episode.48 救世主と勇者、そして還る
「すげ〜! 鳥になったみたいだ!」
「トオル、俺すげーだろ」
「すげーぞケンシン!」
大きな猫に乗って空を飛ぶトオルは目の前に迫ったドス黒い球体の周りを旋回しつつ人生最後になるであろう飛行を少しだけ楽しんだ。
「トオル、俺トオルの相棒でよかった! たのしかったしうまかったぜ!」
「おいケンシン、死ぬみたいなこと」
「あぁ〜死ぬ前にもっかいあのコグーの串食いたかったなぁ〜」
ぐわん、と空気が揺れる。
トオルが厄災の方に視線をやると球体の中で新しいドラゴンがうごめている。力を回復させ増大する闇が溢れ出ていた。この世界のことをあまり知らないトオルでもあれが放たれれば恐ろしいことになるという想像は容易についた。
「また食おうぜ。コグーの串」
「だな!」
トオルは手に持っていた秘薬を厄災に投げつけ一気に近づくと動きの緩くなった黒い球体に右手を当てて
トオルとケンシン、それから厄災のドラゴンはワープ空間に吸い込まれる。しかし、厄災が必死に抵抗をした。
ワープ先に行くまいと止まった時の中からトオルに話しかける。ゾッとするような怨霊の重なったような低い声がトオルの脳内に響く。
『ニンゲン、お前だけたすけてやろう』
「いやだね、お前と俺は一緒に死ぬんだぜ。俺はそう願ってやる」
『ニンゲンが生み出した我はニンゲンの欲そのもの。お前をシアワセにできるそのもの』
「なぁにいってやがる! お前のせいでこっちは大変なんだよ。んな甘言に騙されるってか」
『望みを全て叶えてやろう』
トオルの脳が揺れ、走馬灯のように夢のような光景が流れる。それはトオルが願う全てだった。配信者としてもっと成功し、都内が一望できるようなマンションの最上階、隣にはバスローブ姿の結衣。二人は甘いキスをする。
場面が変わると幸せそうに微笑む結衣と結衣の腹に手を当てるトオル、ケンシンも一緒になって喜んでいる。
それはトオルが大好きな人と一緒になり幸せに生涯を暮らす映像だった。トオルの「こうなったらいいな」が詰め込まれたそれは彼の心を揺さぶった。
「俺は苦労も嫌なことも全部乗り越えて、だからこそ幸せになりたいんだ!幸せだけなんて幻想だ!」
今度は結衣が子供を抱えて幸せそうにほほんでいる。トオルもだ。トオルは少しだけ決心が揺らぎかける。
しかし、トオルはナターシャやヴァーネイラ、異世界のみんなのことを必死に思い出してあらがう。
どん底で燻っていた自分を救ってくれた大好きな異世界に今度はトオルがお礼をする番だ。美しいエルフの村を、竜人たちを、綺麗な海も不思議な魔法も全部を守って死ぬのだと心に決めて。
『頑固なニンゲンめ……』
今度は走馬灯ではなく、トオルたちの目の前に結衣が現れた。
「トオルくん。死なないで、わたしと一緒に幸せになろ? ね?」
幻想の結衣は露わな姿でトオルに抱きついてキスをせがんだ。
「結衣ちゃ……?」
トオルは幻想の結衣に触れようとするもケンシンの唸り声で現実へと引き戻される。
「トオル! 結衣じゃないぞ!」
「なにを言うの? 私よ、結衣よ!」
偽物の結衣をぐっと引き剥がし、トオルは叫ぶ。
「本物の結衣ちゃんは……もっと冷静で常に俺の意志を尊重してくれる。ずっとずっと素敵で賢くて大好きな人なんだ!」
『強情なニンゲンめ……ならばわれと共に死ね!』
トオルは結衣の姿を見て少しだけ心が揺らいだと同時にもう彼女に会えないかもしれないという悲しみに襲われ涙を流す。ワープの出口がそろそろ見えそうで、終わりを感じていた。
「あぁ、結衣ちゃんにコグーの串、食わせてあげたかったな」
1度目、コグー串を持って帰ってこようとしたが
2度目、コグーの串を食べさせようとアルファ村に飛んだつもりがこんなことになっていて結局結衣にあの美味しい肉を食わすことはできなかったわけだ。
その時、トオルの脳に答えが思い浮かぶ。
——異世界のものはトオルの世界には持って帰れず、消滅する。
「そうか、その手があったか! もやもやしてたの思い出してスッキリしたぁ」
トオルはワープの出口に入る前強く願った。
——俺の家に帰りたい! と
異世界固有の存在である厄災はトオルの世界には持ち帰れないのだ。
トオルにくっついていた厄災はなにやら喚いていたがポロポロと崩れるように消滅していった。それを見届けたトオルはニヤリと口角を上げる。
いつのまにかケンシンが普通の猫のサイズに戻り、トオルの腕の中にいた。トオルはぎゅっと目を閉じてワープの外に投げ出された。
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