第16話 突っ込む女


 シンたちは、バトルの真っただ中にいた。


魔力エネルの残量は平気ですか、シン?」


「問題ないよ。リンも疲れてない?」


「まったく。想像してたよりクソ雑魚ですね。数が多いだけです」


 相手は、多数の兵士。


 まさか、出入り口に唯一通じるこの大広間(ヒョーマたちとの合流予定地)で待ち伏せ・・・・されているとは思わなかった。つまりはかなり早い段階で侵入に気づかれていたということになる。侵入者の人数を把握したうえで、個別確保よりも一網打尽を選んだのだ。そのための、この戦術まちぶせ


(でも、リンが言うように本当にたいしたことない。数は多いけど、魔法も使ってこないし。剣や槍での近距離攻撃のみ。それにしても、なんで魔法使ってこないのかな……?)   


 ありふれた能力なのに。


 使ったほうが明らかに戦闘が有利になるのに。


 誰一人として使ってこない。ありがたい話ではあるが、その不自然さがなんとも不気味ではあった。


「トラの救出に成功したのは良いけど、戦力としてもう少し役に立ってくれたらなぁ……」


「バフ、デバフを的確なタイミングでかけてくれるミサキさんは助かりますが――あのヒト、おっぱい触る以外になんか取り柄あるんですか?」


「ないね。一応、地味にそこそこ削ってくれてはいるけど。ホント、驚くほど地味に……」


 が、一人分の戦力にはまるでなっていない。仮にここにいたのがトラではなくヒョーマだったら、もう相手の戦力は今の半分以下にまで減っていただろう。ゴールは近かった。


 同じことを思ったわけではないだろうが――リンが、しびれを切らしたように言う。  


「残り三十人弱。バラけて戦いましょう。このレベルの相手ならそっちのほうが効率的です。もちろん、シンがピンチになったらすぐに戻ります」


「えっ、ちょっと待って。バラけて戦うのはさすがに。不測の事態とか起きたら……」


「起きません。この程度の相手では。では、わたしはあっちの密集地帯に突っ込みます」


 言うと同時、リンが望んだ密集地帯へと一足飛びで姿を消す。


 彼女のバトルスタイルは拳闘士ファイターだ。武器を使わず、己の肉体のみで相手を叩きのめす。その小柄で華奢な体躯からは想像できないほどにとてつもない威力の打撃を繰り出すのである。


 リンが突っ込んでわずか数十秒で、すでに五人の兵士が冷たい床に戦闘不能で突っ伏していた。


(心配しすぎだったかな……。むしろやばいのおれのほうかも。ちゃんと自分の相手に集中しないと……。リン抜きだと、おれの身体能力じゃ一瞬たりとも気は抜けない)


 意識を切り替え、自身の役目に集中する。否、しようとしかけた刹那、だがそれは起こった。


 バンっ!


 と、そんな感じの聞き慣れない衝撃音が突と鳴り――。


 視線の先の、リンの身体がおもむろに後方へと崩れる。


 シンは、悲鳴に近い叫声を張り上げた。


 理解が追いつかない。出し抜けの混乱が、激しく頭をシェイクする。シンは両目を見開いたまま、ただリンの名前を目一杯叫ぶことしかできなかった。


 事態は、風雲急を告げる。



      ◇ ◆ ◇



 ヒョーマはそこにたどり着くなり、速攻の斬撃を打ち払った。


 断末魔の叫びを上げ、そうして最初の一人が崩れて落ちる。視界がひらけ、ヒョーマは一気に最前線へと躍り出た。


 大広間。


 シンたちとの合流場所に指定した、出入り口へとつながる縦に長い広大な空間。その場所は、多数の兵によって埋め尽くされていた。待ち伏せされていた、というシンプルな状況ではない。そこは敵味方入り乱れる、複雑怪奇な戦場だった。


(なんだ……? どういう状況だ? トラとミサキがいるってのは分かる。つまりはトラの救出には成功したってことだ。じゃあ、シンとリンはどこだ? アイツらの姿は……)


 高速で視線を周囲に巡らす。と、すぐに目当ての片割れは見つかった。数メートル先で、鎧の兵士に囲まれていたリンである。過去形で表記したのは、もうすでに囲まれている状況を脱していたからだ。ヒョーマが近づこうとしたときには、数人の兵が四方八方に吹き飛ばされていた。まさしく獅子奮迅の働きであった。


 が。


 バンっ!


