第1話 三行の女
「作戦は以上だ。一応、確認しとくぞ。アカリ、作戦内容を説明してみろ」
「オーケー。まず、あたしがシューヤ目がけて突っ込んで――」
「のっけから違うんだよっ! 衝撃のゼロ理解じゃねーか!? おまえの脳みそはプリンで出来てんのか!?」
「プリ……っ!?」
「確認しといて正解でしたね。アカリさんは三行以上の内容を記憶すると、前の三行分が根こそぎデリートされる『三行の女』なので」
「三行の女ってなに!? もっとたくさん覚えられるわよ! でも、今回はどうしてもシューヤとタイマン張りたいの!」
「アカリじゃ無理だよ。一対一だと、ヒョーマだって勝てる確率は七割くらいなんだから」
「今のあたしは、以前のあたしじゃないわ! 前回は惜しくも敗れ去ったけど、今回はキッチリ借りを返してやるんだから!」
「惜しくも……?」
「惜しくも!」
「……ハァ」
嘆息し、ヒョーマは周囲を見まわした。
森である。
町の東門を出て、徒歩数キロの場所。
鬱蒼と木々は生い茂っているが、それほど深い森ではない。生息するモンスターもおおむね雑魚ばかりだ。ゆえに町の外ではあるが危険は少ない。
だからこそ、この場所を『決闘』の舞台に選んでいるのだが。
決闘。
「出てこい、ヒョーマッ! オレは一人だ! 一人相手に、ビビッてんのか!?」
(……来たか)
前方から響いた叫声に、ヒョーマはゆるりと顔を上げた。
が、応じる言葉は彼の口よりも早く、隣の少女のそれから発せられた。
「シューヤぁーッ!」
「ちょ、おまっ、嘘だろ!? 今の話の流れでそのまま特攻って! 今のは完全に自重する流れ――」
「さすがはアカリさん、一時間かけて練った作戦を二秒でぶち壊す様は圧巻です。
「ああ、クソッ! もういいッ! 作戦変更だッ! 俺たちでミサキとトラを叩く! プランB、シューヤの補給路を完全に絶つぞ!」
「了解」
「完勝はなくなりましたが、勝敗に影響はないですからね。これでわたしたちの十三勝一敗一引き分け、売られた喧嘩の返り討ちは爽快感マックスです」
戦いが、始まる。
無意味に始まり、無価値に終わる戦いが。
こうしてまた、一日が無駄に過ぎ去り、彼らは無情に出遅れ続けるのである。
◇ ◆ ◇
ヒョーマは、記憶喪失である。
気がついたら、この町にいた。この世界にいた。覚えているのは性別と名前だけ。最初に窓に映った自分の姿を見て、十代後半の少年だろうことは分かった。あれからおそらく一年はたっているだろうが、見た目はそう変わっていない。
この町は、平和だ。町の外にはモンスターがいるが、塀を超え町の中に入ってきたことは一度もない。入ってこようとしたことさえなかったように思う。なぜかは分からないが、そういうものだとみんな割り切っている。仮に入ってきたとしても、対処できる自信はあるとヒョーマは確信しているが。
自分たちは、この町最強のパーティである。ヒョーマは自身を最強の存在だと理解しているし、ほかの三人も町で五指に入る使い手だ。前衛、後衛が二人ずつとバランスもいい(後衛なのにやたらと前線に立ちたがる馬鹿もいるが)。自分たちが固まって動いているかぎり、つまりは危険な状況など存在しえないのである。
そう、通常であれば――。
「今日も楽勝でしたね。最終的には三人がかりで孤立したシューヤをボコるかんたんなお仕事でした」
「一人、
目の前の二人――シンとリンの会話を聞きながら、ヒョーマは両のまなこをジトリと細めた。
自宅、大部屋。
町の東エリアに佇む木造二階建ての一軒家。その中で最も広い部屋をリビング代わりにヒョーマたちは使っていた。
たち、と言ったのは、他に同居人が三人いるからである。同じパーティの三人。いや、パーティとファミリーの中間のような間柄かもしれない。
「で、その唯一の怪我人はまだベッドの中で『ぐぬぬ……』ってなってんのか?」
「様子見てきます?」
