第15話 リスクを取る女


 ボーデン城、西棟地下一階。


 ヒョーマ、アカリ、シューヤの三人は、暗がりの城内を一心不乱に駆けていた。


(パーティを二つに分けるってのは思い切った作戦だが、確かにこのほうが確率は上がる。二分の一で外すってリスクはなくなるからな。確実にトラの牢屋を当てられる)


 シューヤが事前に町の情報屋から買った情報を元に、ヒョーマたちはパーティを二つに分けた。


 牢獄は城の東棟と西棟の地下にそれぞれ設けられているらしく、どちら側の牢屋にトラが拘束されているかまでは分からない。


 つまりはパーティを二つに分けるのが最善と判断したのである――さすがに一度侵入すれば察知される可能性は高く、どちらか一方を調べてからもう片方へ、という余裕はないだろうとの考えからだ。


 一応、最近町に来た者が西棟に拘束されている、という情報もあったため、火力重視で主力をこちら側に割いたのだが――回復に関しては逆にかなりあれな感じになってしまった。


 ヒョーマは、念を押すように隣を走るアカリに言った。


「今はおまえしかヒーラーいねえんだから、頼むから前には出るなよ?」


「……分かってるわよ。あたしはそんなに馬鹿じゃない」


 馬鹿じゃないなら普段のあの行動はなんなんだ、と思ったが、面倒臭くなりそうだったので口に出すのは控えた。今は時間との勝負。無駄なやり取りはできるだけ避け、一刻も早くトラを救い出す。ヒョーマはそのことに全神経を集中させた。


 と。


「シューヤ、牢屋だ! 左右に三つずつ、左奥に誰か入ってるぞ!」


「――――っ!」


 発見。


 袋小路の左右に独房が三つずつ、計六つ。五つは空室。だが、左奥の一室にだけ人の気配があった。


 ヒョーマたちはまっすぐにその独房の前へと移動した。


 中を確認する。


 トラではなかった。


「ちっ、こっちじゃなかったか。あの情報屋、テキトーな情報売りつけやがって……!」


「どうする、シューヤ? 引き返して東棟のほうに向かうか? それとも、アイツら信じて合流地点に――」


「あーーーッ、ホノカ!!」


 割って入ったアカリの声に、シューヤとの会話を中途で切られる。


 ヒョーマは、反射的に彼女のほうへと視線を流した。アカリは驚きの表情を浮かべて、鉄格子越しに中の囚人と向かい合っていた。


「アカリさん!?」


 囚人服姿の少女が、アカリ同様驚愕フェイスで叫ぶ。


 アカリは両手で鉄格子をガッとつかむと、


「なんであんたまで捕まってんの!? なにしたのよ!?」


「いえ、たいしたことは……。一度食い逃げしただけで」


「食い逃げしたの!?」


 そうらしかった。


 食い逃げ犯――ホノカと呼ばれた少女は、いたって真面目な表情で、


「いえ、払うつもりではいたんです。でも、手持ちのお金が二百八十ゴーロあると思っていたら二百七十ゴーロしかなくて……」


「いやギリギリすぎんだよ! その状況でなんで二百八十ゴーロの品を注文するんだよ! 普通は二百ゴーロくらいの食い物にしとくだろ!? そこでリスク取ってどうするよ!?」


「い、いえ、けっこう自信はあったんです。普通にイケるかなぁ……と。それにもし足りなかったとしても、数十ゴーロくらいならワンチャン見逃してくれるかなぁって……」


「見逃してくれるわけないじゃない!」


 アカリに言われたらおしまいだ。


 ヒョーマは虚脱した。いや虚脱してはいけない。していい状況ではとてもない。


 思い直して、気を引き締め直す。いら立ち気味なシューヤの声が飛んだのはそのときだった。


「おい、ブレインプリン! ンなヤツはほっとけ!」


「ブレインプリンってなに!? 脳みそプリンってこと!? ふざけんなッ、クソ馬鹿シューヤ!」


 憤怒の眼差しでシューヤをにらみつけ、アカリ。


 彼女はその勢いのまま、鉄格子に向き直って、


「ホノカ、待ってて。今、助けてあげるからね。この辺、強度弱そうだから何回か武器で叩けば……」


「おい、マジか……? ソイツ助けるつもりか? アカリ、俺たちにそんな時間的余裕は……」 


「ちっ……クソが。おら、どけ。テメエじゃらちが明かねえ。オレがやる。下がってろ」


「ちょ、あんたの力なんて――」


 バシュッ!


 一刀。


 文字どおりの一振り。


 袈裟斬りに振り下ろされたシューヤの一刀が、鉄格子の檻を真っ二つに切断する。わずか数瞬で、囚われの少女は解放の幸運を得た。


「……くやしいけど、やっぱ無茶苦茶強いわね、アイツ……」


 心底悔しそうな顔をして、アカリがつぶやく。


 ヒョーマは逆に心の中に安堵を浮かべた。シューヤの腕はにぶってない。これなら仮に兵士に見つかったとしても、よほど大人数に囲まれないかぎりは突破が可能だ。光明が差した気がした。


「すみません、助かりました。このご恩はいつか必ず」


「いらねーよ。さっさと出ろ。時間が惜しい。言っとくが、テメエを守ってやる余裕なんざねえからな」


「分かっています。わたし、こう見えてけっこう戦えるんですよ。お邪魔にはなりません」


 得意げに小首を上げて、ホノカ。


 彼女はそのまま、ヒョーマとアカリに近づき言った。


「アカリさんも、助けようとしてくれてありがとうございます。ヒョーマさんには特に何もされてませんが、ついでにお礼を」


「いやいらんわ。当てつけかっ」


 半眼で言って、ヒョーマはその場を離れた。


 チロを交えて何やら楽しげに話し込んでいるアカリとホノカを横目に――そうして、シューヤと今後の大事を話し合う。


「で、どうするよシューヤ。俺らも東棟に向かうか?」


「いや、まずは合流地点だ。そこにアイツらがいなかったら、そのまま東棟に向かう。どのみち、東棟への通り道だ。ほとんどロスはねえ」


「気になる点もあるぜ。ここまで兵士との遭遇ゼロだ。こんなことってありうるか?」


「泳がされてる可能性を言ってんのか? だとしても、アイツらと合流するまでは当初の予定は変えられねえ。柔軟に動くのは、全員の無事を確認したあとだ」


「まあ、そりゃそうだ」


 結論し、ヒョーマたちは当初の予定どおりシンたちとの合流地点へ向かった。


 罠だった。

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