第26話 ゼロパイの女
商業都市――ウィステール。
にぎやかで、華やかな、この一大都市の一大イベントがついに本日開催される。
美少女コンテスト。
優勝賞金百万ゴーロの、この町最大のメガイベントである。
「アカリ、練習どおりにできるかな……?」
「分からん。やる気だけはめっちゃあったけどな」
「バトルコンテストと勘違いしてないといいですけど。アカリさん、クッソ馬鹿なので」
さすがにそれはないと信じたい。が、確信はなかった。たった半日足らずの突貫工事。いっときとは言え、淑女を演じるには普通の人間だって時間が足りない。普通じゃないアカリにそれを期待するのは、無謀と言われても反論できないところではあった。
「まだ少し、時間があるのでポップコーンとジュース買ってきます。二人も飲みます?」
リンに訊かれ、ヒョーマはこくりと頷いた。シンも同様に頷く。夜の八時過ぎとは思えないほどの明るさの中、そうしてリンが足早に雑踏の中へと消えていく。
しばらくして、ヒョーマはしみじみ言った。
「しっかし、すげーライトアップだな。昼間みたいに明るいぞ。しかも人流が半端ない」
「さっきシューヤが迷子になりかけてたよ。ブラついてただけだって言い訳してたけど」
「ダサい言い訳ですね。人込み苦手だって、ハッキリ言えばいいのに」
と、いつのまにやらリンが近くに。
彼女は無言のまま、手に持ったトレイをこちらに差し出した。
ヒョーマは、そこから自分の分のコーラをつかみ取ると、
「おっ、そろそろ始まるみたいだな。司会っぽい女が壇上に上がった」
「うん、観客のボルテージも上がってきたね。おれもちょっと緊張してきたかも」
「わたしは全然。ポップコーン美味しいです」
「確かに。コーラとめっちゃ合うな」
「オレンジジュースとも合います。ポップコーン、最強ですね」
と、そうこうしているうちに――。
ステージの中央にライトが集まり、いよいよショーがスタートする。
「レディィィスエーンドジェントルメェェェン!! ついにこの日がやってまいりました!! 年に一度の美少女コンテスト!! みなさん、準備はよろしいですかぁ!?」
「いやジェントルマンはこういうの見に来ねえだろ……」
レディもおそらく、身内以外はほとんどいない。
にもかかわらず、この人数この熱気である。鼻息荒くした野郎どもがどれだけ多いのか、考えるだけでも気が滅入った。
「さあ、それではさっそく始めましょう! やりましょう! 栄えあるトップバッターを務めるのはぁぁぁ、エントリーナンバー
「……ホノカ?」
どこかで聞いたことのあるような名前が叫ばれ、ヒョーマは目を丸くした。並んで見ていた、シンとリンの動きもピタリと止まる。
彼らは「ん?」となったまま、視線をステージの袖に向けた。
現れたのは、知った顔。
黒髪、黒目の美少女が、水着姿でステージ上に歩み出る。
ヒョーマは、口に含んだコーラを噴き出した。
「……そんなに驚かなくても。似たようなペースで進んでいるので、ホノカさんがここにいて、このコンテストに出ていてもそんなに不思議じゃないのでは?」
「いやまあ、そうかもしれんけど……。でもけっこうな低確率だと思うぞ? あらあら姉さんといい、シューヤたちといい、特定の人物との遭遇率が高すぎじゃねーか?」
「シューヤたちとホノカは前回別れたとき、同じタイミングで同じ町を離れたし――前の町では会わなかったけど、ここでまた会うのはそんなに低確率とも言えないんじゃない? あらあら姉さんに関しては完全に謎だけど」
まあ、確かにシンやリンの言うとおりかもしれない。
