気がついたら記憶を失くして異世界っぽいところにいた ～記憶を取り戻すため、パーティの仲間と共に未知なる世界を巡ります。ちなみに仲間もみんな記憶ないです～

第44話 最後の戦い

　全身黒の不気味なモンスター。

　思考が弾け、ヒョーマの頭に稲妻が落ちる。

　彼は一瞬でリンのそばまで駆け寄ると、そのまま、確認するような口調で一気にまくし立てた。

「リン、アイツだな！？　アイツなんだな！？　アイツで間違いねえんだな！？」

「間違いないです！　アイツです！　アイツがアカリさんを……ッ！！」

「待って！　あの個体とはかぎらない！　もしかして同じようなのが何体もいて――」

「アイツです！　わたしには分かります！　分かるんです！　ぜったい許さない！！」

「リン、落ち着いて！　落ち着かなきゃ勝てない！　アイツはシューヤたちでも――」

　だが、シンが言えたのはそこまでだった。

　獣のような咆哮を上げ、リンがしゃにむに突進する。

　ヒョーマもすぐさま、そのあとに続いた。冷静にならなくてはいけない。そんなことは百も承知だったが、冷静になれるはずはなかった。

　目の前に、アカリを殺した仇が立っている。思考するなど不可能だった。

「祝福の雷撃（ブレス・ライトニング）！」

　巨大な雷槍が、天から落ちて敵を貫く。

　シンの放った最上級の攻撃魔法が、文字どおりの第一槍となる。

　制止の判断を瞬時に捨てた彼が、開戦の鐘を豪快に打ち鳴らした。

「グ、ガァァァァァァァ……ッ！！」

　耳をつんざく不快な叫び。

　どれだけのダメージが通ったのか、ヒョーマは考えるより前に己の剣を抜いていた。

「リン、おまえは下を崩せ！　俺は一撃でヤツの首を叩き斬る！！」

「だあ――ッ！！」

　返事の代わりに、気合いの雄たけびと共に放たれたリンの蹴りがモンスターの軸足を豪快に払う。

　会心の一蹴り。

　喰らってよろめき、わずかにバランスを崩した仇敵の首すじに、そうしてヒョーマはマッハの一振りを撃ち下ろした。

　が。

「――――ッ！？」

　消し飛んだのは、相手の左腕とヒョーマ自身の身体。何が起こったのか、彼は飛ばされた先の地面で驚愕と共に理解した。

（あの一瞬で、俺の一振りを左腕でガードした！？　それどころか、同じタイミングで俺の胴体に蹴りまで打ち込みやがった！　ありえねえ！　あんな動きできるわけがない！）

　でたらめだ。

　身体の構造上、絶対にできないはずの動き。それを当たり前のようにやってのけ、そうしてまだ生きてのうのうと立っている。

　許せなかった。

「ケホっ、ゲボッ！！」

　ヒョーマは地面に血反吐をぶちまけた。にぶい痛みが全身を駆け巡る。

（……が、おかげで少し頭が冷えたぜ。初っ端の一連で決められなかったのは痛いが、左腕を奪えただけでも良しとプラスに考えるか……）

　ヒョーマの戦闘スタイルは先手必勝。

　相手の警戒がまだ薄い初手の攻防こそ仕留める最大のチャンスである、という信念が彼にはあった。が、今回は左腕を奪っただけで仕留めきるには至らなかった。

　ここから先は獣といえど警戒する。次手以降、最初の攻防で得たような多大な成果は得られないだろう。必然、持久戦となる。

　そう考えると、初手で左腕だけでも奪えたのは大きかった、とヒョーマは冷静にそう分析した。

　なぜなら――。

　と、ヒョーマの身体が突とまばゆいばかりの光に包まれる。穏やかなる回復の光だ。この戦い、長期戦になればこちらが有利。おそらく回復の手段がないであろう相手と違い、こちらにはシンの回復魔法がある。この先はリスクを負った攻めをしなくても、リンと二人で時間をかけてゆっくりと削ればいいのだ。

　攻撃魔法よりも魔力（エネル）消費の少ない回復魔法主体で戦えば、シンの魔力（エネル）もそうそう尽きない。尽きる頃には、相手の命も間違いなく尽きている。シンにはずいぶんと負担をかけることにはなるが――。

「…………？」

　と、だがヒョーマの動きがそこでハタと止まる。

　回復の光に癒され、再び戦線に復帰しようと腰をあげかけていた彼の動きが、不自然な箇所でパタリと止まる。

　その間、ゼロコンマ数秒。

　理解したヒョーマは、刹那に思考を切り替え、最前線でたった一人モンスターとやり合うリンに大声で叫んだ。

「リン、下がれッ！　爪以外のダメージも喰らうなッ！　シンのそばに戻れッ！」

「――――ッ！？」

　叫ぶ言葉はだが、リンの耳には届かなかった。

　否、届く直前で相手の攻撃をまともに喰らってしまう。彼女の小さな身体は、そうしてヒョーマの目の前にまで吹き飛ばされた。

「ぁ、が……がふッ！　がはぁッ！！」

　すぐに立ち上がりかけたリンが、中途で血を吐き、再び地面に崩れ落ちる。

　彼女はそのまま、腹部を押さえてのたうち回った。

「あ、あああ……ッ！！　あぐぅ……あ、あああ……ッ！！　あああ……ッ！！」

「リン！！」

「来るなッ、シン！　敵に集中しろ！　それから回復魔法も使うな！　魔力（エネル）の無駄になる！　ヤツの攻撃でダメージを喰らったら、そいつは回復不可だ！！」

　回復不可。

　リンの身を案じ、こちらに走り寄ろうとしかけたシンを大声で制し――ヒョーマは、リンを抱えて後方へ下がった。

　敵との距離は数十メートル。

　が、この程度の距離は数秒で潰される。今は相手の注意がシンの魔法に向いているため、いささかのゆとりはあるが、いつそれがなくなってもおかしくはない状況だった。

　急ぐ必要がある。

「リン、平気――」

　言いかけ、ヒョーマは中途で絶句した。

　致命傷（・・・）。

　一見で分かる。

　爪の一撃は喰らってないが、ダメージ量が尋常ではなかった。

　このままでは半日と持たない。

　回復の手段がないこの状況では……。

「……アカリ、さんの……かた、き……ぁぐ、ぅぅぅ……ぁぁあああああッ！！」

「…………ッ！！」

　ヒョーマは、痛みで暴れるリンの身体をきつく抱きしめた。

　短い抱擁。

　一秒にも満たない刹那の抱擁。

　別れの抱擁――。

　ヒョーマはゆっくりと立ち上がると、冷たい地面にリン（かぞく）を残して、戦いの渦中へと再び一歩を踏み出した。

　当たり前だった日常は、もう二度と戻ってはこない。