第25話 ナナハンの女
「でねでね、それでトラくんは新たなスキルを習得したんだよ」
「嫌な予感しかしないんだけど……」
ジト目で、アカリ。少し離れた位置で、ヒョーマはあくびをかみ殺していた。
彼らは今、ホテルのロビーにいる。
あのあと、シューヤのあとをついていくと、そこにはミサキとトラの姿が。
つまりはその場所が、このホテルのロビーだったのである。
「うむ。この前の一件で、さすがに直接胸に触れるというのはリスクが高いと痛感してな。スキルの変更を余儀なくされた。それゆえ、あれ以来、新たな道を模索していたのだ」
「模索しないでください。迷惑です」
リンがピシャリと言うが、だがトラの心にはまったくもって響かない。彼はたんたんと、おそらくは誰も知りたくはないであろう――己のスキルの説明を始めた。
「そしてついに、先日新たなスキルの開拓に至ったわけだ。その名も『トラセンサー』。一目見ただけで、服の上からでも相手のバストサイズが分かってしまうという良スキルだ」
「たいして変わってないんだけど!?」
たいして変わってない。アカリの言うとおりだと、ヒョーマも思った。
「そんなことないよ、アカリ。大変わりだよ。精度が前より全然すごいの。ぜんぶぜんぶ、当たっちゃうんだよ。でもでも、ミサキのは言っちゃダメだからねっ」
「無論だ。92のGなどとは、口が裂けても言うまい」
「わーーーっ!! なんでなんで!? なんで言っちゃうの!? トラくんのバカ―っ!!」
「す、すまない! つい、流れで……。だが二度とは言わぬと、この黒縁眼鏡に誓おう」
「もうおそいよーっ!!」
「……あたしのサーチしたら、眼鏡叩き割るだけじゃすまさないからねっ」
顔を真っ赤に慌てるミサキと、自分の胸もとを両手で隠しながら思いっきり両目を細めてトラに圧をかけるアカリ。
トラはだが、きわめて冷静だった。冷静のまま、挑発の言葉を口走る。
「ふん、貴様の貧相なそれなど見なくても想像がつくわ。どうせ、77のAくらいだろう?」
「いえ、おそらくアカリさんは75のAA――略して『ナナハンの女』です」
「ナナハンの女ってなに!? おっきいバイクみたく言わないでよ!」
「いえ、おっきくないです。ちっちゃいです」
「ちっちゃい言うな!」
ぽこんっ。
流れるように叫んで、リンの頭に軽いげんこつ。が、息つく暇もなく、アカリの精神(こころ)は続けざまに逆なでの憂き目にあった。
「ハッ、くだらんやり取りだ。どのみち、貴様のナナハンのちっぱいなど毛ほども興味がないわ」
「ナナハン言うな! ちっぱい言うな! 毛ほどくらいは興味持て!!」
「興味持って欲しかったんですね……」
「欲しくない!!」
こつんっ。
リンの頭に落とされたげんこつ音が、さっきよりいくぶん痛そうなそれに昇華する。
その後もしばらくのあいだ、アカリとトラ(ときおりミサキとリンも含めた)の悶着は続いたが、ヒョーマの興味はすでにそちら側にはなかった。
「美少女コンテスト……?」
チラシを持った、シューヤの手もとをのぞき込む。そこには確かにそう記されていた。
「優勝賞金は百万ゴーロらしい。優勝できれば、旅の資金が一気に調達できる」
「……確かに。準でも三十万ゴーロか。デカいな……」
「ミサキはけっこう良い線いってると思うんだがな……」
「美少女ってのがミソだな。美女だとハードル高いが、美少女だったら色気とかあんま要求されねえだろうからチャンスはある。でも、ミサキはともかくアカリじゃな……」
「アカリは可愛いと思うけど」
と、シン。
いつのまにかこちらに近寄り、自分とシューヤのあいだにちょこんと顔をのぞかせている。
シンはそのまま、当たり前のことを言うかのように先を続けた。
「この旅でいろんなヒトを見てきたけど、アカリより可愛いコってそんないたかな? 同じパーティの贔屓目抜きにしても、アカリはすごく可愛いと思うよ。優勝狙えるよ」
「いやでもあいつアホだぞ? アホでも優勝できんのか?」
「それは……分かん、ないけど」
急に、声のトーンが落ちる。
そうして自信喪失気味にうつむいたシンに、ヒョーマはだが前言の撤回を自ら申し出た。
「いやでも、アホかどうかなんて審査の最中には分かんねーか。何を訊かれても、淑女のように『ふふふ』って笑っとけって言っとけばいいしな」
「アカリ、淑女のように『ふふふ』とは笑えないと思うんだけど……」
「まあ、テメエんトコのポンコツには厳しいだろうな。ミサキならそんくれーは余裕だ」
「なんかすごく低次元な話になっちゃってるような……」
なっちゃってるかもしれない。が、ヒョーマは深く考えないことにした。
百万ゴーロはかなりの魅力だ。是が非でも優勝、悪くても二位にはなりたい。
まずは出場してもらえるようにアカリを説得、その後は傾向を踏まえた上で徹底的に対策を練る。以上だ。
ヒョーマは、右の拳で左の手のひらを強く叩いた。隣では、シューヤも同じようにして気合を入れていた。
負けられない戦いが、静かに幕を開ける――。
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