第11話 一心不乱にリス肉を与える女
シンたちが店内を出ると、果たしてそこにはヒョーマとリンの姿があった。
シンは、ヒョーマから少し離れた位置でポツンと地面に立っていたリンに近づくと、
「ヒョーマと二人っきりになれて良かったね」
「……べつに」
若干と頬を赤らめて、リンがそっけなく応じる。あんまり大きな声で言うな、という抗議の目線も同時に添えて。
小声で言ったつもりだったが――シンは一応、ヒョーマとアカリの様子を確認した。
アカリには、確実に聞こえていない。一心不乱に、買ってきたばかりのリス肉をさっそくチロにあげている。ほかのことに耳をそばだてている様子などみじんもなかった。
他方、ヒョーマは――。
「ワリィ! ちょっとここで待っててくれ! すぐ戻る! 五分で戻るから!」
「……え?」
という間だった。ヒョーマの姿が『あ』ならぬ『え』の一音のあいだに、視界から消え失せる。
ものすごいスピードで、何かを追うようにこの場を走り去っていったのである。
残された面々は、互いに顔を見合わせた。
何が起こったのか、それを彼らが知るのは文字どおり五分が過ぎたあとだった。
◇ ◆ ◇
見つけた。
フード付き黒マントを頭からかぶった女(かどうかは分からないが)。
ヒョーマは超速で後を追い、そうして数十秒で目的の人物に追いついた。
「ちょっと待ってくれ! 変なことを訊くようだが、あんた『女』か……?」
「そうだが」
返ってきた声は、驚くほどに作りこまれていた。
(……確かに声音は女のそれだ。が、妙な語調で喋りやがる。明らかに元の声から変えてる。ていうより、芝居がかった感じをモロに出してる)
不自然極まりない。
ヒョーマは息を整え、冷静に次の質問を繰り出した。
「あらあら姉さん――あらあらあらあらをよく言う若い女と最近会って話をしたか?」
「話したよ」
即答だった。
自分でも要領を得ない訊き方だと思ったが、目の前の女はあっさりとこちらの言ったことを理解し正確に返答してみせた。
若干と、
そのまま、まるでこちらの心のうちを読んでいるかのごとく、新たな言葉を紡いで寄越す。
「彼女に話した内容が気になったか? それともわたしが何者か知りたいのか?」
「……両方だ」
ヒョーマは正直に答えた。偽る理由が存在しない。からかわれているだけだと分かったら、デカい声で「バーカ!!」と浴びせて退散だ。それだけの話である。
「そうだな……どちらから答えようか。ではまず前者、彼女に言ったことは嘘偽りのない真実。そのまま、言葉どおりの意味だよ」
「その言葉の意味が分からねえって話なんだがな。分かってたら、わざわざおたくを呼び止めない」
「なるほど、道理だな。が、困ったな。それ以上、ほかに言いようがない。誰に訊かれても、わたしはこう答えるほかない。それが『導き手』たるわたしの役割。その範疇。と、これは後者の答えにもなるかな。これで合計三つ。いや最初の『女かどうかの質問』を入れたら四つか――きみの質問に答えたことになる。わたしを見つけた者の特権として、きみがわたしにできる質問は以上で終わりだ。本来三つまでだが、最初の問いはサービスとしよう」
「……え? いやちょっと待ってくれ! あんたには訊きたいことが山ほどあるんだ! 三つしか質問できない? ンなこと今初めて聞いたぞ! そういうのは最初に言うべき大事じゃないのか!? しかも最後の質問なんて答えになってないだろ!? こっちはあんたの役職を訊いたわけじゃねーんだぞ! 何者か、ってのはそういう意味じゃねえ!」
「だが、わたしにはそう答えることしかできない。きみの言いたいことは、なんとなく理解できるがね。でも、きみの意図する質問に答えることはできない。仮に質問の数が上限に達していなくてもね。わたしに言えるのは以上だ」
「…………ッ!」
ヒョーマは、愕然とした。
この女の言っていることが真実だとは限らない。ただのイカれた変人の可能性だっていまだある。だが、もし彼女がこの世界において特別な存在だったとしたら――。
なぜ自分たちには記憶がないのか?
記憶を取り戻す方法は存在するか?
あるならそれを教えてくれないか?
と、この三つの質問を仮にして、その全てに明確な答えを返してくれたのだとしたら――。
馬鹿なことをした。いや、馬鹿なことだと事前に分かるわけがない。今だから言えるのだ。問題は、このまま引き下がるべきなのかどうか。酸っぱいブドウとあきらめ、この出会いを忘れるべきなのかどうかだ。
(……答えてくれそうな気はまったくしねえが、いちかばちか記憶がない理由だけでも訊いてみるか……?)
と、だがヒョーマがそう思った矢先、目の前の女の口から予想外の言葉が放たれた。
「が、でも……そうだな。最初にルールを説明しなかった不備は認めよう。その非はこちらにある。お詫びと言ってはなんだが、代わりに忠告をひとつ」
忠告?
ヒョーマはハッとして、応じる口をひらいたが――女の言葉はそれよりも早く、よどんだ外気にさらされた。
一方的に。
ただ、己のリズムのみに乗せて。
「きみたちは、かなり出遅れているよ。急いだほうがいい。まあ、先行していても、勝ち抜く強さがなければ意味はないがね。それはとても難しいことだ。でも、きみにはそれができる資質がある。その資質が、最も高いのはきみだよ。きみには、その自覚が必要だ」
直後、女は消えた。
文字どおり、霧のように目の前から忽然と消え失せたのである。
ヒョーマは、女の語った言葉が真実だと確信した。
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