言ったのは、リン。ヒョーマは彼女のほうに視線を向けた。
少女である。
黒髪(髪は高い位置で束ねられ、風が吹くたび尻尾のようにユラユラ揺れる)黒目の、見た目年齢十歳そこそこの少女。
大きな瞳と年相応に丸みを帯びた造作、小柄な体躯からどこか小動物のような印象をいだかせるが、愛らしいのは外見だけ。中身はとんだポイズンガールである。
「必要ないと思うけどね。お腹すいたら、驚くほどあっさり降りてくると思うよ」
と、これはシン。ヒョーマは、今度は彼のほうに視線を向けた。
同じである。
いや、厳密には違う要素も多々あるのだが(例えば性別。中世的な顔立ちだが彼は少年である。髪型も違う。シンのそれはリンより短い。背丈も若干シンのほうが小さく、顔の印象もそれほど近いわけではない)、総合的に見るとやはりそっくりなのである。
出会った当初はそんなに似ているとは感じなかったが、一緒にいる時間が長くなるにつれ、その感覚は少しずつ強くなっていった。ちなみに戦闘においてのタイプは真逆である。リンが前衛、シンが後衛だ。
ヒョーマはフッと一息吐くと、二人から視線を外して、
「まあ、ウジウジしながらテーブルにつかれてもウゼェだけだしな。メシがまずくなる」
「あんたのごはんがまずくなるだけなら、あたしは全然困らないけど」
第三の声が、後方で突と鳴る。
ヒョーマは肩越しに振り返った。
果たしてそこには、予想したとおりの人物が細めた両目で立っていた。
アカリ。
三人目のパーティメンバーにして、最後の同居人。見た目年齢十五、六歳の少女である。
肩に届くかどうかの長さの燃えるような赤い髪に、バランスの取れたしなやかな体躯。形の良い二重まぶたの下で揺れるクリッとした大きな瞳は、常に自信に満ちた堂々たる輝きを放っている。前衛もこなす後衛タイプだが、ほぼ全ての戦闘で前線に突っ込む迷惑なバランスブレイカーである。
「『ぐぬぬ……の女』はもう卒業ですか?」
「ぐぬぬ……の女ってなに!? 別にそんなにぐぬぬ……ってなってないわよ。てか、ぐぬぬ……ってなに!?」
リンの呼びかけに、アカリが若干と声のトーンを高めて応じる。
ヒョーマは、隣に座った彼女にさらなる追撃を加えた。
「悔し泣きしてたんじゃないのか? ぐぬぬ……って」
「だから『ぐぬぬ……』とは一度もなってないって! どういう状態なのよ、それ。それにそんな悔しがってもない」
「あんなボロ負けしたのに?」
「そんなボロ負けしてない! チョイ負けくらいだった!」
「両手、両足、肋骨三本、首をへし折られて虫の息だったような気が」
「首は折られてない! 勝手に虫の息にしないでよ! 右足は無事だったし、肋骨も二本しか折られてないんだから!」
キッとリンをにらみつけ、アカリが反論する。絶望的なボロ負けをカミングアウトしたようなものなのだが、まあそれはこの際どうでもいい。
気持ちを切り替え、ヒョーマは本題に入った。
「じゃ、メシの前にいつもの確認に出るか。今日でちょうど、千人分のデータが取れる」
「サンプル数としてはじゅうぶんだね。千分のゼロなら、ほぼ確定だと思う」
「そうね。サンプル数としてはじゅうぶん。千分のゼロなら、ほぼ確定と言っていいわ」
「すごいですね。思いっきり賢そうな顔して、馬鹿なおうむ返しをしています」
と、各々順に立ち上がり、それぞれが自分のタイミングで部屋を出る。
最後に残ったヒョーマは、静かな感情を静まり返った室内にポツリと落とした。
「まあ、もうほとんど答えは出てるけどな。この町の住民はおそらく、みんな俺と同じ。俺と同じ、記憶を失くした哀れな
記憶喪失の町――次の日、ヒョーマはこの町のことをそう名づけた。
その理由が白日のもとにさらされたとき、物語の根底は崩れる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます