、煌々とした明かりに照らされていた。
「リン、美味しかったねー」
「ん……」
アカリと手をつないで歩いている――というより、ほとんど腕を引っ張られるように歩かされているリンが、薄目を開けて応じる。返事と呼べる反応ではとてもなかった。もう八割方睡眠状態の彼女に、
「でも、この町のヒトたちにも記憶はあったね。お店のヒトにも、その辺歩いてたヒトにも」
「やっぱりあたしたちの町が特別だったんじゃない?」
「まあ、それはほぼ確定だろうな。問題はそれが何を意味するのか、だ」
「あたしたち以外はみんな端役なんじゃないの? 端役だから記憶があるのよ」
「いや答えになってねーんだけど。そもそも端役うんぬんの話も意味不明だ。俺たちは劇を演じてるわけじゃねーんだぞ。それにどっちかって言えば記憶ないほうが端役だろ?」
「ないほうって……それじゃあたしたちが端役になっちゃうじゃない!?」
それは納得できない、といった感じでアカリが言う。隣のリンは完全に眠っていた。
「まあ、謎のセリフではあるよね。なにかの隠喩かな?」
隠喩。
ヒョーマは、空を見上げて考えた。
空の色は、当たり前だが真っ黒だ。夜なのだから、何もない。朝だからと言って、明るいだけで特に何かあるわけでは無論ないのだが。
(そもそも、俺らのこの世界ってなんなんだろうな……)
唐突に、そんな疑問がわいて出る。
最初の頃に感じた、何かしっくりこないという感覚。今はもうそんな感じはなくなったが、あの感覚はなんだったんだろう。自分たちの住む世界がしっくりこない。まるで、本来いるべき世界ではないかのような、あの妙な感覚。
いや、
と、そこまで考えたところで、ヒョーマの思考は突と止まった。
自分の意思とは無関係に。
まるでそこから先を考えることが『禁忌』であるかのように。
彼の頭は、突然のもやに覆われたのである。
だがその直前、ヒョーマはこの感覚が前にもあったことを思い出す。
それも一度だけではない。
何度も何度もこれを味わっている、ような気がした。
そして、そこから先がおぼろげになるのも同じである。
気がつくと、彼は宿屋のベッドに横たわっていた。
夕食を取ったあとの記憶は、当たり前のように抜け落ち消えていた。
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