第10話 うっすい女


「リンとの出会い?」


 シンは小首を傾げた。


 精肉店、店内。


 購入したリス肉を袋に詰めてもらっているあいだ、アカリから思わぬことを訊かれた。


「うん。二人ってさ、すっごく仲いいじゃない? なんでも分かり合えてるって感じで。あたしとチロみたいに、一心同体っていうか……」


「アカリとチロはたいして分かり合えてないと思うんだけど……」


 そもそもチロにそこまでの知性はない。アカリのことが大好きだ、というのはなんとなく伝わってくるが。


 ともあれ。


「おれとリンはずっと一緒だよ」


「ずっとって……。でも、最初の出会いは確実にあったわけじゃない? 最近、昔の記憶になればなるほど曖昧な感じにはなっていってるけど、でも印象に残ってることはハッキリと覚えてる。あんたたちとの出会いも覚えてるし――ヒョーマとはかなり長い付き合いになるけど、最初に会ったときのことは今でも鮮明に覚えてるもの。もう一年近く前になるけどね」


「そんな長いんだ。俺たちと会うよりだいぶ前だね。そう言えば、ヒョーマとアカリの出会いって聞いたことなかったかも。どんな感じの出会いだったの?」


「聞きたい? ちょっと長くなるけど」


「うん」


「いいわ。それなら教えてあげる。あたしとヒョーマの、深い深い出会いのエピソードを、ね」




 アカリが語った、ヒョーマとアカリの出会いのエピソード――。



 フェーズ1 食堂でたまたま隣の席になる。


 フェーズ2 目玉焼きには醤油かソースかの話になり、醤油で意見が一致。


 フェーズ3 パーティを組む。




「とまあ、そんな感じで出会ったんだけど……」


「いや短くないですか!? 思いっきり『紙エピソード』じゃないですか!?」


「紙エピソードってなに!? あたしたちの出会いを、うっすいお話みたく言わないでよ! てゆーか、あんた誰!?」


 全然まったく関係ない第三の声が、横合いから響く。


 似たようなツッコミを入れたかったシンだが、その声に先を取られたことで発する機会を失った。そのまま、アカリの視線を追うように声の主を見やる。


 少女だった。


 アカリとおない年くらいの少女。


 まっすぐ腰まで伸びた艶のある黒髪に、透きとおるような凛とした美しい両のまなこ。全然まったく関係ない第三の声の主は、まれに見る完璧な美少女だった。


「す、すみません。ホノカと言います。ツッコミどころ満載な流れだったので、つい……」


「ツッコミどころなんてどこにもない! よその町の人間にあたしたちのこと――」


「いえ、わたしはアカリさんたちと同じ町出身ですよ」


「……え、そうなの? 見たことないけど。てゆーか、あたしのことも知ってるの?」


「もちろん。有名人ですから。そちらのシンくんのことも知ってます。町の有名人はだいたい知ってます。アカリさんたちは最強のパーティだと思いますよ。シューヤさんのところも強いとは思いますけど、あそこはシューヤさん個人の力に寄り過ぎてますから。総合力では、圧倒的にアカリさんのパーティがナンバーワンだと思います」


「そ、そう……? あんた、けっこう見る目あるわね。ホノカって言ったっけ? 覚えといてあげる。ね、チロ?」


「チロロー!」


「光栄です。チロちゃんも、ありがと。それでは、わたしはお先に失礼しますね。またどこかで会ったら声をかけてくださるとうれしいです。では」


 全然まったく関係ない声の主――ホノカがそう言って、店の外へと姿を消す。


 シンはチラリとアカリを見上げた。これ以上ないほどうれしそうな顔で微笑んでいた。店員に手渡された商品を受け取ることすらままならないテイで。


 これはしばらく、何を言っても反応がありそうにない。しかたなく、シンも思考の世界に旅立つこととした。


 さっきアカリに訊かれたこと――シンは当たり前のように答えたが、彼女の言うように、それは少し妙なことだった。


 リンとは、ずっと一緒にいる。


 だが、アカリの言ったように『最初の出会い』というのは必ずあったはずである。あの町で目覚めてから、どこかのタイミングでリンと出会った。ヒョーマやアカリと出会ったときのように、リンとも『その瞬間』が確実にあったはずである。


 あった、はずなのだが――。


 シンは再び、小首を傾げた。あまりにも当たり前すぎて、考えることすらしなかった不思議。彼はなんの気なしに天井を見上げると、その摩訶不思議を漠然と胸中に浮かべた。



  リンとは、いつ出会ったんだっけ・・・・・・・・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る