第28話 さざ波の女


「大勢のヒト、嫌い……。怖い……。もうやだ……」


「よしよし、元気出してアカリ。とっても可愛かったよ、ってチロちゃんも言ってるよ」


「チロロー♪」


 こんな状態で戻ってきた。


「なんつーか、災難だったな……」


「ポンコツなどと煽って、すまなかった……」


 シューヤと、あまつさえトラにも同情された。ヒョーマはなんとも言えない眼差しで、アカリを見やった。


 会場のすみっこで、ミサキによしよしと慰められている。


 子供っぽい水着姿のまま。


 ヒョーマは、思い出したように言った。


「てか、そもそもなんでおまえだけそんなガキっぽい水着着せられてんだ?」


「……知らない。これ着て、って手渡されたの……着た、だけだもん……」


「スタート時点で、すでに不利でしたね。まあ、最下位にならなかっただけ奇跡では?」


 ブービーだが。


「納得できねえのはオレらも同じだ。なんでミサキが『五位』なんだ? 食い逃げ女の次くらいには会場沸いてたろ?」


「出来レース感満載でしたね。結局、優勝したのも知らない地元のヒトでしたし」


「あざとく可愛さアピールしてたヒトだね。ルイさんだっけ?」


「名前なんて忘れました。ああいうタイプは一番嫌いです」


「97のHというのを前面に押し出していたな。下品な女だ。巨乳にアピールなど必要ない。黙っていても、それは意思を持った生き物のように自らアピールする。Gカップ以上の持ち主には、ミサキのような謙虚さこそむしろ必要なのだ」


「だから、ただの変態発言を名言っぽく言うのやめてください。下品な女、という部分にだけは同意しますけど」


 汚物を見るような眼差しで、リン。


 が、トラとリンの意見が一部分だけでも一致したのは奇跡と言える。それだけ、このコンテストの結果には全員不満を持っているのである。


「まあ、優勝はホノカ。準優勝はミサキというのが妥当な結果だったよね」


「無理だよ無理だよ、シンくん。ミサキは準優勝なんて無理だったよー。でも、ホノカちゃんには優勝してほしかったなー。すっごく可愛かったし」


「完全アウェーで準優勝したんだ、御の字だろ。三十万ゴーロを手に出来たのはデカい」


「ああ、確かにな。そいつはデケー。無駄なモンスターを狩る必要がなくなるからな」


 シューヤのその言葉に、強く頷く。ヒョーマもまったくの同意見だった。


 モンスターを倒すと、一部を除いてジュエルとなる。


 それを換金することで、この世界の通貨『ゴーロ』を手に入れることができるのだが――無論のこと、モンスター退治には一定のリスクが生じる。回避できるのならば、回避したほうが良いのは明白である。


「でも、正当な権利だよね。ホノカはそれだけ――」


「あっ、こんなところにいたんですね! みなさん、探しました!」


 うわさをすればなんとやら――響いたのは、話題の少女の快活トーン。


 少し息を切らした様子で現れた少女――ホノカは、現れると同時、


「ようやくみなさんに借りを返せるときがきました」


「借り?」


 ヒョーマは片眉を上げた。


 なんのことを言っているのか、と訝る彼の横を涼しい顔で通り抜け、そうしてホノカがたどり着いたのはアカリの目の前。


 ヒョーマ同様、ポカンとホノカを見上げるアカリに、彼女はたんたんとした動作で、


「はい、これはアカリさんたちの分」


「え……」


 言葉と共に、厚めの封筒を手渡され――アカリのポカンがポカーンへと昇華する。


 ホノカは、明確な説明を加えた。


「少ないかもしれませんが、十万ゴーロ入っています。あのときのお礼です」


「なん、だと……?」


 ヒョーマは衝撃に両目を見開いた。


 と、ホノカの顔が今度はこちら側を向く。


 間を置かず、彼女はスタスタとヒョーマたちのほうに近寄ると、


「で、こちらはシューヤさんたちの分です。あのときは本当にありがとうございました」


「お、おぅ……」


 呆気にとられた面持ちで、隣のシューヤが手渡された封筒を受け取る。


 ホノカは、満面の笑みを浮かべて言った。


「賞金を、三組で山分けです。本当は優勝して、もっとたくさん分けられたら良かったんですけど。でも、わたしにしては上出来ですよね」


 女神の降臨を、彼らは確かに目撃した。


 

