第8話 一文字も合ってない女


 第二の町――南地区、武具屋の一階。


「てやんでい! なに言ってやがんでい、このすっとこどっこい!」


「すっとこ……」


「オイラは生まれも育ちもこのオルニートよ! さっきも言ったが、記憶だってちゃんとあらぁ!」


「あ、ああ……そうなんだ。それならいいんだ。変なこと訊いて悪かったな」


 答えて、ヒョーマは気圧されたようにあとじさった。そのまま、そろりと店を出る。直後、隣の道具屋から出てきたシンとはちあった。


 さっそく、ヒョーマは訊いた。


「どうだった?」


「『小僧、馬鹿にしてんのか!? 記憶なんてあるに決まってるだろ!』だって。毒消し一個買わされた」


「……ああ、そっちもか。毒消し代は俺が出すよ。悪かったな、嫌な思いさせて」


「別に。毒消し代もいらない。五ゴーロだし。それより、そっちもってことはそっちも?」


「ああ、記憶はあるとさ。生まれたときから今日まで。三日前の晩飯は忘れたらしいが」


「二日前の献立まで覚えてるなら記憶力は良いほうだね。で、このあとも続ける?」


「いや、合わせて三十人に訊いて全員記憶アリだ。その時点で俺たちの町とは違う」


 記憶アリ。


 この町――『オルニート』の住民に記憶は存在する。シンと二人、訊いてまわった三十人が『たまたま例外だった』という可能性は限りなくゼロに近いだろう。このオルニートと自分たちが暮らしていた記憶喪失の町、どちらが異質なのか。その判断は難しかったが、とてつもなく重要なことだという予感はあった。


 と。


「ヒョーマ、あそこにいるの『あらあら姉さん』じゃない?」


 シンの指さす先――ヒョーマがその方向を見やると、そこには確かに『あらあら姉さん』ことくだんのウェイトレスの姿があった。


「よぅ、姉さん。奇遇だな。あんたもこの町に来てたのか?」


 近づき、話しかける。返ってきた反応は、まんま想定どおりのそれだった。


「あらあら、久しぶりねぇ〜。いつかのお客さん。タケシさんとタロウくんだったかしら?」


「いや、一文字も合ってないけど。あんた、よくそれで客商売務まってたな」


 まあ、どうでもいい話ではあるが。


「お姉さん、なんか困ったことでもあったの?」


 言ったのは、シン。


 言われてみれば、確かに何か困ったような表情をしているようにも見えた。


「うーん、そうねえ〜。困ったことではないんだけど、この町のヒトたちなんか変だな〜って」


「ヘン……?」


「うん、なんかみんな同じ感じというか……うまく言えないんだけど……」


 同じ感じ?


 ヒョーマはシンと顔を見合わせると、小声で、


「そんな感じしたか?」


「ううん、全然。老若男女、いろんなヒトがいたけど……」


「だよなぁ。性格的にも画一的な印象は受けなかったが……いや、でもまあ……」


 うまく言えないが、あらあら姉さんの言いたいこともなんとなく理解できるような気はした。


 外見とか性格とか、そういったモノではなく、もっと大枠の何か……。


 それが似通っているという感覚は、言われてみればヒョーマもわずかながらだがいだいていた。


「それでわたし、変だな〜と思いながら歩いてたら、もっと変なヒトに会ったの」


「もっと変なヤツ?」


「うん、黒いフード付きマントを頭からかぶった変なヒト」


 確かにそれはなかなかの変人だ。ヒョーマは黙ったまま、話の続きを聞いた。


「でも、そのヒトは変なヒトなんだけど、この町のヒトみたいな変な感じはしないの。だからわたし、そのヒトに『町のヒトたちがみんなおんなじ感じで、なんか変なのよ〜』って言ってみたら……」


 言ってみたのか……。


 そんな怪しげな人に、同じ町の住民が変だと言えるこの人のメンタルもなかなかのモノだ、とヒョーマは思った。


 が、その強メンタルのおかげで、思わぬ情報が手に入る。それは本当に、思いも寄らない不可思議極まる情報だった。


「そしたらそのヒト――あ、女のヒトね。おかしなことを言ったのよ〜。『それはそうさ。この町の住民は端役はやくに過ぎないからね。主役では、ないんだよ。君たちと違ってね』って。ねえ、変なことを言うでしょう?」


「……ああ、確かに妙なことを言うヤツだな」


 意味深長に過ぎる。


 君たち、というのは『記憶喪失の町出身』の人間を指すのか? 


 端役と主役で何が違う? 


 そもそも、そのフード付き黒マントの女はなぜそんなことを知っている?


 次から次へと疑問がわいたが、隣のシンはさしたる関心もないようだった。


「何かにかぶれたヒトだったんじゃない? 最近、そんな内容の小説読んだとか」


「…………」


 まあ、その可能性もある。いでたち自体まともじゃないし、ちょっと頭のネジが飛んだ人間だったというだけの可能性も。


 真剣に考えるだけ、馬鹿馬鹿しい問題なのかもしれない。


(あらあら姉さんが、現地民にからかわれただけって線もあるしな)


 というか、その線が濃厚なような気もしてきた。からかわれやすそうな人だし。


 ヒョーマは気持ちを切り替えるように一息吐くと、


「宿に戻るか。小説で思い出したが、そろそろリンがアカリの小説を読み終わってる頃だろうからな」


「だね。聞き込みの成果もあったし。地味に楽しみなんだ、アカリの小説読むの」


 シンがまんざらでもなさそうな顔で頷く。


 だが、このとき彼らはまだ知らない。アカリとリンがまさかあんな状態になっていようとは、このときの彼らには到底知る由もなかったのである。



      ◇ ◆ ◇


 

 扉を開けると、なぜだか修羅場になっていた。


「ヒョーマぁぁぁ、止めてよぉぉ! リンがあたしの小説捨てようとしてるのぉぉぉ!」


「……いやなんで?」


「いえ、小説の内容が『今まで物語に一度も登場していなかった、おまえ誰だよって人物が犯人だった』という超絶クソ展開だったため、これはもうゴミ箱行き確定だろうと。三時間前までのわたしのワクワクを返してほしいです」


「なんでよぉぉぉ! 斬新で意外な犯人じゃない! 顔を包帯でグルグル巻きにした、いかにも怪しげな人物がそのまま犯人っていう展開と迷ったあげくそっち選んだのに!」


「そっちもまれにみるクソ展開ですね。アカリさん、クソシナリオ製造機――略して『クソ』じゃないですか」


「クソってなに!? せめて女はつけてよぉ! もう完全にただの悪口じゃない!」


 今にも泣き出しそうな表情で、アカリが強く訴えかける。


 ヒョーマは、深く嘆息した。


 いつもと変わらぬ光景。さっきまでの異質が嘘のように、そこにはいつもと変わらぬ彼らの日常が広がっていた。


「とりあえず、どうする?」


「メシにしよう。それで全て解決する」


 ヒョーマは即答した。


 それで解決しなかったことなど、ただの一度もない。

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