第13話 首すじを叩かれる女


 暗い夜道をひたすら歩く。


 それぞれがランプを手に、自らの足もとのみを照らして。


「急いだほうがいいって――あたしたち、なんかの競争させられてるの?」


「そこまでは分からねえよ。俺は言われたままを伝えただけだ」


「なーんか、胡散くさいのよねー。あんたが一番資質あるってのも嘘くさい。自慢げに聞こえる。作り話じゃないの?」


「俺が一番強いってのは事実だろ?」


「事実ですね」


「事実だね」


「事実かもだけど……なんか腹立つ!」


 吐き捨て、アカリがそっぽを向く。


 彼女はそのまま、瞳だけをこちらに向けて、


「あたしが直接会ったわけじゃないし、信じらんないわね。まあ、一応急いであげるけど」


「ああ、それでいいよ。急いでくれりゃあそれでいい。シンとリンはどう思う?」


「出遅れてるって言葉は気になるね。その言葉を伝え聞いたあと、なんとなく心がざわついた気もするし」


「わたしはシンと違います。それ聞いても凪でした。でも、みんなが急ぎたいなら急ぎます。記憶を取り戻すこととリンクしてる可能性もあるので」


「そうね。あたしたちの目的は記憶の奪還だもんね。すっかり忘れてたけど。それになんかよく分かんないけど、もし競争させられてるならぜったい勝ちたいし」


「優勝賞品が都合よく、『失われた記憶』ってんなら最高なんだけどな」


「そうじゃなくても、その道中で取り戻せるかもしれないし。急ぐって言ってもやみくもに急がずに、ペース配分はちゃんと考えよ」


「ああ、シン。それはもちろんだ。道中でスタミナ切れを起こしたら余計ペースダウンになっちまうからな。道中は急ぎ、町ではそれなりに休息を取る。その方向で行こう」


「滞在期間を最長で三日と決めたらどうですか? 不測の事態が起きないかぎり、二、三日で次の町に向かう。体力の回復にはそれでじゅうぶんかと」


「決まりね。リンの提案を採用。それじゃ、あの町にも最長三日の滞在ってことで」


 あの町。


 アカリの指さす先に、うっすらと『それ』が見える。ヒョーマはランプをかかげて、その方向を見やった。


 第三の町が、威風堂々とその口をさらしていた。



      ◇ ◆ ◇



「ちょ、ちょっと!? なにあれ! なにあれ! なんなのあれ!!」


 アカリが、とりあえずはいったん落ち着け、と言いたくなるほどの表情で驚き叫ぶ。


 が、無理もなかった。ヒョーマも一歩間違えば、アカリのようにアホな言葉を連発してしまいかねないほど、目の前の光景は圧巻だった。


 圧巻。


 とてつもなく巨大な建物が、町の中央に鎮座ましましていたのである。


「あんな巨大な建物……どうやって作ったんだ?」


 ヒョーマの家の十倍以上は優にある。何人が、何年かけたら作り上げることができるのか。それはもう、ヒョーマたちの常識で推し量れるものではなかった。


「とりあえず、近くに行ってみます? ここからだと薄暗くて良く見えないので」


「え、行くの……? 宿屋に泊まって、朝になってから見ればよくない?」


「俺もシンの意見に賛成だ。近づくにしても、わざわざこんな夜に――」


「でも、もうアカリさんがあの建物のほうに走って行っちゃいましたよ」


「嘘、だろ……?」


 嘘ではなかった。


 ヒョーマは眉根を押さえて、アビスの底に巨大なため息を落とした。町に入った直後、首すじを叩いて気絶させておかなかったことを彼は心の底から後悔した。



      ◇ ◆ ◇



 入り口の門の前に、鉄製の鎧を着た屈強な男が二人立っていた。


 ヒョーマは、小声でほかのメンツに警告した。


「ランプは上に向けるなよ?」


「分かってる」


「アカリさんを気絶させて正解でしたね。ぜったい、ランプ上に向けてましたよ」


 間違いない。


 追いつくなり、首すじを叩いて正解だった。あとで文句を言われるだろうが。


「しっかし、厳重だな。アイツら、あの門を守ってるわけだろ? あの中に誰が――」


「女王様よ〜」


「――――っ!?」


 真後ろで突如として響いた声に、ヒョーマはゾッとして振り返った。タイミングを同じくして、シンがぼそりとつぶやく。


「あらあら姉さんだ」


 あらあら姉さんだった。


 相変わらずの呑気な表情で、こちらをのぞき込むように立っている。


「どこにでも現れるな、あんた……」


 遭遇率がハンパじゃない。


 記憶喪失の町を離れて以来、ほかの知り合いとはまだ一度も会っていないというのに……。


「あの兵士さんたちは、お城に怪しいヒトが入ってこないよう見張ってるのよ〜」


「そうなのか…………ん、お城?」


「お城?」


 疑問の言葉が、シンと重なる。


 あらあら姉さんは、小首を傾げて、


「あらあら、わたし何か変なこと言ったかしら?」


「ああ…………いや」


 城。


 城だ。どこをどう見ても、あれは『城』である。そして、入り口の前に立つ鎧を着た二人は『兵士』だ。まごうことなく、その認識が正解である。


「城、だな」


「城ですね。そして、あの門番二人は兵士です」


「女王様はあの城の城主だね。たぶん、この町を治めてるのも女王様だよ」


 次から次へと。


 まるでせきを切ったように、それらの『常識』がヒョーマたちの頭を駆け巡る。やがて彼らは、その当たり前を当たり前として正しく認識するに至った。


 気分一新、ヒョーマは言った。


「とりあえず、今日は宿に向かうか。これ以上、ここにいても何の意味もない」


 全員一致で、彼の意見に賛成した。

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