episode.20 ヴァーネイラ様のお願い


「よく来ましたね。異世界の人」


 女神竜めがみりゅうヴァーネイラは一際大きな竜人の女性だ。黄金に輝く髪は膝につこうかというほど長く、ギリシャ神話の女神のような白い一枚布を体に巻きつけ、金色のリボンでところどころ結ばれているような不可思議な格好だ。

 リボンは風もないのにふわふわと揺れ、女神竜めがみりゅうヴァーネイラの周りにはまるでそよ風が吹いているようだった。


「はじめまして、えっと串野トオルです」


「私は恋沼結衣です」


「うふふ、可愛らしいお二人ね。こんなにも早く旅行扉トラベルポーターを使いこなし始めるなんて、あなたを選んでよかったわ」


 ヴァーネイラは巨大な王座に腰掛けてトオルたちに手招きをする。彼女が立ち上がるとおおよそトオルの身長の2倍ほど。見上げるような大きさなので彼女が座ってやっとトオルたちと目線があった。


「ここは我々竜人が治める要塞の国。この世の全ての知識を守る大図書館ですわ」


 彼女は、大図書館はこの要塞の国の城と兼用になっており地下4階、地上5階建ての建物の中にありとあらゆる書物が保存されているらしい。

 なぜ、城と図書館が兼用かといえばそれは彼女が竜人の中で一番「強い」からだとそう説明する。


「あの、僕が異世界人だとご存知で?」


「えぇ、だって私があなたを選び、力を与えて呼んだのです。まさか、最初にあの村へ行くとは思わなかったけれど」


「あの村?」


「えぇ、貴方が初めて訪れたのはアルファス村と言ってね。最も人間に優しく美味しい食べ物がたくさんあることで有名な場所なのです。お腹が減っていたのね、暗にそう願ったのでしょう」


 クスクスと笑う中で少しヴァーネイラの表情が歪む。結衣はその僅かな表情の変化に気がついて


「どうかされましたか? ヴァーネイラ様」


 と声を上げる。


「ええ、大丈夫よ。気になさらないで。それよりも、結衣。貴方は聞きたいことがあるんじゃなくて?」


「まぁ……えぇ。どうしてトオルくんに力を授けたのですか? あと、この世界のものは持っていかれないのに、あっちの世界のものを持って来られる理由を知りたくて」


「それはですね……貴方たちの世界であるもの探して持ってきてほしいのです。ですから、本来なら異世界同では固有ものに関するの行き来はできないものを特別に貴方の世界からの持ち込みができるようにしたのです」


 つまるところ、この世界からトオルたちの世界へは「どちらにも存在するもの」は持ち帰れるものの「この世界にしかないもの」は持って帰ることができない。

 逆にトオルたちの世界からであれば「こちらの世界にはないもの」も持って来られるということだ。


「それで、スマホやリュック、合成樹脂なんかが……それでヴァーネイラ様が探してほしいものってなんすか?」


「それはね……、大きな声ではいえないの。2人ともこちらへ寄って」


 2人はヴァーネイラの「探してほしいもの」を聞いて顔を見合わせた。



***



「ただいま〜、異世界すごかったねぇ」


「ナーゴ」


 トオルの部屋、一時帰国した二人と一匹は暖かいお茶を飲みながら会議をする。


「あのでっかくてかわいいのが女神竜様なんでびっくりだぜ……!」


「かわいい、そうね」


 結衣は少し不満げに肯定するとメモ書きを取り出してテーブルの上に置いた。トオルはそのメモ書きを手に取ると読み上げる。


「ここのところ300年ほど、お腹の調子が悪い。胃がムカムカしたりお腹が緩くなったり便秘になったりを繰り返す……なお食べ物に変化はないし毒等ではないことは証明済。だってよ」


「まさか、トオルくんを腹痛で呼び出してたなんてねぇ。私、もっと大きな使命があるのかって勘違いしちゃってたよ」


「それは俺も。ついに主人公キター! ってなってたけど、現実は意外とひょっこりしてんだなぁ。ひょっこり」


 おどけた様子のトオルをみて結衣はケタケタ笑う。


「でも、トオルくんが主人公なことに変わりはないよね。女神竜様のお願いを聞いて異世界をもっと自由に行き来できるようになればさ、配信も盛り上がるんじゃない? それに美味しいものもたくさんありそうだし?」


「結衣ちゃんってば、最高〜! まぁ、危ない目にあって死にかけるよりよっぽどいいか。 ってなわけで、このメモを頼りに俺たちの世界で使われてるものっていえばひとつしかなくね?」


「え? 何かある? トオルくんは思いついたの?」


「そうよ! 結衣ちゃん知らない? お腹〜ぁの♪ 痛みには〜大露丸だいろがん!大露ぉぉ丸ん♪ ってね」


 トオルは救急箱をガサガサと探って、一際刺激的な匂いのする瓶を取り出した。トオルが生まれる前からあるこの整腸剤だが、大体の腹痛系には効く覚えが彼にはあった。


「トオルくん、それまじ?」


「おおまじよ。ってか、俺たちができることってこんくらいじゃね? とりあえず持っていくっしょ! 結衣ちゃん、じゃあ俺行ってくるね!」


「えっ、私も連れて行ってよ。別に危なくないんだし……それに私も一緒に食べ歩きしたいっ!」


「っても、配信したいしなぁ」


「私、カメラマンってことでお喋りはしないし匂わせもしないからぁ!」


 結衣は駄々をこねるように手足をばたつかせる。トオルは結衣のことを心配していただけでそこまで深くは考えていないので「じゃあいこっか」と頷いた。


「じゃあ、大露丸もって出発! ケンシンくんもいくよ!」


「ナーゴ」


 ケンシンが再びリュックに入り不満そうに「ナー」と鳴いた。ケンシンはリュックの中に入っている大露丸を強めに猫パンチ、トオルは「うわっ」と振動に声を上げた。


「わかったわかった、早く行こうな」


「じゃあ、お願いしまっす!」


 結衣はトオルにぎゅっと抱きつくと、トオルは彼女をしっかり抱えつつもう一度ワープ空間に体をねじ込んだ。






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