第30話 幕間 ⑤
虎谷が死んで五か月がたった。俺の生活はまったく変わらない。
「くそっ、なんでそこで代えるんだ? 別に左を苦にしてねえだろ!?」
「あーッ、振れよ! せめて振れっ! 見逃し三振って、最悪じゃねえか!」
「あっ、お姉さん、ビールふたつ!」
ドーム球場に木霊する強大な歓声に負けないようにデカい声で叫ぶ。
中学、高校と野球部だった俺にとって、球場でのナイター観戦は何よりの楽しみで、最高のストレス発散の機会となっていた。
「一個ずつ頼めば良いのに……。そんな勢いで飲んで平気なの?」
「いや、一個はおまえの」
「え、あたしお酒好きじゃないんだけど……。飲めないし。ジュースのがいい」
「俺もたいして好きじゃねーよ。ジュースのがうまいってのも同意。でも、たまにはいいだろ? 生で野球観戦してんだから、アゲてこうぜ」
「お酒飲んだらむしろサガるんだけど。気持ち悪くなるし。それに……」
「あ、ああ……そうか。そうだったな。悪い。じゃあ、二個とも俺が飲む。飲んで騒ぐ」
「ほどほどにしときなさいよ。誰かと喧嘩とかなったら最悪だからね? まあでも――」
そこで、メイの声の大きさが変わる。
おそらく、俺に聞こえないように小声にしたんだろう。
この歓声の中、聞き取ることなどおよそ不可能であろうレベルの小ささにまで、彼女は声の大きさを調整した。
それでも、聞こえた。
俺には、聞こえた。
メイの放った言葉の続きが。
「気持ちは分かるけど。ホントはあたしじゃなくて、ノブくんと来たかったんだよね……」
「…………」
聞こえなかったふりをした。
聞こえなかったふりをして、そうして思い出の世界に旅立つ。
あの頃の光景が、まぶたの奥によみがえった。
――ヒョウ! キャッチボールやろうよ!
――ちょっと待ってて! 今、行くから!
――グラブと軟球、忘れないでね!
――分かってるよ、シン!
野球少年だった、俺とアイツの黄金時代。
二度とは帰れぬ、セピア色のストーリー。
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