第42話 幕間 ⑦
病院は嫌いだ。
何もかもが嫌いだ。
白い天井、リノリウムの独特な匂い、ロビーにはびこる圧倒的な負のオーラ。好きな部分がひとつもない。
俺は廊下の椅子に座りながら、カタカタと下品に足を鳴らしていた。
「落ち、着いて……ヒョウ。きっと、大丈夫だから。手術は……成功するわ」
すぐ隣から聞こえてきた声に、俺は過敏に反応した。
「当たり前だろ! 失敗なんかするかよ!」
「ヒョ、ヒョウ……ここは病院よ。あまり大きな声は……」
「あ、ああ……分かってんよ。母さんがくだらないこと言うからだろ」
「そ、そうよね。ごめんなさい。でも心配しなくても、メイちゃんなら大丈夫。あんなに若いんだから。体力だってあるし、そんなかんたんにどうにかなったりなんかしないわ。手術はきっと成功する。今日の夜にはみんなハッピーよ」
「いやそういうトコなんだよ。どうにかなるとか、んな言葉たやすく出すなよな」
「ご、ごめんなさい。そ、そうね。縁起が悪いわよね……」
「ったく……」
俺は頭を抱えた。
最悪だ。
ジッとしていると、最悪の可能性ばかりが頭をもたげる。
自分がこんなにマイナス思考だったなんて今日まで気づかなかった。
新鮮な発見だが、気分は最悪だ。
「……くそッ」
吐き捨て、俺は爪をかんだ。
子供の頃からの悪癖だ。不安やあせりが募ると、無意識に足を鳴らしたり、爪をかんだりしてしまう。子供の頃は、それでよくメイにからかわれた。
メイとは腐れ縁だ。
小五のクラス替えで隣の席になって、以来、ずっと友達だった。
付き合い出したのは高校に入ってからだが、付き合い初めは妙な感覚だったのを覚えている。友達から恋人に切り替わったあとの数日が、なんとも言えずぎこちなかった。
メイはどうだったのだろう。
そう言えば、聞いてない。そういう話になったことも、今まで一度もない。あとで訊いてみよう。
必ず、あとで――。
と。
「ヒョウ!」
不意に呼びかけられ、俺は不機嫌な声で応じた。
「……なんだよ?」
「あ、あれ!」
俺はゆっくりと、母さんの指さす先に視線を向けた。
直後、俺は飲みたくもない唾を飲み込むはめにおちいった。
手術中。
その文字を彩る、赤い色の電灯が消えている。
思わず、中途半端に腰を浮かせると、俺は所在なさげに両目を泳がせた。
「ヒョウ……」
母さんが、不安げな眼差しで俺を見上げる。俺は何も答えることができなかった。妙な体勢のまま固まり、ただ、扉の奥を見つめることしかできなかった。
やがて、突き当たりの扉がおもむろにひらき、中から白衣に身を包んだ四十がらみの男が姿を現す。
「先生ッ!」
俺はおどりかかるように男にせまると、切羽つまった口調で問いただした。
「メイは――手術の結果は!?」
「…………」
沈黙。
実際、それは数秒という短い時間だったのだろうが、俺には悠久のごとく感じられた。
その悠久の
張りつめた空気の中、そうして彼は重々しい口調で『残酷』を告げた。
「……残念です」
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