第4話 すぐに機嫌を直しちゃう女
自宅、一階。いつもの
「なによ、その言い方! あたしのこと、馬鹿っぽいみたく言うのやめてよね!」
怒ったアカリの勢いは、だがいつものそれとは少し違った。
少しだけ、いやもしかしたら少しどころじゃなく、怒のレベルが高かった。
なぜ、こんなことになったかと言うと……。
「あたしたち、このままじゃダメだと思うの! もっと強くならないと! だからみんなで一緒に特訓しない? 修行よ!」
と、唐突にアカリがそう言い出したのが、今からちょうど
「……いやなんのために? シューヤみたく、おまえも絶対強くなりたいウーマンなのか? この平和な町で、これ以上強くなる必要なんてないだろ。ンなことより記憶だ。そっちのが大事だぜ。俺たちの目的は失くした記憶を取り戻すことだろ? まあ最近、そっちも特になんもしてないけど」
「できること、だいたい全部やっちゃったしね。特訓に関しては、たまにシューヤたちと修行みたいな実戦やってるし、必要ないんじゃない?」
「面倒なのでお一人で」
誰も乗らない。正直、乗る必要性がまったくなかった。
「なんでよ!? みんなたるんでるんじゃない!?」
「たるんでるよ。だからなんなんだ?」
「たるんで困ることは何もないですね」
「ある! あたしは強くならなきゃいけない! シューヤをタイマンでぶっ飛ばしたいし、それになんか無性に強くならなきゃいけないような気がするの! ずっと前に感じたみたいな感覚が、最近すっごく強くなってるのよ! これってきっと神様からの啓示だわ!」
「いや俺にはそんな啓示まったくないけど。もう強くなりたい欲求はほとんどゼロになってるわ」
「わたしにもまったく降りて来ないですね。もう強くなりたい欲求は完全にゼロになっています」
「おれはまだ普通にだいぶ残ってるけど……ていうか、言われてみれば確かに最近それが増してきてるような気がしないでもないかも……」
と、アカリのわけのわからない思いつきにかろうじて理解のかけらを示したのはシンだけだった。
そのシンも、でも根っこの部分ではこちら側。結局、アカリの特訓に付き合う人間は誰もいなかった。
彼女は「もういい! あたし一人でやる! あたしだけ強くなっても守ったげないからねっ!」という捨て台詞を残して家を飛び出し、その後二十日間、ヒョーマたちの前に姿を現すことはなかった(シンの話では、夜にはちゃんと帰ってきていたみたいだが)。
その二十日間、どんなことが行われていたかと言うと(ひそかにアカリの特訓をのぞき見ていたシンいわく)――。
特訓その1 自分で投げた直球を、自分で取る。
三日間、毎日投げ続けるも、一球も取れずに断念。
特訓その2 巨大な岩を坂の上から転がして、それをパンチで破壊する。
巨大な岩を探すのに三日、それを坂の上に運ぶのに三日かかる。
その後、ようやく初挑戦するも、ファーストパンチで右手首を骨折。
次の日から三日間、枕を濡らす。
特訓その3 動物虐待。
攻撃魔法で小動物を攻撃し、即座に回復魔法でそれを癒すを繰り返す。
が、三回繰り返したところで良心の呵責に耐え切れず断念。
そのまま、その小動物を家に持ち帰り、飼うことにする。
名前はチロと名づけた(すぐ終わったため、
これをシンづてに聞いたリンの第一声(二十日ぶりに白昼堂々変な小動物を抱きかかえながら帰ってきたアカリに向けての)が、
「アカリさんって、実はワールドクラスの馬鹿だったんですね」
「……え?」
と、ここで冒頭のアカリの怒声「なによ、その言い方! あたしのこと、馬鹿っぽいみたく言うのやめてよね!」につながるのである。
これを受けたリンは、さらに事態を悪化させる言葉を平然と紡いだ。
「いえ、っぽいじゃなくて完全に馬鹿だと言い切ったつもりですけど」
「言い切らないでよ!? あたしは馬鹿じゃない!」
「いえ、馬鹿です」
「馬鹿じゃない!!」
「馬鹿です」
「馬鹿じゃないもん!!」
「あ、思いっきり馬鹿っぽい言い方出た……」
「…………っ!?」
アカリの顔がゆでダコのように赤く染まる。
彼女はキッとリンをにらむと、その勢いのまま、どかどかと部屋を出て行ってしまった。
ヒョーマは深く嘆息した。
「怒って出て行っちゃいましたね」
「怒らせたヤツがいるからな」
「あのくらいで怒るとは思いませんでした」
「おまえは人間をナマケモノか何かだと思ってるのか……?」
いや、ナマケモノでも怒るかもしれない。
ヒョーマはやれやれと首を左右に振りながら、さらに何かを言おうと口をひらいたが、割って入ったシンの言葉に先を取られた。
「謝ってくれば?」
「嫌です」
即答。
まあ、即答だろうとは思った。シンに言われても、態度を改めるつもりはまったくないらしかった。
「じゃあ、おれが謝ってくるよ。リンの代わりに」
「……? なんでシンが謝るんですか?」
「そばで聞いてて、ちょっとかわいそうだったから。リン、さすがに言い過ぎ」
「……わたしは嘘は言ってません。馬鹿な言動ばかり取るから馬鹿だと言ったまでです。馬鹿さ、マックスです」
「馬鹿でも馬鹿だと言われたら怒るよ。リンもチビだって言われたら怒るだろ?」
「わたしはチビじゃないです。成長途上です。これから大きくなります」
少しムッとした様子で、リンがそっぽを向く。
視線を外されたシンは、皮肉交じりに、
「ほら怒ったじゃん。この程度のことで。さっきのリンはもっとひどいこと言ってたよ」
「…………」
むぅ、と口を尖らせ、リンが伏し目がちに下を向く。
ヒョーマは、ここぞとばかりに二人のあいだに割って入った。
「ほら、俺も一緒に行ってやるよ。謝るなら早いほうがいい。時間がたつと、アイツすぐ機嫌直しちゃうから。いや良いことなんだけど……」
でもそうなると、謝るタイミングもなんとなく逸してしまう。それはリンにとって良いことではないし、何よりアカリがいくらなんでもさすがに不憫だ。
ヒョーマは、しぶしぶ立ち上がるリンの背中を軽く押した。
「う……」
押されたリンは、その勢いでヨロヨロと二、三歩前に動くと、さらにその場所にいたシンにも同じように背中を押される。扉はもう、目の前だった。
「うう……」
二度目の、うめき。
そのまま数秒、彼女は梅干しを食べたあとのような渋い表情でその場に立ち尽くしていたが、やがて意を決したように眼前の取っ手に手をかけた。
が。
「ねえ、みんな! ちょっと外来て! なんかおかしなことになってるんだけど!!」
知った声と共に、その扉が勢いよくひらかれる。
驚いたように取っ手から手を放したリンの目の前に現れたのは、怒の感情がキレイサッパリ消えてなくなっていたアカリだった。
(……いやおかしいのはおまえの感情なんだよ。もう元の機嫌に戻ってんのかよ。どういう構造になってんの? せめて五分はヘソ曲げてろよ)
そこを曲げてられないのが、彼女の性分なのだが。
ともあれ。
「おかしなことって?」
訊いたのは、シン。
謝る機会を逸し、心なしかモジモジしているようなテイのリンを飛び越える形で、彼の言葉がアカリに届く。
アカリからの返答は、このうえなくシンプルだった。
「外に出てみれば分かるって! みんな、ついてきて!!」
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