第27話 好きをしゅきと言ってしまう女


 美少女コンテストは、一次審査と二次審査から成っている。


 一次審査は水着に着替えて(これは今年からのルール変更でヒョーマたちは知らなかった)の入場――つまりは、外見やしぐさの審査である。


 そして二次審査、これは内面の審査。


 司会役から二、三質問を受けて、それに答えるというシンプルなものだが、これも重要な審査のひとつとなっている。おそらくはなんと答えたかよりも、そのときの言い方やしぐさなどがポイントになるだろうとヒョーマは推測していた。


 いかに淑女然と、あるいは可愛く応対できるか。それが全てと言って過言ではない。


 それが、全てと言って……。


「好きな食べ物は、イチゴパフェです。ちょっと前に初めて食べたんですけど、もう信じられないくらいの美味でした。甘いものは脂肪になるので控えなきゃ、って思ってはいるんですけど、なかなか難しいですね。良いアイデアがあったら教えて頂けると幸いです」


「なんなん、アイツ……。完璧じゃねーか……」


 視線の先で快活に答え続けるホノカを見て、ヒョーマはげんなりと息を吐いた。


「では、イチゴパフェを好きになる以前に一番好きだった食べ物は?」


「そばですね。特にとろろそばが一番好きでした。好きすぎて、一週間くらい連続で食べに行ったこともあります。でも、もう食い逃げはしないように気をつけたいと思います」


 と、そこでどっと笑いが起きる。


 隣のリンが、感心したようにつぶやく。


「ホノカさん、良いですね。質問にもハキハキ答えて好印象ですし、元気っコな感じも可愛くて魅力的です。同姓だけど、推せますね。最後のジョークも見事です」


「いやあれ、ジョークじゃねーんだけど……。実話なんだけど……」


 それで死刑になりそうになったと知ったら、この会場にいる観客はどう思うだろう。想像したところで、意味のないことだが。


 結局、ホノカへの質疑応答は大盛況のうちに終わり、ヒョーマの心はさらにどんよりと落ち込んだ。


 強力すぎるライバルだ。


 だが、強敵は彼女だけではなかった。


 その後に続く面々も、大きなミスなく次々終える。一人くらい、アカリのようにやらかす者がいると思ったが、誰一人としてそんな輩はいなかった。


 淑女然と答える女、あざとく可愛さをアピールする女、無難に答える女(ミサキ)、とその他いろいろなタイプを経て、そうしてようやくとアカリの番がやってくる。


 あからさまにいまだド緊張が解けてない様子の、アカリの番が――。


「アカリさん、一番好きな食べ物はなんですか? 複数でもかまいませんよ」


「……い、いちばん……しゅ、しゅきな……たべもの……は……えと……その……おにく……でしゅ」


「お肉、ですか……? その、具体的にはお肉を使ったどういったお料理が?」


「ぐたいてき!? え、えと……その……リス肉、は……チロが……好きで……」


(誰もチロの好物なんて訊いてねーんだよ! 一秒くらい落ち着けや!!)


 心の叫びが、むなしく響く。リンの頭の上で、心なしかチロも悲しそうにうつむいていた。


「あはは……。チロちゃんというのは、ペットのコかな? 大丈夫、自信もって。落ち着いて、ね。せっかくそんなに可愛い顔してるんだから。ほら、下向かないでちゃんと前向いて。じゃあ、次の質問は……」


 次の質問もするつもりか……。


 もう完全にアカリの体力はゼロの状態なのに。この期に及んで何を削ろうと言うのか。ヒョーマはやるせなかった。


 が、そんな彼の思いとは裏腹、シンがのんきな口調で言う。


「かわいそうだけど、でも照れてるアカリ可愛いね」


「いや照れてる度合いが『可愛いのレベル』を超越してんだよ! 見てみろ、モジモジ指合わせてるように見えて全然指合ってねえじゃねーか! いたたまれねーんだよ! 真っ赤を通り越して、ワンチャン顔面火吹いてんじゃねーかアイツ!?」


 ちょっとした衝撃で爆発しそうな気配すらある。シンの言うような『可愛い状態』でないのは明らかだった。


 同じように感じたのだろう――リンが、これ以上は耐えられないといった様子で言う。


「もう、無理です……。見てるこっちが恥ずかしくなります。今すぐあの場所に行って、アカリさんを連れて戻ってきたいです。連れ戻してきてもいいですか?」


「いやいいわけないだろ。気持ちは分かるが、ここは耐えろ。耳ふさいで下向いて他人のふりしてりゃあ、やがて終わる。俺たちの百万ゴーロの夢も、な……」


 終わる。


 儚い夢だった。捕らぬ狸の皮算用と、あまりに短い時間で分かってしまう。


 三十分後、全てが終わると、ヒョーマは茫然自失につぶやいた。


「暴走しちまうような状況は想定できても、この豆腐メンタルはさすがに想定できんわ」


「暴走どころか、メチャクチャおとなしかったもんね……」


「最後、司会のお姉さんに頭をよしよしされてました。がんばったね、みたいな感じで」


「始まる前はあんなにやる気満々で、緊張なんて微塵もしてなかったのにな……」


「こんな大勢の前に出るの初めてだっただろうから、たぶん本人も分からなかったんだよ」


「あがり症と分かって、少しは普段の暴走も治まるといいですけど……」


「いやそれとこれとはまったく関係しないように思うけどな……なんとなく」


 たぶん変わらないだろう。そんなことよりも、この直後のほうが心配だ。アカリがどんな状態で戻ってくるのか、ヒョーマはドキドキしながらその後の数分を過ごすこととなる。


 もう優勝や賞金のことなど、遠い過去の夢幻と消えていた。

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