 突如として響いたその爆音が、全てを崩す。


 その音が鳴った直後、それまで快刀乱麻に敵の陣形を切り崩していたリンの身体が、突風にあおられたように突然と浮き上がり、そのまま後方へと流れて落ちたのである。


 起きた事象の全てを理解したわけではなかったが、ヒョーマはとっさに最優先の行動を取った。為すべき行為は明確で、惑う余地など存在しない。


 ヒョーマは、脱兎の勢いで倒れるリンの身体をさらって消えた。


 ギリギリだった。リンの身体を抱きかかえ、石柱のかげに隠れた直後、その柱に何かが当たった音がした。乾いた音だ。何かとてつもない速度のモノがその柱を叩いた。ヒョーマは背筋がゾッとするのを感じた。それは今までに感じたことのないたぐいの恐怖だった。


(あの野郎……今なにしやがった!? 槍みたいな武器の下から魔法のような攻撃が撃ち放たれたように見えたが……。が、魔法じゃねえ。魔法じゃねえってのは断言できる)


 魔法ではない。が、それが何かまでは分からない。


 ヒョーマは一度、その思考を切って、腕の中のリンへと視線を移した。


「平気か、リン!」


「ん、ぐ……ッ! 左肩に、何かが当たりました。でも……へいき、です」


 ひたいにあぶら汗をにじませ、リンが苦しげに答える。不意の衝撃に、彼女は混乱しているようだった。短い呼吸を何度か繰り返し、必死に気持ちを落ち着かせようと試みている。やがて彼女はいくぶんかの平静を取り戻した。


 と。


「…………ッ!」


「こっからじゃ見えにくいが、発生源は間違いなくあの武器の下……て、痛てぇっ!」


「お、降ろしてくださいっ! わたしは平気ですっ! 平気なので――」


「な、なにすんだ、リン!? 急に暴れんなッ! 顔押すな! 相手の動きが見え――」


 バンっ!


 みたび同じ音が鳴り、左の頬付近を謎の烈風が吹き抜ける。ヒョーマは慌てて、柱のかげに再度頭を戻した。


 周囲を警戒する。


 追ってくる敵がいないことを確認すると、ヒョーマはゆっくりとリンの身体を石畳の床に降ろした。そのまま、手招きでアカリを近くに呼び寄せる。


「リンが傷んだ。回復魔法をかけてやってくれ。俺はあの厄介な武器を持ったヤツらをつぶす。何人かいるが、ヤツらさえ倒せば、容易にこの場を切り抜けられるはずだ」


「了解。リンのことはまかせて」


「頼んだぞ!」


 リンをアカリに託して、ヒョーマは爆裂の勢いで柱のかげを飛び出した。


 またたく間に、目的の兵士との間合いが消滅する。


 相手が何かをするよりも速く、ヒョーマは手にした剣を迅速に振るった。


 鉄製の鎧の隙間から、血しぶきが上がる。


 一撃で仕留めたと確信したヒョーマは、すぐさま次なる目標に視点を定めた。


 が。


 ズダン!


「――――ッ!?」


 破壊。


 文字どおりの、破壊の一振り。


 シューヤの大剣が、ヒョーマの獲物を鉄の鎧ごと木っ端みじんに粉砕する。


 ヒョーマは、とっさに叫んだ。


「シューヤ、柱のかげに隠れろ!!」


「――――っ!?」


 応じたシューヤが近くの柱に姿を隠すと――先刻同様、そのすぐあとに乾いた音が柱を叩く。


 同種の兵は残り三人、かなり厄介な状況だと判断せざるを得なかった。


「ンだあの武器は!? 今のは魔法か?」


「いや違う。おそらくあれは魔法じゃない。が、下手すりゃ魔法より厄介な――」


「あれは銃剣です! 無防備に姿をさらすのは危険だと思います!」


 響いた声に、ヒョーマは反射的にその方向を見やった。


 ホノカだった。


 自分たちと同じように、一本の柱に身を隠した彼女は、自信ありげに自らの胸をポンと叩いて、


「柱に身を隠したまま、魔法で仕留めるのが常道! ここはわたしにお任せください!」


「ちょ、待て……ッ! 銃剣!? おまえ、なに言って――」


わがままな尖塔セルフィッシュロックっ!」


 放たれた言霊が、戦局を変えるつるぎとなる。

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