第24話 ポンコツすぎる女
「うわ、すごっ……。でっかいビルがたくさん……」
町に入るなり、アカリが驚嘆の声を上げる。
毎回毎回、彼女は分かりやすく驚きの声を上げるのだが――ヒョーマも声には出さないだけで、彼女と同等……いやもしかしたらそれ以上に毎度毎度驚いていた。
今回はしかし、その驚きの中でも過去一なのは間違いない。
その歴代一の驚きの原因は、だが立ち並ぶ巨大なビル群ではなかった。
それは――。
キィぃぃぃぃ!!
「えっ…………きゃあっ!?」
「!? てめっ、危ねえだろ!? どこ見て歩いてんだ!! 死にてえのか!?」
轢かれそうになり、怒鳴られるアカリ。
どこかで見たような光景だが、あのときとは迫力が段違いだった。
「なんだ……ありゃあ!? 鉄の塊が、そこらじゅうを走ってやがるぞ!?」
「すごいスピードだね。馬車より全然速いよ。なんだろ、あれ……」
「分かりませんが、超危険なモノであるのは間違いないですね。いつもだったらすぐに起き上がって逆ギレするアカリさんが、女の子座りのまま、可愛く地面にヘタって茫然自失になっています。よほどの精神的衝撃だったと推察されます」
リンの言うように、アカリは口をパクパクしたまま、情けなく地面に尻もちをついていた。
それはおよそ三分間続き、彼女はその段になってようやく平静を取り戻した。
が、アカリが文句の口をひらくよりも、第三の声が鳴ったタイミングのほうが早かった。
「
「シューヤっ!」
アカリが弾かれたように立ち上がる。
彼女はそのまま、声の主――シューヤに向かって、
「あんた、いつからそこにいたの!?」
「テメエらがこの通りに現れるちょっと前にはここにいたが。それがどうした?」
「だったら危ないって注意しなさいよ! 危うく轢かれるところだったじゃない!」
「まさか飛び出るとは思わなかったからな。ポンコツ過ぎて行動が読めねえ」
「ポンコツ言うな!」
激高したアカリが、今にもシューヤに飛びかからんとする勢いで拳を握る。
ヒョーマはとりあえず、彼女の肩を冷静に押さえてその勢いを止めると、
「ああ、確かにヤベーわ。車の前に飛び出るのはヤバい。あれが
「なんでよ!? なんでシューヤの味方するの! あたしだって、今だったら飛び出さない! 車がすごく危険な乗り物だって分かってる今だったらぜったい飛び出さない!」
「いえ、だからさっきまでの状態だったとしても普通は飛び出ないです。車と分からなくても、あんな物騒なモノが猛スピードで走ってたら警戒するのが普通です」
「普通普通って、あたしが普通じゃないみたく言わないでよ。ちゃんとぶつからないように直前で止まろうと思ってた。それがちょっと遅れちゃっただけなんだから」
「直前で止まろうとしてる時点で、ぜったい状況判断間違えてますけど……」
ぼそりと、リン。
ヒョーマもそう思ったが、とりあえず今はアカリの側に寄る。
彼女の無念を晴らすため――彼はシューヤを呼び寄せ、訊いた。
「なあ、シューヤ。それはそうと――おまえ、あれがなんだか分かるか?」
ヒョーマが指さしたのは、酒場らしき建物の中に置かれていた
胴体部分に1から9……いや0までの数字が反時計回りに刻まれていて、その上にちょこんと手持ちサイズの何かが乗っている。
「ハッ、知るかよ。ミサキとトラを待たせてんだ、オレはもう――」
「逃げんのかよ、シューヤ?」
「……あ?」
「アカリをあんだけ小馬鹿にしたんだ。知らないにしても、とんでもなくズレた答えはしねーよな? ポンコツじゃねーって、証明してみせてくれよ」
「…………ッ!」
シューヤが、両目を見開く。
と、彼はドカドカとした足取りで酒場の中に入っていった。ヒョーマも、ニヤリと笑ってあとに続く。
シューヤは『目的のブツ』の前にたどり着くと、胴体上に乗っていたそれをガシリとつかんで、
「ンなもん、楽勝だ。筋トレの道具だろ? こいつを手に取って二の腕を鍛える」
「ああ……なるほど。おまえ、頭良いな。でも軽いぞ。こんなんで負荷かかんのか?」
「おい、まさかテメエも知らねーのか? それでどうやって正否を判断すんだ?」
「え、なになに? それなに? 筋トレの道具なの?」
ゾロゾロと、アカリを先頭にシンとリンの二人も店内に入ってくる。リンにいたっては、勝手にオレンジジュースまで注文していた。いや、注文するほうが常識的なのだろうが。
「貯金箱じゃない? 数字のところを押して……あ、押せない。貯金箱じゃなかった」
「武器じゃないですか? 攻撃力低めの。五十ゴーロくらいで売ってそうです」
「でっかい箸置きじゃない?」
「いやアカリ、おまえのだけは絶対ない」
それだけはないと断言できる。が、ほかの二人が言った用途でもおそらくないだろう。
シューヤをヘコます目的で切り出した話だったが、ヒョーマは地味にこの『黒い物体』の用途が気になり始めていた。大きさからして、さほど驚くような機能はないだろうが。
と。
「あらあら、それは電話よ〜。そんなにふうにして遊んではいけないわ」
声は、後方から。
振り返るまでもなく、ヒョーマには誰だかすぐに分かった。こんなにも分かりやすい人物も珍しい。
ほかの三人も同様に思ったのだろう――みな緩慢に振り向いたが、シューヤだけは違った。
鋭く振り向き、即応する。
「あらあら女っ! またテメエか!? どこにでもわきやがるな!」
どうやらシューヤも、あらあら姉さんとはよくよく遭遇するらしい。というより、誰の前にも現れるのではないか。そんな気すらしてくるほど神出鬼没な姉さんだった。
ともあれ。
「でんわ……でんわ……電話!? 電話か! 電話じゃねーか、これ!」
「電話ですね。完全無欠の電話です」
電話だ。
これは電話。まごうことなき電話。完全なる『黒電話』である。
「うんうん、電話よ! もしもし〜ってやる電話! 誰かさんは、筋トレがうんぬんかんぬん言ってたけど!」
「でっかい箸置き言ってたヤツに言われたかねーぞ!?」
まあ、気持ちは分かる。
が、答えを知ったあとに聞くと、シューヤの筋トレ道具というのもなかなかにひどいレベルの回答ではあった。これで少しは、アカリも溜飲を下げられただろう。
下げられただろうが……。
(午前十時三十分、か……)
柱時計で時間を確認。
町に着いてから、すでに一時間近くが経過しようとしていた。
こんなしょうもないやり取りに、つまりは三十分以上使用していた計算になる。
自分から言い出したこととは言え、ヒョーマは強く脱力した。
だが、このとき彼はまだ知らない。
これが疲れる一日の、疲れる始まりに過ぎなかったことを……。
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