シューヤたちやホノカとここで再会するのにさほどの不思議はない。ちょっとした偶然が重なっただけだ。あらあら姉さんに関しても、似たようなペースで進んでそうだし、たまたまだろう。いや、あの人の場合はぜんぜん違うペースで進んでいても、突然パッと目の前に現れそうな気もするが……。
いずれ、今は大事がほかにある。ヒョーマは話の向きを元に戻した。
「にしても、会場沸きまくりだな。滅茶苦茶ウケてんじゃねーか、アイツ」
「いきなり強力なライバル出現だね」
「ホノカさん、よく見ると超絶美少女ですからね。スタイルも抜群だし、笑顔も自然で可愛いです。歩き方も元気いっぱいで、あざとくないのがまた――」
「おい待て、ミサキだ。ミサキが出てきたぞ」
エントリーナンバー
呼ばれて現れたのは、ミサキだった。ピンク色のビキニを着て、愛想よく微笑んでいる。
特に目立った歩き方ではないが、一歩進むごとにたわわに揺れるふたつの果実に会場のボルテージは急上昇していた。
「どーよ、ヒョーマ。ミサキに対するこの歓声はよ?」
「シューヤ!?」
と、トラ。
気配を殺した同郷二人がドヤ顔で真後ろに立っていた。
その表情のまま、トラが言う。
「フッ、ミサキのキラーパイパイに会場の視線は釘づけだな。乳がデカいは七難隠すとはよく言ったものだ」
「いえ、聞いたことないです。変態界隈の常識を格言っぽく言うの、やめてください。あと、キラーパイパイってクッソダサいです」
「ふん、ゼロパイの小便臭い小娘がざれ言を――」
「おい、トラ。訂正しとけ。ミサキに七難なんざありゃしねえ」
「うむ、そうだったな。訂正しよう。七難あるのは、そっちのポンコツのほうだった」
「てめっ、トラ!! それが命の恩人に対する――」
「トラ、その辺にしとけ。今回は喧嘩を売りに来たわけじゃねえ。まあけど、楽しみにしてんぜ。テメエんトコのポンコツがどんなトラブルぶちかますのか、最大の見物だ」
そう言って笑い、シューヤとトラが去っていく。ヒョーマは苦虫を噛み潰した。
「……言われ放題だったね」
「ヒョーマさん、ひとつ提案があるんですけど」
「言ってみろ、リン」
「あの変態黒縁眼鏡、このあとみんなでボコりません? 首以外の全ての骨を砕いて、ゴミ箱に捨てましょう。ミサキさんの回復魔法があれば、とりあえず死なないでしょうし」
「リン、ゼロパイ言われたの地味に悔しかったんだね……」
リンには聞こえないような小声で、シンがぼそりと落とす。ヒョーマはとりあえず「考えておこう」とだけ言って、視線をステージ上へ戻した。
瞬間、彼は息を飲むことになる。
「さあ、それではどんどん参りましょう! いきましょう!! お次は、エントリナンバー
「――――っ!」
来た。
ついに来た。
ヒョーマたちは互いに顔を見合わせた。
なんだかよく分からないが、とりあえず謎に頷き合う。その後、視線をステージに戻すと、ちょうど袖口からアカリが姿を現すところだった。
ヒョーマは願った。頼むから、デタラメはやってくれるなよ、と。
が。
「………………………………え?」
それは、誰が落とした単音だったか。自分かもしれないし、シンかもしれない。しかし、誰が落としたとしても不思議ではない状況が視線の先に広がっていた。
アカリが、ゆっくりと現れる。
ロボットのような動きで。
右手と右足、左手と左足がカクカクと同時に前に出る。
不自然極まりない歩き方。
ヒョーマは思わず叫んだ。
「ガチガチじゃねーか!?」
ガチガチだった。
まさかのガチガチ。完全なるド緊張。笑顔など皆無で、会場が若干とざわつくレベルの醜態だった。
リンが、ポツリとつぶやく。
「……終了ですね」
百万ゴーロの夢が、手のひらから半分以上こぼれて消えた。
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