      ◇ ◆ ◇



 風呂である。


 宿泊先のホテルに設置された、三十人規模の大浴場。


 アカリはその場所で、リン、ミサキ、ホノカと共に一日の疲れを盛大に癒していた。


「ここのお風呂、おっきいねー。ビゲストだよー」


「……いえ、ビゲストなのはミサキさんのおっぱいです。何食べたらそんなにおっきくなるんですか? めっちゃ気になります……って、アカリさんが言ってます」


「言ってないし! なんであたしを巻き込むのよ! 気になってんの、あんたでしょ!?」


 ミサキの胸を気にしたことなんて一度もない。リンは気になって気になってしかたがない、といった様子だったが。


 と、リンは今度はホノカに向き直り、


「ホノカさんは美乳ですね。形がすごくいいです。かっこいいおっぱいです。うらやましいです」


「本当ですか? ありがとうございます。うれしいです」


 ニッコリ笑って、ホノカ。


 アカリはスッと身構えた。長い付き合いである。次にリンがどういう言動を取るのか、彼女には手に取るように分かった。


 そうして数秒後、リンはおもむろにこちらを向くと、想像したとおりの言葉を想像したとおりのトーンで放って寄越した。


「……アカリさんは、ですね。ナナハンの女ならぬ、ちっぱいの女ならぬ、『さざ波の女』です」


「さざ波の女ってなに!? てゆーか、別に前のふたついらないでしょ! なんか三パターン言われたみたいで、三倍腹立つ!!」


 三倍腹立つ。


 周りを見ると、ミサキも、ホノカも、さらにはその三つ横にいた知らないおばあさんまでも、声を上げて笑っていた。


 アカリは七秒間、顔を真っ赤にして『ぐぬぬ……の女』になった。


 が、文字どおりそれはわずか七秒で終わる。


 彼女はいつものように、その短い期間で負の感情の全てをリセットすると、


「あ、そうだ、このあとみんなでトランプでもしない? あたしたちの部屋で。まだ八時にもなってないし、この町明るいから――」


「いいよー。ミサキたちもここのホテルに宿取ってるし、十時くらいまでだったら一緒に遊べる。遊ぼー」


 そう言って、ミサキが真っ先に承諾の意を示してくれる。


 続いて、


「最初は神経衰弱で勝負しましょう。神経衰弱、超得意です」


「いいわね、神経衰弱。あたしも得意。てゆーか、リン起きてられるの?」


「余裕です。最近は十一時近くまで起きていられるようになりました。順調に大人の階段登ってます。というより、さりげなく衝撃の嘘混ぜないでください。危うく聞き流すところでした」


「嘘じゃないんだけど!? てゆーか、もうあんたとは何百回もやって、何回も買ってるでしょ! 何百回も負けてるけど!」


 通算成績、七勝百二十三敗である。


 ともあれ。


「ホノカは? ホノカも十時くらいまでなら大丈夫でしょ? この町明るいし。十万ゴーロのお礼に、あたしのオリジナルティーをご馳走するわ」


「しょっぱいお礼……」


「はい、大丈夫です。わたしが泊まってるホテルも、ここからそんなに離れてないですし。トランプも、アカリさんのオリジナルティ-も、すっごく楽しみです」


 心の底から楽しみだといった表情で、ホノカが答える。あいだに挟まったリンのつぶやきは、当たり前のように右から左に聞き流した。


 聞き流して、そうして満面の笑みで頷く。


 アカリはそのまま、高らかに大会実施を宣言した。


「それじゃあ、さっさとお風呂出て、第一回『みんなでワチャワチャトランプ大会』始めるわよ!」


 苦いことだらけだったコンテストの、打ち上げが始まる。

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