第14話 ファンモンな女
翌朝――。
「うぅー首痛いぃぃー、頭まだクラクラするぅぅー」
借りた宿屋の一室で、目覚めたアカリが予想どおりに不平を鳴らす。ヒョーマはやれやれと首を左右に振った。
「だから悪かったって謝ってるだろ。力加減間違えたのは」
「叩いたこと謝りなさいよ!」
「いや、あのときはああするしかなかったんだよ。兵士に見つかったら危険な状態だったし」
「口で言ってくれたら、ちゃんとおとなしくしてた! あたし、子供じゃないんだから!」
「何言ってるんですか。アカリさんは『ファンモンな女』じゃないですか」
「ファンモンな女ってなに!?」
「ファンキーな行動、モンキーな知能、ベイビーな考え方」
「全部悪口じゃないッ!」
ごつん、と過去一重いげんこつが、リンの頭に突き落とされる。さすがのリンも涙目になった。シンに頭をさすられながら、調子に乗り過ぎた己の失態にシュンとうなだれる。
ヒョーマはそれを区切りの好機と受け取り、速やかに話を本題へと移した。
「んじゃ、さっそく行動を開始するか。まずは町を一通り見てまわり、ついでに例の確認もおこなう」
「『記憶の有無』の確認だね。この町の住民の」
「その確認、新しい町に着くたびやる気なの? それが分かったからって、あたしたちの記憶が戻ることにつながるとは正直思えないんだけど」
「俺たちの町が特別なのかどうかの確認にはなるだろ?」
「だからその確認になったからってなんなのって話なんだけど……」
「まあ、やらないよりはマシって程度かもしれないけど……。でも、データが増えるのはマイナスにはならないよ。その過程で何かを思い出したりする可能性だってなくはないし。それにたいした労力じゃないしね」
「地味にけっこうめんどくさいんだけど……」
と、そんなことを言いつつも、アカリも了承したように宿を出る。だが、宿を離れて数分としないうちに、彼らの聞き込みは中断の憂き目にあった。
思わぬ形で。
それは本当に、思ってもみなかった不測の中断だった。
「シューヤっ!!」
それを発見するなり、アカリが大声で叫ぶ。
視線の先、十メートル。酒場の外壁にもたれるように、見慣れたスカーフェイスが立っている。隣には、同じく見慣れた眼鏡っ娘の姿もあった。だが、映ったのはその二人だけ。変態黒縁眼鏡の姿は視界のどこにも存在しなかった。
存在しなかったのである。
◇ ◆ ◇
それは、予想だにしていなかった一言だった。
「トラの命が、あぶねえ……」
「……は? いやどういうことよ、それ。何があったんだよ?」
「アカリー、どうしよどうしよー!! トラくんが死んじゃうよぉー死んじゃうよおー!!」
「な、なになに? なんでそんなことになってんの!?」
「死ぬ、とは穏やかじゃないですね。右腕一本なくなった、とかなら『へえー』で終わる話ですが」
「リン、いくらトラでも右腕一本は『へえー』では終わらないと思うけど……」
終わりそうでもあるが。
だが、今のこの事態はそれ以上の緊迫さを帯びていることに間違いはない。
ヒョーマたちは、深刻な表情でうつむくシューヤと鼻水まで垂らしながら大泣きしているミサキから事の詳細を聞いた。
事の詳細――。
フェーズ1 トラ、すれ違いざまに女王の両胸にグータッチ。
フェーズ2 死刑になる。
全てを話し終えたシューヤは、やりきれないといった感じで両目を背けて、
「ちっ、あの馬鹿が……」
「いやマジで馬鹿じゃねーか!? あまりに馬鹿な理由じゃねーか!? なにやってんの、あいつ!?」
まさかここまでの馬鹿とは思わなかった。馬鹿をしでかす奴だとは思いもしなかった。
「アカリー!」
「あーよしよし。でもミサキ、あいつ、ここらで一回死刑にでもあって自分を見つめなおしたほうがいいかもよ」
「一回死刑にあったら死んじゃうよー! 死刑なんだからー!」
「まあ、そだけど……」
ド正論である。
「……で、決行はいつよ? さっきの言い方だとまだ猶予はあるんだろ?」
「明日だ」
ほとんどなかった。
「それはもう、救出不可能なのでは? あきらめて、二人パーティを受け入れては?」
「ちょっとリン!?」
「うわーん!! そんなの受け入れられないよーっ!! ぜったいぜったいムリ―!!」
「あーもう、そんな泣かないの。あたしたちも手伝ったげるから。大丈夫だよ、ね?」
「う、ん……。ありがと……」
アカリに
「たち、も……? もしかして、わたしたちもその数に入ってるんですか?」
「だろうね。でも、さすがにほっとけないし、手伝ってあげよう」
「……ハァ、しかたないですね。シンがそう言うなら手伝います。面倒臭さ、マックスですけど……」
リンが、観念したように肩を落とす。ヒョーマはだが、助っ人を名乗り出れずにいた。
(明日ってことは、もう完全に力技しかねえ。強引に城に乗り込んで、おそらくどっかの独房に閉じ込められているだろうトラを救い出す。で、そのままこの町とおさらば。城の奴らがどこまで追ってくるか分からねえし、そもそもたった六人で救い出せるのかも未知数だ。リスクとリターンがまるでかみ合わねえぞ……)
成功しても、おっぱいマスターが戻るだけ。ヒョーマの本能は、このまま話を聞かなかったことにして先に進め、と理性に強く訴えかけていた。
滅茶苦茶強く。
「これはオレら三人の問題だ。訊かれたから事実を答えただけで、テメエらの助力を期待しての行動じゃねえ。申し出はありがてえが――」
「腕は当然、なまっちゃいねーよな?」
「あ、ああ……て、テメエなに言って……」
「手伝ってやるよ。それ以上聞くな。勢いで言ってんだからよ。この勢いのまま、黙って共闘させろ」
理屈に合わない決断は、いつだって勢いのブーストが必要だ。
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