第9話 小動物と義兄弟の契りを交わした女


「チロロ〜」


「わっ、ちょっとチロ!? 勝手に飛び出たら危ないでしょ! 馬車に轢かれちゃう!」


「いやそいつよりおまえのほうが轢かれそう感ハンパないんだけど……」


 どう見ても、チロを追いかけるアカリのほうが危なっかしい。チロしか見てないのが、はたからでも丸分かりである。


 が、まあとりあえず、今回はそれが功を奏して数秒で捕獲に成功したようだった。いつのまにか、アカリの頭の上といういつものポジションに収まっている。チロお気に入りの場所である。


「チロ、この町は危ないから、勝手にそこから降りてきちゃダメだからね」


「いや、だいたいなんでそのチビ連れてきたんだよ? 邪魔にしかなんねーだろ」


「邪魔になんてならない! あたしとチロは一心同体なんだから! 生まれた日は違っても、死ぬときは一緒よ!」


「早死にする気満々ですね」


 チロの寿命は、おそらく十年前後だろう。アカリは百年くらい生きると思ってそうだが。


 いずれ、ちょこまか動きまわられるのは気になってしょうがない。常にアカリの頭の上に陣取ってくれていれば文句はないのだが。


 愛らしいのは認めるが、目の前をチョロチョロされるのは鬱陶しくてしかたなかった。


(まあけど、シンもリンもなんだかんだで可愛がってるみたいだし、俺の心が狭いだけなのか……。つーか、なんで「チロロ〜」としか言わねえのに意思疎通できんだ、あいつら……)


 動物はどうもあまり好きになれない。喋れない相手との意思疎通は難儀極まりなかった。


「ねえ、ヒョーマ。提案があるんだけど」


「アカリさんの提案……、悪い予感しかしませんね」


「なんでよ!? 普通にこの町早く出ないって言いたかっただけ。馬車、危ないし。たいしておもしろいものもないしさ。三日も滞在したし、みんな疲れも取れてる頃じゃない?」


「まあ、疲れは完全に取れましたけど。これでまた、しばらくは野宿可能です」


「旅に必要なアイテムも買い揃えたし、確かにもうここには用ないかも。あらかたこの町は探索しきったしね。出発する?」


「……ああ、そうだな。出発……するか。なんか、そうしたほうが良いような気もするし」


 ヒョーマは、歯切れ悪く応じた。


 正直、あらあら姉さんの言った「フード付き黒マントを頭からかぶった女」と話してみたい、という気持ちも少なからずあった。


 が、いくら最初の町より狭いと言っても、一人の人間を探し出すのが容易であるほど小さな町でもない。ただの変人の可能性も大だし、心の内に「ひとところに長くとどまるな」という正体不明の焦燥があるのも事実だった。


「あ、じゃあさ、最後にチロの餌買いたいからお店寄ってくれる?」


「店? どこの店よ? そもそもソイツ何食ってんだ?」


「お肉」


「肉? そいつ、肉食動物だったのか?」


「知らない。でも、お肉が一番おいしいじゃない。だからお肉あげてるの」


「草食動物だったらどうすんだ!?」


「そんなわけないじゃない。いつも喜んで食べてるもん。一応、最初に草も一緒に出したけど、そっちにはまったく興味示さなかったから肉食決定よ。チロはリスの肉が大好物なの」


「……リスみたいな見た目してるけどな」


 レタスとキャベツくらい似ている。まあ、どうでもいい話ではあるが。


 結局、その後、ヒョーマたちはアカリの要望を受け入れ、精肉店に立ち寄った。


 が、中に入ったのはアカリとシンの二人のみ。ヒョーマはリンと共に、店の外で『二人が買い物を終えて戻る』のを待つことにした。少量の肉を買うだけで、あまり広いとは言えない店内にゾロゾロと大勢で入るのは迷惑だろうとおもんばかったのである。


 で、二人。


 リンと二人。地味に珍しいシチュエーションだった。


「…………」


「…………」


「…………」


「……なんか喋れや」


「……そっちこそ。何か喋ってください。気まずいです」


 と、言われても。


 特に喋ることがない。四人でいるときや、誰か第三者が一緒にいるときは自然と会話になる。それらの人間やそれらのシチュエーションがきっかけを落としてくれるからだ。が、最初から二人だけだとそのきっかけが生まれない。共通の話題もないし――アカリやシンと違って、リンとはどうあっても話がかみ合うビジョンが見えなかった。


(……コイツ、なんか趣味とかあったっけ? 注意深く見てなかったから、全然分かんねーぞ……)


 シンはもちろん、アカリともそこそこ話が弾んでいるようだったから、何かしらの興味を惹くものは存在するのだろう。しかし、それが何か分からない。見当もつかない。普段、シンやアカリと彼女がどういった話をしていたか。それを思い出すのは容易ではなかった。


 が。


「あの……」


「そうだ、前から一個訊きたいことがあったんだ!」


 ハッと思い出したタイミングと、リンの言葉が重なる。


 ヒョーマは彼女のそれを優先した。


「なんだ?」


「……いえ、たいしたことではないので。ヒョーマさんの訊きたいこととは?」


「ああ……そっか。じゃあ、こっちが先でいいか? 前から気になってたんだけど……」


 気になっていた。


 ヒョーマは、流れるリズムでそれを訊いた。


「おまえとシンってさ――いったい、いつ出会ったんだ?」

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