第35話 寂ばくのレクイエム
響いた声に。
ヒョーマは、ゆっくりと振り返った。シューヤの視線も、同じように彼のそれを追う。
立っていたのは、アカリだった。
左右には、シンとリンの姿もある。三人の表情を見れば、どういった状況を経て、この場に現れたのかは一目瞭然であった。
察したシューヤが、儚げな表情を浮かべて訊く。
「直情径行女、ミサキは逝ったか……?」
「直情径行女ってなによ……。難しい言葉使わないでよ、意味わかんないから」
「……そうか、悪かったな。が、感謝はするぜ。ミサキを看取ってくれたんだろ? ありがとな、アカリ」
「……お礼なんていらない。そんなの、いらない。ミサキがあんな状態のときに、こんな馬鹿なことしてるヤツにお礼なんて言われたくない」
「……まあ、勘弁しろよ。どうしても、オレは最後にヒョーマと戦いたかった。サシでやり合いたかった。どっちが上か確かめたかったんだ。いや、それだけじゃねえな……」
そう、それだけじゃないだろう。
ミサキを看取ってから始めることもできた。それをしなかったのは、ほかに理由があったからだ。あれ以上、あの場にいられなかった理由。
シューヤは、それを隠すことなく正直に打ち明けた。
「……オレは、ミサキの最期を見るのが怖かったんだ。つらかった。情けねえ話だが、苦しくて耐えられなかった。ミサキの気持ちをないがしろにして逃げた。どんだけボロクソ言ってくれてもかまわねえ。ミサキの最期を看取ったテメエにはその資格がある」
「……言わないよ。あんたの気持ち、分かるもん。分かるから、そんなこと言えない。言えないけど……でも、それでも一緒にいてあげてほしかった。顔、見られなかったら見なくてもいいよ……。手、握れなかったら握らなくてもいいよ……。ただ、そばにいてくれたら……それで。最期は……大切なヒトと、一緒にいたいもん……」
「……ああ、そうだな。そうする、べきだった……」
言って、シューヤはそれきり黙った。
誰も、何も言わない。アカリも、シンも、リンも、両目を伏せたまま、ただの一音も発さない。
鉛の沈黙が、周囲を席巻する。ヒョーマは、あえてその沈黙を破る役目を負った。
「……おまえ、これからどうする気よ?」
「……トラを探し出す。生きてねえのは分かってる。が、せめて遺体は回収してやりてえ」
「……案内できます」
応じたのは、リンだった。
彼女の声はいくぶん落ち着いていた。周りを見ると、ほかの面々の表情もだいぶ落ち着いてきているように見えた。だが、もっとも落ち着いていたのは当のシューヤだった。
彼は、いつもと変わらぬ語調に戻って言った。
「場所、知ってるのか? だったらあとで案内してくれ」
「そのあとは?」
ヒョーマは、間髪いれずに訊いた。
「二人をこの地に埋葬する。たいした墓は作れそうにねえが……」
「そのあとは?」
ヒョーマは、さらに訊いた。知りたいのは、そのあとのことだった。
「……ここで、ゆっくりそのときを待つ。自害も考えたが、それじゃミサキに対して申し訳がたたねえ。相応の苦しみを味わいながら果てるつもりだ。毒に殺されるってのは、正直気に喰わねえがな」
「……馬鹿じゃないの? そんなことしたってミサキたちは喜ばない。あたしたちと一緒に来なさいよ。魔法で、少しは痛みを和らげてあげられるから」
「いらぬ気づかいだ。テメエらと馴れ合うつもりなんてねえ。それにそう遠くないうちに、オレは足手まといになり下がる。ンなことはゴメンだ。ゴメンなんだよ……」
言われて、アカリは黙った。それ以上、しつこくは誘わない。彼女だけでなく、この場にいる誰もがそれをしなかった。それがシューヤの意をくむことだと分かっていたから。
と。
「そうだ、最後にテメエら一人ひとりに言っときたいことがある。まあ、老婆心と思って聞けや」
唐突にそう言って、シューヤが視線をシンに移す。
まずは、といった様子で、そうして彼はくだんの老婆心とやらをシンへと届けた。
「シン、テメエは地味だが冷静だ。その冷静さで、ほかの仲間を助けてやれ」
「地味、は余計なんだけど……」
だが、地味であるのは事実である。
シューヤは、視線をシンからリンに移した。
言う。
「リン、テメエは口は悪いが勇敢だ。腕もたつ。パワーもアジリティーも悪くねえ。ただ少し慎重さに欠ける。イケる場面と抑える場面を冷静に判断しろ」
「口は悪い、は余計です……」
だが、口が悪いのは周知の事実である。
シューヤは、視線をリンからアカリに移した。
言う。
「アカリ、テメエは一秒でもいいから考えてから動け」
「……なんであたしだけ忠告のみなのよ。なんか褒めてからそれ言いなさいよ」
だが、褒めるところがないのもまた事実である。
シューヤは、視線をアカリからヒョーマへと移した。
言わない。
「いやなんか言えや!」
別に言ってほしかったわけではないが。
いずれ、シューヤはあきれたように苦笑いを浮かべると、
「必要ねえだろ。オレより強えーヤツに何を言えんだ? テメエはそのまま、前に進めよ。前に進んで、たどり着いてくれ。この山のテッペンに。テメエなら、それができる」
「おまえ……」
シューヤが、背中越しに手を振り去っていく。
その後、ヒョーマはリンに付き添い、彼をトラのもとへと案内したが、結局、言葉は一言も交わさなかった。
ゆえに、これが最大のライバルと交わした最後の言葉となる。
ヒョーマは、その言葉を深く心に刻んだ。
クライマックスの鐘の音が、鎮魂歌となって彼らの胸に鳴り響く。
これで、残る候補は五人となる。
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