第21話 うっすい女 ②
「えっ、もう終わり? 俺たちの出会いってそんな薄っぺらい感じだったっけ……?」
「薄っぺらい!? え、今の薄っぺらかった? どの辺が薄っぺらい感じだったの?」
「いや、物量が……」
ああ、でもそんな感じだったかもしれない。
半分、忘れかけていたが、それは忘れかけるだろうというレベルの薄っぺらさだった。ヒョーマはあらためて、アカリとの出会いが紙エピソードであったことを思い出した。
「……それ、ホノカにも言われた。聞いているヒトにとっては薄っぺらくても、でもあたしにはすごく濃密な時間だったの。あの出会いがあったから、今のあたしがあるんだから」
唇を若干と尖らせ、アカリがスネたように言う。
だからというわけではないが――ヒョーマはすぐさま、彼女の言葉(主に後半部分)に同意した。
「まあ、けどそうだな。あの出会いが始まりだ。誰かとパーティを組む、なんて発想はあのときまでなかった。こんな大所帯になるとは、思ってもなかったけどな」
「……四人って大所帯? まあでも、にぎやかで楽しくはなったけど。あたし、一人でいたときは内向的なことばっかりやってたから」
「そいつは初耳だな。おまえと内向的ってまったく結びつかないけど」
「内向的じゃない。内向的なこと。本読んだりとか、盆栽いじったりとか、一人でやれることって内向的なことが多いじゃない?」
「おまえ、盆栽いじってたのか……?」
「なにその顔!? かわいそうな人を見るような目で見ないでよ! けっこう上手に作れるんだからねっ! 今度見せたげるっ!」
「お、おぅ……」
妙なプライドを刺激してしまったらしい。ヒョーマは地味に後悔した。
「あんたは、一人でいたときはどんなことしてたの?」
「……俺?」
不意にそう訊かれ、ヒョーマは返答に窮した。
その質問を想定していなかったわけではない。流れ的にそう返されても不自然はないし、さほど答えに困る問いでもない。それでも、ヒョーマはすぐには答えられなかった。
理由は明快。
シンプルに、すぐには思い浮かばなかったのだ。
ヒョーマは記憶の糸をたぐり、やがてようやくと答えをひねり出した。
「……ずっと、戦ってたような気がするな。メシ食うときと寝るとき以外」
「……え、ひたすら?」
「まあ、たぶんひたすら」
「……修羅だったのね」
若干引いたような顔で、アカリ。
無理もないとヒョーマは思った。今、思い返してみてもド修羅な日常だ。
戦いに次ぐ戦い。戦闘狂にもほどがある。無論、まったく戦い以外はしていなかった、と言い切ることはできない。何かしらしていたこともあったかもしれない。が、それを思い出すことは容易ではなかった。
ヒョーマは、その理由をポツリと落とした。
「……まあけど、記憶もあいまいだからな。おまえと出会う前くらいまでのことは飛び飛びでしか覚えてない。忘れてることが大半だ。おまえだってそうだろ?」
「そんなことない。ちゃんとそこそこ覚えてるわよ。さすがに目覚めて数日の記憶はほとんどないけど、そのあとのことはそこそこ覚えてる。忘れてることもあるけど、覚えてることのほうが圧倒的に多い。ヒョーマ、そんなに記憶ガバガバなの……?」
「ああ……まあ、割とガバガバだな。おまえとパーティを組んで以降の記憶はなぜかけっこうしっかりしてるんだけどな。印象的なことだったらすぐに思い出すこともできる」
「……そう、なんだ。でもそれはけっこう嬉しいかも」
まんざらでもなさそうな顔で、アカリが言う。
彼女は続けて、
「でもあたしも、ヒョーマとパーティ組んだあとの記憶はすごいしっかりしてる。たまに穴あきあるくらいで、十七日前の朝に何してたかとか地味に覚えてるもん」
「何してた?」
「リンにきついツッコミ入れられてた」
「いやそれだいたい毎朝入れられてるだろ」
少なくても、三日に一度は入れられている。まあ、実際覚えているのだろうが。
「まあけど、不思議な現象ではあるよな。なんでだろうな?」
「なんで? そんなのかんたんじゃない。不思議なんかない。仲間が、出来たからよ」
仲間が、出来たから――。
アカリはかんたんに言うと、さらなる言葉を自信満々に続けて放った。
「一人じゃなくなったから。それがすべてよ。ほかに理由なんてないわ」
「…………」
寝耳に水だった。
思いも寄らない発想。ヒョーマにはそんな考えはまるでなかった。
でも、アカリは違う。彼女はそういった発想をする。
するのだと、分かった。
と、アカリはそこで、ほんの少しだけ両目を伏せると、声のトーンを若干と落として、
「……だって、一人は孤独だし、つまらないし、何より淋しいもん……」
「淋しい?」
おうむ返しに訊くと、アカリはすなおにコクリと頷き、
「朝起きたら誰もいなくて、一人でご飯食べて、誰とも話さないでベッドに入る。そんなの……淋しいよ」
(淋しい……)
その発想も、ヒョーマにはなかった。
淋しいと感じたことは、一度もなかったように思う。アカリをパーティに誘ったのも、誰かと組んで戦ったほうが、より多くの実戦を効率的に積めるようになるだろうと考えたからだ。回復手段がない自分にとって、ヒーラーのアカリはノドから手が出るほど欲しい人材でもあった。
あの日、あの宿屋の一階で隣同士の席になったとき――ヒョーマは天の導きとばかりにアカリを誘った。彼女にとっても、前衛タイプの自分と組むことは利が大きい。お互い、ウィンウィンの関係だと当時は思っていたのだが……。
(コイツ、あのときそんなこと思ってたのか……?)
意外だった。自分と同じように考えているものだとばかり思っていた。
否、比較対象が自分しかいなかったので、当時のヒョーマは誰もが自分と似た考えのもと、行動しているとそう疑いなく信じていたのである。
でも、違った。
当たり前だ。十人いれば十人の考えがある。今ならそれが分かる。が、当時のアカリの心情がそういったモノだったとは、あのときのヒョーマには到底知る由もなかった。
(……なんか、悪い気がしてきたな……)
誘った理由がヒーラー欲しさ、かつ目玉焼きには醤油派というのがいたく気に入ったから、だけとは言えない。
アカリは仲間であり、家族であり、相棒である。見ていて飽きないし、一緒にいて楽しい。一緒にいて、一番気が休まるのも彼女だ。
が、それは今でこその話で、当時は本当に前述の理由のみで誘った存在に過ぎなかった。過ぎなかったのである。
ヒョーマは、ベンチを立った。
後ろめたさの風が、そっと心を吹き抜ける。
彼はそのまま、手持無沙汰に周囲を巡った。
呼び止める声が響いたのは、ヒョーマがちょうどゴミ箱付近に差し掛かったあたりだった。
「ヒョーマ」
呼ばれて、振り向く。
アカリと、再び視線が合う。
破顔一笑、彼女は言った。
「あたしをパーティに誘ってくれて、ありがとう」
後ろめたさが、マックスになった。
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