第20話 肉を食べまくった次の日に朝からまた肉を食う女


「フランクフルトふたつくださーい!」


「チロロ―!」


 公園のベンチに座りながら、ヒョーマはその様子を漫然と眺めていた。


 肉大好きっ娘が満面の笑みを浮かべて肉を買い、肉を持って戻ってくるその姿を――。


「はい、これあんたの分。あたしのオゴリね」


 と、そこはかとなく後半部分を強調し、アカリがフランクフルトをこちらに差し出す。


 ヒョーマは苦い表情でそれを受け取ると、


「……昨日、あんだけ肉食ったのに、朝からまた肉を食うのか?」


「うん、食べるけど」


「おまえは肉以外食わんのか……?」


「食べるに決まってるでしょ。変なこと言わないでよ。今だって、ホットドックとどっちか迷ったんだから」


「いやホットドックも肉なんだよ。パンで挟んだ肉なんだよ。おまえが普段、食ってんのは米とパンと玉子以外、全部広義で言えば肉なんだよ」


「そんなことない。アイスとかもたまには食べる」


「野菜を食え」


 魚も食わないが。


 ヒョーマは深く嘆息した。


 そのまま、視線を周囲に巡らせる。鉄鋼製の建物が、所狭しと広がっていた。


(建物といい、電気といい、ここはずいぶんとド派手な町だな……)


 夜も明るいのは良いことだが――長くいると、気疲れしそうな町ではある。


 ヒョーマは気持ちを切り替え、隣に座ったアカリに言った。


「シンとリン、置いてきて良かったのか?」


「良かったんじゃない? ただの散歩だし。リンが起きなかったんだから、しょうがないでしょ。あのコが寝坊するなんて珍しいけど、昨日は遅くまで付き合わせちゃったからね。二人には帰りにお土産でも買って行ってあげよ」


 そう言って、アカリが食べ終えたフランクフルトの棒を近くのゴミ箱に投げ入れる。


 と、彼女は不意にいたずらっぽい笑みを浮かべ、


「ねえ、ヒョーマ。あたしたちが出会ったあの日も、こんな晴れた日だったよね」


「いやたいていは晴れた日だけど」


 一年で最も多いのは晴れた日である。


 が、どうやらそういう意味合いではなかったらしい。


 アカリは少し、ムッとしたように頬をふくらませ、


「もうっ、そうじゃない。こんな感じに晴れた日って意味。晴れ方が、こんな感じだった」


「そう、だったか……? まあ、こんな感じだったような気もするけど……」


「でしょでしょ? それで、あたしたちは東地区にある宿屋の一階で――」


 アカリが、懐かしそうに微笑む。


 遠い空を見ながら、そうして彼女は出会いのエピソードをジャスト三十七秒で語った。



      ◇ ◆ ◇



「はい、次はシンの番です」


「…………」


 シンが渋い顔でカードをめくる。


 ハートの3。


 またしても『ペア』にはならなかった。


「そこじゃないですよ。7はここです」


 リンは得意げに目の前のカードをめくった。


 ハートの7。


 見事『ペア』が完成した。


「シンは弱いですね。弱さ、マックスです。これでわたしの八連勝です」


「……ハァ」


 シンが、露骨にため息を落とす。彼は続けて、不満の言葉も隠さず落とした。


「二人で神経衰弱やっておもしろい?」


「おもしろいです。連戦連敗のシンはおもしろくないですか?」


「連戦連敗じゃなくても、おもしろくないよ。連戦連敗だからなおさらつまんないけど」


「……むぅ」


 リンは不満げに両のほっぺたをふくらませた。


 宿屋である。


 昨日泊まった宿屋の一室。


 朝起きると、シンと二人だけだった。アカリとヒョーマは散歩に出かけたらしい。十時半まで寝坊すれば、置いていかれるのも致しかたないことかもしれない。でも、おかげでシンと二人の時間が久しぶりにできた。リンにはそれがうれしかった。シンはあまり、うれしそうではないようだったが……。


「ねえ、リン。おれたちもヒョーマたちのところに行こうよ。そのほうが楽しいよ」


「わたしはシンと二人で遊ぶのが一番楽しいです。ヒョーマさんとアカリさんにはまだ少し気を使ってしまいます」


「気を使ってたの!? あれで!?」


「……使ってます。ほんの少しだけですけど……」


 心外だった。


 確かに出会った頃よりはだいぶ気を使わなくなった。一緒にいる時間が長くなるにつれ、二人のことがだんだん分かってきたし、一緒にいてもほとんど緊張しなくもなった。会えない時間が長く続くと淋しいとも感じる。同じパーティの仲間だし、同じ家に住んでいた家族だ。それでも、シンとは違う。これでも少しは気を使っているのである。


「ああ……でも、ヒョーマにはちょっと使ってる気がするかも」


「アカリさんにも使ってます。なんでヒョーマさん限定なんですか?」


「なんでって……そう見えるってだけだけど。てゆーか、リン……」


 一拍置き、シンは突然と言った。


「ヒョーマのこと、好きなんでしょ?」


「な……ッ!?」


 鼓動が、急速に高鳴る。思いがけないことを唐突に言われ、リンはバッと両目を見開いた。そのまま、ムキになって否定する。


「好きじゃないです!」


「嘘だ。おれには分かる。リンはヒョーマのことがぜったい好きだ」


「好きじゃないです! ヒョーマさんは同じパーティの仲間です! 一緒に暮らしていた家族です! それ以上でもそれ以下でもないです!」


 まくし立てるようにそこまで言って、シンからぷいっと顔を背ける。鼓動が爆発的に高鳴っているのをリンは自覚した。急にそんなことを言われるなんて思わなかった。こんなのは反則の反則の反則だと、リンは激しく憤った。


 と。


「すなおじゃないなぁ、リンは……」


 あまつさえ、そんな言葉まで続けて添える。リンの怒りはマックスに達した。


「シンは……シンは、デリカシーがないです!」


 しばらく絶交だ。


 もう決めた。今、決めた。シンとはしばらく口を聞かない。


 リンはそう心に決めて、そのまま視線を窓の外へと釘づけた。


 これでしばらくシンと目を合わさないですむ。シンがごめんなさいを言ってくるまでこうしていようとリンは思った。


 が。


「あ……」


 と、数秒とたたぬうちに、そんなシンの興味を引くような一音を思わず発してしまう。


 案の定、自分と同じように窓の外へと視線を向けたシンは、リンが予想したとおりの反応を予想以上の速度と勢いで言い放った。


「フード付き黒マントを頭からかぶった女っ!!」


 フード付き黒マントを頭からかぶった女(男かもしれないが)。


 確かにそんないでたちの人物が、雑踏の中を歩いているのが二階の窓から見て取れる。


 次にシンが何を言うのか、リンには手に取るように分かった。


 手に取るように分かったことを、シンがそうしてそのまま放つ。


「リン、追いかけよう!」


「…………ハァ」


 ジャスト十二秒の、短い短い絶交だった。

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