気がついたら記憶を失くして異世界っぽいところにいた ~記憶を取り戻すため、パーティの仲間と共に未知なる世界を巡ります。ちなみに仲間もみんな記憶ないです~
kisaragi
プロローグ
お互い社会人になって、学生時代のようにひんぱんには会わなくなったが、月に一度はこうして家飲みをする仲は続いている。
普段、酒をほとんど飲まない俺にとって、虎谷との飲みはアルコールに触れられる数少ない貴重な機会でもあった。
「なあ、虎谷。おまえ、輪廻転生ってどう思う?」
「……いや、別にどうも思わんけど」
どうも思わんようだった。
俺はしつこく言った。
「ヒトの記憶ってのはさ、実は親から子、子から孫へと連綿と受け継がれていて、でもそれが生まれる直前に――」
「ああ悪い、今はそういう小難しい話をしたい気分じゃない。非科学的な話はあまり好きじゃないし。輪廻転生なんかどうでもいいから、異世界転生の話をしよう」
「いやそっちのが非科学的だわ! それ以上、非科学的な話もそうそうねぇよ!」
そうそうない。
まあ、酒を飲みながら気軽に話すには向いた話題かもしれないが。
俺は短く息を吐くと、しかたなく虎谷の要望に応えることにした。
「異世界転生、ねえ……。俺は二、三個しか見てないけど、一時期それ系のアニメたくさんやってたな。今でもやってんの?」
「ああ、今でもそこそこやってるよ。いろいろとパターンを変えてね」
「ふーん、そうなのか。まあでも、ああいうアニメとかゲームとかに出てくるような異世界だったら転生してみたいとは思うな。俺が最強であること前提で」
「だよな。やっぱ、最強で転生したいよな? 別に種族は人間じゃなくても最悪いいけど――」
「いや俺は人間じゃなきゃ無理だわ。トウモロコシとかで最強になっても絶対楽しくねえし。食われる以外、できることないからな」
「いやなんでトウモロコシなんだよ。オレが言う人外ってのは、エルフとか、まあ最悪イヌとかネコくらいまでの話だよ。トウモロコシは、そりゃオレもやだよ」
まあ、確かに極端な事例だったかもしれない。食われる様を想像したら、めっちゃ心が沈んだ。
俺は気を取り直して、
「ステータスとかも、あったほうがいいよな? そのほうが分かりやすく最強を実感できるし。いちいち頭使いたくねーから、俺は変わったスキルで最強ってより魔力の値限界突破で最強魔法連発のほうが性に合ってる」
「ああ、オレもそのほうがいいね。で、クソみたいな悪役倒して――」
「なぜか仲間内の女キャラに超絶モテる」
「なぜか、ってのが肝だな。理由なんてむしろないほうがいい。でも、実際は違うんだろうな……」
「違うって?」
「いや……たぶん実際は最強でもなければ、ステータスなんてモンも存在しない。スキルや魔法を覚えるのだって死にモノ狂いで努力しないといけないだろうし、理由なく女キャラにモテるなんてこともまずない。そもそも、想像してるような異世界じゃないかもしれない」
「ロードオブザリングみたいなリアル寄りの異世界だったらキツいな。ゴブリンとかマジ怖いわ。おどろおどろしいにもほどがあんだろ」
「ああ、そんな世界だったら最初の町でひざ抱えて一生終わりそうだ。ホント、そういう異世界は勘弁してほしいよ……」
そう言って、虎谷が沈んだ顔で両目を伏せる。
俺は苦笑して言った。
「いや、ンなマジに沈まなくても。心配しなくても、異世界転生なんてねーから。それにあれは、ウチの姉ちゃんみたいな冴えない人生歩んできた奴らに与えられる特権みてーなもんだろ? リア充だったおまえにはその資格ねぇよ。それだったらまだ、おまえしか友達いなかった俺のほうが――」
「……でも、おまえは今が幸せじゃないか。オレは今がつらいんだよ……。自分の無能さが心底嫌になる。毎朝、家を出ると同時に『自信』って言葉がオレの身体を離れていくんだ……」
「そりゃ俺も同じだよ。自信、の残りHPなんてずいぶん前からゼロのまんまだ。回復手段もねえ。今日はまだ土曜だからいいけど――
「いや、オレのが負けないよ。負けないって、
言い切り、虎谷がグラスの酒を一気にあおる。
と、彼はそのまま、大事な何かを付け加えるように、
「なあ、最上。さっきの話の続きだけど――異世界転生で一番最悪なパターンってなんだと思う?」
「最悪? リアル異世界とトウモロコシより最悪なパターンってそんなあるか?」
「あるよ。そのふたつより確実に最悪だと言えるパターンが」
そう言うと。
虎谷は特段のためもなく、たんたんとそれを重く沈んだ空気にサラリと流した。
「
三日後、虎谷は死んだ。
自殺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます