第45話 決着。そして……


 シンは、冷静に戦っていた。


 リンが吹き飛ばされたときは一瞬、我を失いかけたが、ヒョーマの一声ですぐに冷静に立ち戻れた。


 その後に放たれた彼の『回復不可』というフレーズは気になるが、それを考えてしまったら思考のドツボにはまってしまう。


 今は額面どおりのみ受け取り、魔力エネルと時間の無駄を省くため回復魔法は使わない。


 リンのダメージもさほどでないと楽観し、目の前の強敵に全神経を集中するのが自分に課せられた使命である。


 そうしなければ、この戦いは勝利できない。生き残れない。シンは冷静に、みたびの最上級雷撃魔法を漆黒のモンスターに向けて撃ち放った。


(このモンスターの弱点は雷撃。最初の一撃でそれは分かった。リンが前線でがんばってくれてるあいだに、ほかの系統も一応全部ためしたけど、雷撃以上に効いた魔法はなかった)


 それが分かったからには、やることはひとつ。


 シンプルに、雷撃系最強魔法ブレス・ライトニングを放ち続ける。


 魔力エネルが尽きるまで。


 それで倒しきれるかどうかは分からない。


 現時点での相手の状態を見るかぎり、倒しきれない可能性のほうが高いかもしれない。それでも、体力は相当数削れる。それに応じて、動きもだいぶにぶくなるはずだ。


 動きがにぶれば、あとは前衛がケリをつけてくれる。うちの前衛二人は、世界最強のコンビなのだから。


 シンは、四度目のそれを最高峰の空から呼び寄せた。


 数秒のラグを経て、五発目も続けて放つ。ここまでは順調。全て命中し、目論見どおり相手の動きも若干だがにぶりつつある。この段になれば、もう倒しきれないことは明白だが、あとは仲間を信じて限界まで削り続けるだけ。


 シンは六度目の雷撃を放とうと、意識の全てを両手の指先に集中させた。  


 が。


「――――っ!?」


 そこで、想定外の事態が起こる。


 相手の進行速度が、急激に増したのである。


 それまでは、五、六メートル間隔でこちらに近づいていた。次の魔法を放つまでのわずかな隙をついて、こちらとの距離をそれだけ詰める。それはかなりのスピードだったが、想定内のレベルでもあった。


 まだ距離のゆとりはだいぶある。そう思っていたシンは、だが敵の突然の驚速スピードアップに完全にリズムを崩された。


(しまっ――)


 集中が乱れ、魔法を外す。


 この戦闘で初めて犯したイージーミス。それはだが、これまでの数十秒間の完璧を根こそぎ無に帰す致命的な失態となった。


「…………っ」


 シンは、絶望に固まった。


 漆黒の体躯が、音もなく眼前に踊る。


 できることなど、何もなかった。


 茫然自失以外に、できることなど何も。


 怪物が、無言のままに残酷な右腕を振り下ろす。


 シンは、両目をきつく瞑った。


 ざしゅっ!


 皮膚を貫く音が鳴り――。


 大量の血しぶきが、シンの顔面にベトリと触れた。



      ◇ ◆ ◇



「ナイスだ、シン。この戦いのMVPは、間違いなくおまえだよ」


 声が、流れる。


 シンはゆっくりと両目をひらいた。


 映ったのは、良く知る男の良く知る背中。この光景を、今まで何度見たことだろう。この光景に、何度安心を与えられたことか。後ろから見る、安定の背中。


 シンは、雷電のごとく叫んだ。


「ヒョーマっ!!」


「ガ、ガ……ギ、ァァァ……!!」


 その声と、断末魔のうめきが重なる。


 左胸を正確無比に貫く、完璧な一突き。黒ずくめのモンスターの肉体は、ゆっくりと土の地面にくずおれた。


 シンは、笑って言った。


「それって嫌味? MVPは間違いなくヒョーマじゃん。そんなカッコよくトドメを刺したんだから。まあ、いつものことだけど」


「いや、おまえが冷静に敵の体力を削ってくれたおかげだ。MVPはおまえだよ。ンなことより、おまえまだ回復魔法を使えるだけの魔力エネルは残ってるか?」


「回復魔法?」


「使えるなら、リンのところへ行ってダメ元で使ってやれ。アイツを倒したことで、回復魔法が効くようになってるかもしれない。リンは重傷だ。急げ」


「リンが!?」


 シンは、反射的にリンのほうを見やった。


 まだ倒れたまま、起き上がってはいない。おなかのあたりを苦しげに押さえて、彼女は芋虫のように小さな身体を丸めていた。それでも視線だけはこちらにとどめていたのは、この戦いの結末だけは何がなんでも見届ける、という強い執念からだろう。シンには、リンのその気持ちが痛いほど分かった。


「ごめん、行ってくる!!」


 叫ぶようにそう言って、シンはすぐさま踵を返した。


 このときのシンは、リンのことで頭がいっぱいだった。


 ほかのことに気を回しているゆとりなどとてもなかった。


 ゆえに、彼は気づいていなかった。


 ヒョーマの足もとに、ボトボトと大量の血が滴り落ちていたことに、彼はまったく気づいていなかったのである。

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